自分の年のせいなのか,それともなにがしかの僅かばかりの知的集積がさらなる知的好奇心を醸成したのかは分からないが,日本の古来からの文化に対する憧れが高まっている。万葉集というのは,小学生でも知っている存在だと思うが,実は僕はこの年になるまで万葉集に関する書籍を読んだことがなかった。
そこで何か手始めに良い本はないかと思っていたところ,「万葉の花」(片岡寧豊著,青幻舎)という本に出会った。この本は,春夏秋冬,万葉集の歌の中に出てくる四季折々の花を季節別に取り上げ,写真入りで解説し,その花ごとに必ず一つの歌を取り上げている。例えば春の花のアセビについて述べると,分類上はツツジ科で,万葉名はあしび。植物の分類やその特性,外観に言及され,写真で実際にその姿を見ることができるし,花の名前の語源まで解説されている。アセビに関する歌の一つとして次のような歌が紹介され,訳(大意)まで記されている(10頁)。
「磯の上に 生ふるあしびを 手折らめど 見すべき君が ありといはなくに」
(大伯皇女(おほくのひめみこ),巻二-一六六)
「岩のほとりに生えているアセビを手折りたいけれど,それを見せるべきあなたがこの世にいるわけではないのに」(大意)
この本は,万葉集の時代の生活振り,その歌が詠まれた背景などについても解説されているし,その一方で植物図鑑のようでもある。万葉集の世界にさらに興味をもった。万葉集というのは7世紀後半から8世紀後半頃にかけて編まれた,日本に現存する最古の和歌集で,その成立は759年以降のようである。それにしても思うのは,日本人というのは,自然を愛で慈しみ,花などの有り様を見て四季の移り変わりを感じ,自然に触れてはその都度心を動かされる繊細で優しい,内省的な民族性を有しているということである。