マウリツィオ・ポリーニというイタリアのピアニストは,現在においても世界を代表する巨匠である。今までに2度,上野の東京文化会館でポリーニの生演奏を聴いたことがあるが,その音色の美しさ,正確無比なテクニック,楽曲解釈に対する納得性のいずれをとっても当代一流であると思う。
僕がこれまでに聴いたポリーニの録音はというと,ショパンの練習曲集,前奏曲集,ピアノソナタ(第2番,第3番),ベートーヴェンのピアノソナタ集,ピアノ協奏曲などであったが,そういえば,何故バッハの録音がされないのか不思議に思っていた。彼がバッハの曲にどのような思い,考えをもっているのか,一度コメントを聞いてみたいとも思っていた。
ところが,先日,昼食を済ませてCD店の中をブラブラしていたら,何と!・・・ポリーニの演奏するバッハの平均律クラヴィーア曲集第1巻のCD(ドイツグラモフォン)が販売されているではないか。昨年9月から今年の2月にかけてミュンヘンで録音されたもので,ポリーニのバッハ初録音だということである。あれほど待望したポリーニのバッハが聴けるのである。早速家に帰って聴いてみた。素晴らしいの一言である。相変わらずその音色は美しく柔らかであるし,テクニックも健在。僕は,気の利いたことも言えず,楽理的なことにも無知であるが,これだけは言えると思うのは,このバッハ演奏についてもポリーニの「真摯さ」が感じられるということである。第1番ハ長調のプレリュードを聴いた時は,美しい響きではあるが,テンポが思いのほか早いなと感じ,全体的に早めのテンポ設定なのかと危惧したが,第1番ハ長調のフーガを聴いて安心した。実に落ち着いた名演奏である。特に感動したのは,平均律の第1巻の中でもとりわけ僕の好きな,第8番変ホ短調のフーガ(3声),第24番ロ短調のプレリュードとフーガ(4声)であった。上手く言い表せないが,「天上的な美しさ」とでも言うべきであろうか。
憧れのポリーニのバッハ演奏を聴くことができた。1960年に18歳の若さでショパン国際ピアノコンクールで優勝して以来,常に世界の注目と尊敬を集めてきたこのピアニストも,今年67歳である。ジャケットの写真を見ると,年輪と誠実な人柄を感じさせるとてもいい顔である。是非とも,平均律クラヴィーア曲集第2巻の録音も聴きたいものである。