夏でもできるだけ自宅から歩いて通勤している。通勤経路はその日の気分などによってまちまちである。今朝の通勤途上で,若いOL風の女性とすれ違った。凄い美人に見えたので,すれ違いざまにちょっとお顔に目がいってしまった。確かにそこそこ美人なのだが,巨大なつけまつげであった。あれはマスカラとは違うと思う。仮に僕がこういうつけまつげを付けたとすると,その重量,負荷に耐えかねて眼瞼痙攣が起きそうだ。それにまぶたに気がいってしまい,書面の起案に差し支えるであろう。でも,そんなこと余計なお世話か(笑)。
通勤経路と言えば,僕の自宅の近くには,小学校がありその敷地内には本当に見事な桜の木々がある。春にはこのブログでも述べたように,本当に感動的なまでの見事な桜の花を咲かせるのである。
今朝はこの桜の木々を見ながらの通勤であった。その桜の木々にとまり,蝉が一生懸命に鳴いていた。あまりよくは知らないが,蝉というのは約7年ほどを土の中で生活し,やっと地上に出て僅か1週間かそこら,生涯の最終段階を過ごして死んでいくというようなことを聞いた。だから,今一生懸命に鳴いているのは生涯の最期の仕事なのだろう。これは少し的外れかもしれないが,前に読んだことのある正法眼蔵随聞記という書物には,人生は長いとか時間などいっぱいあると考えている人は怠惰になったり修行に励まなかったり人生を真面目に考えたりしないが,人生があっという間であることを識っている人はそうではない,あるいはそうあるべきではないというようなことが書いてあった。蝉も,自分の生涯が短いことを知っているのだろう。蝉の存在は,僕が幼い時は昆虫採集の対象,若い頃はその鳴き声がうるさいなという程度の存在,でも年をとった今は何故かしら自分の姿を投影してしまう面がある。
桜は見事な花を咲かせ,あっという間に風に吹かれて散ってゆく。蝉も地上に出てからは声の限り鳴いてあっという間に死んでゆく。桜も蝉も,自然の呼び声に応じていつでもこの世を去る覚悟,潔さがある。いつも通勤途上に見る同じ桜の木々で,桜と蝉は季節を違えていずれも春,夏の主人公となっているのである。いやー,今日はどうしちゃったんだろう。とても内省的な人間に化けてしまった(笑)。
今年の梅雨は長かった。長梅雨というのだろうか。僕の住んでいる地方は,昨日ようやく梅雨明け宣言が出された。降雨量も多かった。降雨といえば,山口県防府市及びその周辺の豪雨災害があった。防府市の老人ホームが土石流災害に襲われ,多数の人が亡くなった。亡くなられた方々のご冥福を心からお祈りすると同時に,その他被害に遭われた方々には心からお見舞い申し上げます。
山口県防府市は,漂泊の俳人,種田山頭火の生まれ故郷である。
「雨ふるふるさとははだしであるく」
山頭火の有名な句の一つである。この句自体は,山口県小郡市で作られたもののようだが,小郡と故郷の防府とは近い。ふるさとの雨を詠じた句。山頭火はどんな気持ちでこの句作をしたのであろうか。山頭火自身の自句評を引用すると,「雨ふるふるさとはなつかしい。はだしで歩いてゐると、蹠の感触が少年の夢をよびかえす。そこに白髪の感傷家がさまよふてゐるとは。」(村上護著,「山頭火名句鑑賞」91頁,春陽堂)。雨の日の行乞も決して楽ではなかったろうが,山頭火の場合は,もうそんな苦楽の感情を超越していたのかもしれない。
また,山頭火は,故郷について次のようなことも述べている。「故郷忘れ難しといふ。まことにそのとほりである。故郷はとうてい捨てきれないものである。それを愛する人は愛する意味に於いて、それを憎む人は憎む意味に於いて。(中略)しかし、拒まれても嘲られても、それを捨て得ないところに、人間性のいたましい発露がある。錦衣還郷が人情ならば、襤褸をさげて故国の山河をさまよふのもまた人情である。」(村上護著,「山頭火名句鑑賞」85頁,春陽堂)。これまた山頭火にあっては,虚栄,卑下などといった感情も超越していたのだ。
「うまれた家はあとかたもないほうたる」
先週の土曜日には,同業者やそのご家族の方々と,知多半島の方へちょっとしたバス旅行をした。あいにくの雨だったが,内心雨も悪くはないなと思っていた。というのも,この小旅行には,海岸での地引き網体験の企画が組み込まれていたからである。真夏の炎天下で地引き網というのは,「虚弱体質」の僕にはヒジョーに辛い。
炎天下での地引き網修行がいよいよとなったら,僕としては同業者数人をそそのかして,近くのハウスでこっそりビールでも飲んでようと企んでいた。でも,雨が降ったりやんだりの天気で,炎天下という訳ではなかったので,結局僕も浜辺に出た。
おかげで,日本古来からの地引き網漁法のやり方がよく分かったし,真鯛,黒鯛,コノシロ,ボラ,タコ,小さなサバなどの獲物がかなりあった。同業者のご家族の中には,まだ小学校に上がる前の子や小学生らがいて,雨に濡れながらも最後尾になったら順繰りに先頭になって一生懸命に網を引いていた。これらの子どもたちは,獲れた魚を目を輝かせて見ていた。さらに子どもたちは,漁師さんが魚の鮮度を保つために血抜きし,魚をしめる光景も目にしていた。これらの獲物は,予め用意されていた牛肉や豚肉,野菜などのバーベキューとともに,刺身や鍋に調理され,どの子どもも美味しそうにほおばっていた。勿論僕も。要するに,これは立派な「食育」となっていたのである。炎天下での地引き網修行だけは回避しよう,一部の仲間とこっそりビールでも飲んでいようと企んでいた自分が恥ずかしい。
その後バスは,「酢の里」というさる食酢メーカーが運営している施設に足を運んだ。ここでも酢が出来上がる工程を見学でき,これも大人にとっても子どもにとっても一種の食育となったのであった。この施設で配られたリンゴ酢は美味かった。特にこのリンゴ酢のボトル表面には「・・・ダイエット」と記載されていたので,思わず買い求めようという衝動に駆られた。でも,本当にダイエット効果はあるのかしらん。あるんだったら,毎日何杯でも飲むんだけど(笑)。