僕とクラシック音楽との意識的な最初の出会いは,ショパンのピアノ曲だったと思う。小学校6年生のころから高校2年生ころまでの間は,ほとんどショパン一辺倒だった。今年は2010年だから1810年にポーランドで生まれたショパンの生誕200年記念の年であり,いろいろなイベントが企画されている。
僕もこれまで様々なショパンの伝記を読んできたが,「この一冊」として現在でもお薦めなのが「ショパン」(カシミール・ウィエルジンスキ著,野村光一・野村千枝共訳,音楽の友社)である。なぜこの伝記が素晴らしいのだろうか。ひとことで言うと,著者もショパンと同じポーランド人で,同国内の豊富で新規な資料(書簡なども含まれるであろう。)に基づいて著作されており,特にショパンがパリに定住する以前のポーランドでの半生に関する叙述部分が豊富なのと,書簡などに基づいた心理描写に詳しいからということになろう。この本の訳者あとがきの箇所には,訳者の野村光一氏が次のように述べている。
「・・・そのうえ、彼はその著述に当り、同郷の便もあって、今日まで西欧諸国には未発表のままになっていた、ショパンが祖国に遺した多くの文献を入手して、これを使用する好機を得た。本書中におけるその顕著なる一例は、ショパンが他界するまで彼と親交があり、特にその死の床で独唱を行なったことで名高くなった麗人デルフィーヌ・ポトツカに関する記述であって、これは従来西欧あるいはアメリカで公刊されたいかなるショパン研究書にも見出し得ぬ、新資料による珍しい叙述である。・・・・・・・ひいてはまた、そのために本書ほどショパンの発育時代について紙数が費やされている著述もないのである。」(426頁)
僕はこの本を店頭で手にした際,すぐに気に入った。根拠となる資料も確かなものだし,心理的な描写も多い。ショパンの気持ちはショパンしか判らないのは当然であるとはいえ,心のどこかでこの著者がショパンの同郷人として似通ったメンタリティーをもっているのではという期待もあった。実際に読んでみたが,情報量も豊富で,現存する書簡などからの引用部分も多いため,リアリティーをもって読み進むことができ,読後もとても満足のいくものであった。ショパンの伝記で物足りなさを感じている人があるなら,やはりこの伝記を薦める。この本の序の部分には,20世紀最大のピアニストの一人であるアルトゥール・ルービンシュタインの次のような推薦の言葉もある。
「私はショパンにかんする著書を読むことが非常に好きである。それによって、私はいつも非常に喜びを感じてはいるが、しかしそれにもかかわらず、ショパンの大部分の著書は、なお満足に遠いものである。・・・・・・・・・彼の微妙な正確さと、手法の節約とは、彼の動揺する熱情と、深刻な感情から切り離しがたいものである。一方では妥協を絶対に排する英雄主義と、他方では至高の繊細さと感受性を-彼の世界はあらゆる豊かさをもって、この二極地の間を循環しているものである。この異常な特色の結合が、いかにしてショパンの生涯を構成したか、ということは本書に語られているところであって、彼の音楽、および人間についての理解を広めたい人人に、私が本書を薦める所以もまた、ここにあるのである。」(2~8頁)