またマタイ受難曲かと言われそうだけど,平成5年に初めてマタイ受難曲の全曲を聴いた。それまではつまみ食いのような形で断片的に聴いていただけであったが,カール・リヒター指揮,ミュンヘン・バッハ管弦楽団,ミュンヘン・バッハ合唱団のCD(アルヒーフから出ている1958年録音のやつ)で初めて全曲の鑑賞と相成ったわけである。大げさな奴と言われてもいい,この時の感動は文章では表現できない。形容しがたい。筆舌に尽くしがたい(泣)。事前にマタイによる福音書でイエスの「受難の記事」を予習して臨んだものだから,感動も倍になったのだろう。
僕が就職してからマタイ受難曲の全曲鑑賞に至るまでにも,いろいろな曲や作曲家の世界をのぞいてみた。フランス音楽,例えば,サン・サーンスの交響曲,フランクやフォーレの室内楽曲,ドビュッシーやラヴェルの印象派の世界も楽しんだ。ドイツ3大Bの残りのBであるベートーヴェンやブラームスの諸作品(ピアノソナタ,交響曲,室内楽曲など),ラフマニノフの交響曲やピアノ協奏曲,そのほかプロコフィエフやストラヴィンスキーに至るまでの諸々の作品も。ブルックナーやマーラーのことは以前にも述べたとおりである。
でも,マタイ受難曲体験以来,僕の音楽の本籍はJ.Sバッハの音楽世界になってしまった。勿論今でも他の作曲家の音楽も聴くが,その後の僕の音楽遍歴といっても,基本的にはバッハの世界の中での遍歴となって今日に至っているので,「僕の音楽遍歴」シリーズも今回で最終回となる。
バッハは生前,音楽の究極の目的について,「神をたたえることと人間の魂の再生」と述べていたらしい。僕はキリスト者ではないから宗教的なことはよく分からないが,「人間の魂の再生」という点では全く共感できるし,バッハの音楽を聴くたびに魂を揺さぶられ,癒され,明日への勇気がわいてくるのである。「キザなことを言いやがって!」と言われてもいい。バッハの音楽に巡り会い,これを聴くことができるのは,自分の人生の意味と楽しみの相当部分を占めているといっても過言ではない。
バッハでお薦めの曲はと尋ねられたら本当に困ってしまう。マタイ受難曲は言うまでもなく,ミサ曲ロ短調も当然お薦めである。ただ,これらの曲は全曲を聴くとなれば2~3時間はかかる。声楽曲の中で割とお手軽で,一般受けするやつと言えば,教会カンタータ第82番「われは満ち足れり」の中の「子守歌」,教会カンタータ第140番「目覚めよと呼ぶ声あり」,教会カンタータ第147番「心と口と行いと生活で」の中の「主よ人の望みの喜びよ」などですか・・・。皆さん,これらを聴いて,魂をブルブル,ガクガクと揺さぶってもらったらどうでしょうか(笑)。