大学に入ってからの音楽生活は,質的にも,量的にも充実したものになった。アルバイトなどして経済的にも小遣いが増え,音楽的関心の対象にある程度お金を費やすことができるようにもなったからである。ただ,その前に高校生時代の最後に今でも記憶に残っていることがあるので,このことだけ伝えたい。音楽そのものに感動したというより,去り際に何かしら印象に残る教師がいたのである。もう名前は忘れてしまったが,超小柄,黒縁メガネ,禿頭,無口,シャイな先生だったが,最後の授業の最終の時間帯に,あらかじめ持参したレコードプレーヤーを使って,ヨハン・シュトラウスのワルツ「春の声」を教室で聴かせてくれたのである。卒業の門出に,はなむけの音楽としてそういう時間を生徒たちのために作ってくれたのだと思う。しかもその去り際には,相変わらずはにかみの(シャイな)表情で,「グッバィ,エブリバディ!」と言って教室から風のように出て行った。それまでは何かさえない先生だなと思っていたが,プライベートでは音楽好きの良い人なんだなと,何か嬉しいほのぼのした気分になったことを覚えている。
さて,大学に入ってからは,学問もそこそこに派手に音楽を聴いた。それまで聴く音楽のほとんどはショパンのピアノ曲だったが,かなりレパートリーが広がった。バッハ,ベートーヴェン,ブラームスのドイツ3大Bをはじめとして,その範囲は広範になった。ベルリオーズの「幻想交響曲」を聴くにつけても,その作曲技法特にオーケストレーションのすばらしさに感動した。今でもショパンは好きであるが,例えばピアノ協奏曲などにおけるオーケストレーション技法は,ど素人の自分でもベルリオーズのそれと比べて貧弱に感じたりしたものだ。
もちろん,お約束のビートルズにも熱狂した。同じビートルズ好きの友人の下宿に泊まっては,曲を聴きながら馬鹿話をし,挙げ句に深酒をして二日酔いとなり,翌日の授業をよくサボるという有様。「イエスタディ」,「ヘイ・ジュード」,「オブラディ・オブラダ」,「カム・トゥゲザー」,「ゲット・バック」など,誰もが挙げる曲が素晴らしいのは言うまでもないが,その当時も今も僕が特に好きなのは,次のような曲だ。
「マーサ・マイ・ディア」,「ユア・マザー・シュッド・ノウ」,「フォー・ノー・ワン」,「イン・マイ・ライフ」,「ゴールデン・スランバー」
これらの曲に共通しているのは,何よりもメロディーが美しいことだし,このうちのいくつかの曲は,その中間部にバロック的,対位法的な部分が含まれていることである(どうしてもクラシカルな部分は愛してしまうのか)。
そして,大学時代に熱中した音楽のジャンルは,クラシック音楽,ビートルズの他に,シャンソンであるが,シャンソンのことについては後日触れたい。