大久保 「やっぱ,寒い夜は熱燗にかぎるな。どうじゃ,西郷どんのご機嫌は。」
西郷 「どうもこもないわ。ったく,マナーの悪い自転車乗りがおるな。朝,出勤するとき,横道から急に自転車が出て来おって,もうちょっとでぶつかりそうになったわ。」
大久保 「おお,そうだな。俺も時々,横着な自転車乗りのせいで大いに不愉快になる時があるんじゃ。歩道を人が大勢歩いておるのに,信じられんくらい猛スピードで突っ切ろうとする奴が結構おるわ。まぁ飲め。」
西郷 「あんなスピードで走って,子供や老人にぶつかったら一体どうするんじゃ!乗り方によっちゃぁ,自転車でも殺傷能力があるんじゃないのか。大概にせんと。」
大久保 「そうじゃな。マナーの悪い自転車乗りは,自分はいつでも止まれるというおごりがあるのとちゃうか。とにかく,俺ら歩行者に恐怖感を与えるなっちゅうに!」
西郷 「ワシも最近メタボだし,季節も感じたい歳になったからのう,散歩がてら歩いて出勤するのが楽しみなんじゃ。じゃっどん,マナーの悪い自転車乗りのせいで,歩きの方向を変えるときもいちいち後ろを振り返って安全確認じゃけん。気が安まらんわい。」
大久保 「そうよ。日本人が劣化しちょるのう。自転車にも『江戸しぐさ』が必要よ。」
西郷 「『江戸しぐさ』?何じゃそれ。顔に似合わず,小洒落たこと言いおって。」
大久保 「万年係長!相変わらず何も知らんな。どこぞの偉い様みたいに,マンガばっかり読んどるんじゃろうが。」
西郷 「万年係長じゃと?おまえが言うな!何じゃ,その『江戸しぐさ』ちゅうのは。」
大久保 「当時世界一の人口をもった江戸の商人たちが作り上げた行動哲学じゃ。要するに,多くの人たちができるだけ気持ちよく生活できるようにと,思いやりに裏打ちされた一つのマナーじゃな。往来でのマナーで言ったら,『傘かしげ』『肩引き』『七三の道』なんかじゃのう。自分の傘のしずくが行き交う人にかからんようにする。肩がぶつからんようにする。道をできるだけ譲るということよ。」
西郷 「おぬしに教えられたくはなかったが,確かにその通りじゃな。思いやりじゃな。自転車には全く罪はないが,それに乗る者は『江戸しぐさ』でいかんかい!」
大久保 「いつもは意見の合わんことが多いが,今宵はちとちがうな。もう一軒行こう。」
西郷 「おう!」