大久保「おい,西郷。この店も,ここんとこ,ちょっと客の入りが悪いなぁ。やっぱり不景気で,財布のひもがかたくなっとるのかなぁ・・・。」
西 郷「うーん。レバ刺しのような内臓ものは俺は苦手だが,どのメニューも割と安くて,味がいい店なんだがな。それに,一杯やった後のラーメン食うには,すぐ近くに屋台もあるし。まっ,せいぜい俺たちはいつもみたいにここで安酒を飲んでいくか。」
大久保「うん。で,どうだ最近は。」
西 郷「どうもこもないわ!」
大久保「出たな。お前のぼやきが・・・。何が不満の今日この頃だ・・・?」
西 郷「今朝だ。メールしながら歩いとる若い会社員風のボンクラ男がおった。ぶつかるまいとして右側に避けたら,今度はすぐに,メールだか何だか知らんが,携帯電話をいじくりながら歩いとるバーコードの中年男とぶつかりそうになった。咄嗟にさらに右側に避けたら,最後の締めは,携帯電話で何やらしゃべくりながら自転車を運転しておるボンクラ娘と本当にぶつかりそうになった。俺は,『ここはどういう星だ。』,『こういう世界で俺はこれからも生きていかねばならんのか。』と愕然となった。本当に情けない。」
大久保「まぁ,携帯は俺も使うが,何故通行の邪魔にならんように立ち止まって隅に寄れんのかな。昔の江戸の『往来しぐさ』のように,できるだけ多くの人が気持ちよく過ごせるような配慮,思いやりがなぜできんのかな。」
西 郷「もう泣けてくるわ。ちょっと最近,年のせいか,感情失禁気味だし・・・」
大久保「はっ,はっ,はっ。毎晩お前の涙が見れて楽しいわい。」
西 郷「あほ抜かせ!」
大久保「でもな,西郷。俺も,ちょうど今朝の体験だが,朝マンションを出てすぐに,大きな声で『おはようございます!』と元気に挨拶してくれた小学生の女の子がおったぞ。うちの学区では,1年生だけは黄色い帽子をかぶって登校することになっておるから,きっと1年生の女の子だ。それも全く知らない子だ。うれしい挨拶じゃないか!それから間もなくして,交差点にあるコンビニの前ですれ違った小学生風の男の子は,いかにも学校の図書室から借りていそうな『ファーブル昆虫記』という本(図書館のラベルが貼ってあった)を小脇に抱えて,行儀良く通りを歩いて行きおった。きっと昆虫が好きなんだ。そういう子供たちを眺めていると,我が日本国の子供たちもまんざらではないと思った。」
西 郷「こういう子たちが,あの携帯電話3連発のようなボンクラな大人にならないように願ってる。」
大久保「みんながみんな立派すぎる国民というのも何やら気持悪いが,少なくとも他をかえりみない『往来しぐさ』もできないような人間にしないためには,ちゃんとしたしつけと,他人を思いやるメンタリティーを醸成する最低限の教育だろう。」
西 郷「まあな。俺たちも,偉そうなことを言っておるが,毎晩飲んでばかりだしな・・・。」
大久保「でも俺は,評判の悪い定額給付金をもらったら,景気浮揚の一翼を担うべく,この店で飲むぞ。それが結局は,回り回って,日本経済の立て直しに役立つし。」
西 郷「そうすると,少し客の入りが悪くなったこの店も大丈夫だ。それはそうと,もうすぐ3月だ。4月異動が気になるが,お前だけ抜け駆けして課長補佐に昇進するなよ!係長昇進時期が一緒なら,課長補佐昇進時期も一緒だ。裏切るなよ!」
大久保「仮に俺が課長補佐の辞令をもらったとしても,お前があれほど苦手なレバ刺しを食べる覚悟と勇気と誠意を示すなら,いったんもらった辞令を人事部に返してもいいが,どうだ。」
西 郷「・・・・・・・・・・・・。ふんっ,お前だけが課長補佐の辞令をもらえるとも思えん。ど,どうでもいいけど,レバ刺しだけはいいわ。」