中国の紙幣は人民元札のようだが,私は今までに一度も手にしたことがないので正確なことは知らないが,人民元札の肖像はいずれも毛沢東のようである。この人物は,現在では中国でどのような評価を受けているのであろうか。具体的には,中国の独裁政権を維持している中国共産党では毛沢東をどのような人物だったと総括しているのか,また,民衆レベルではどんな評価なのか,少なからず関心がある。でも,紙幣にその肖像が載る訳だから,それはそれはかの国では高く評価されているのであろう。
読み終えるのに少し時間がかかってしまったが,「毛沢東の私生活(上・下)」(李志綏著,アン・サーストン協力,新庄哲夫訳,文春文庫)という本を読破してしまった。毛沢東を評価するに当たっては,彼が指導者として重要な役割を果たした歴史的事実,たとえば,百家争鳴・百花斉放運動(「反革命分子」のおびき出し),大躍進(どだい無理な政策・目標設定による約2000万人とも言われる餓死者の発生),文化大革命(果てしない権力闘争と大量の殺戮,政治的混乱と文化破壊など)の評価を抜きにして語れないし,これらの点については既に多くの著作がある。でもこの毛沢東の私生活ぶりについてはどうか。中国共産党によって神格化が図られ,その権力維持のためには明らかにできないような私生活面での情報はヴェールに包まれていたのである。
この本は,毛沢東の主治医として約22年間も身近で接することを余儀なくされてきた李志綏博士という医師が書いた本である。ごく身近にいた人間でなければ知り得ず,語り得ない内容が多く含まれている。この本の中には「解題 毛沢東とは何だったのか-本書に寄せて-」というアンドリュー・ネイサン(コロンビア大学教授)の論考があり,次のような記述がある。
「史上、毛沢東ほど数多くの人々の上に、それもあれほど長期にわたって権力をふるった指導者はほかにいないし、また自国民にあれだけの破局をもたらした指導者も皆無である。毛沢東のあくなき権力欲と裏切られることへの恐怖は、足もとの〝身内〟や国家を混乱の坩堝に陥れつづけた。毛沢東のビジョンと手練手管は中国を「大躍進」とその戦慄すべき結末である大飢饉や「文化大革命」に突入させ、数千万人の死者を出したのだった。そればかりではない。二十二年間も主治医として務めた人物によるこの回想録で語られている毛沢東と同じくらい、親しく観察された指導者がほかにいただろうか。・・・現政権は今なお毛沢東の公式イメージという間接照明によって統治しているのである。いかなる公認された回想録を見ても、李博士のそれと同じような真実の響きを持った毛沢東像は描かれていない。本書はこれまで毛沢東について書かれたもののなかで、またおそらくは歴史上のどんな独裁者について書かれたもののうちでも、もっともわれわれの蒙を啓いてくれる本だ。」(同書510頁,522頁)。
ページ数が多くてとても大変だけれど(笑),一度は読んでみてもいい本だと思う。