フランスの大手自動車会社ルノーは,日産自動車と共同開発している電気自動車(EV)の情報漏洩問題で,容疑者を特定しないままの刑事告訴に踏み切ったと報道されている。この事件では,一部のメディアは,容疑者とされている幹部3人のうちの2人の銀行口座に,中国の国有電送会社が送金していたと報道し,中国の関与が疑われているのである(産経新聞1月14日朝刊)。この真相はいずれ明らかになると思うが,フランスでは過去にも,中国人研修生が自動車部品メーカーから機密情報を盗み出して摘発された事件が起こっている。
イギリスの政府系シンクタンク「戦略情報研究所」が4年前に発行した特別レポート「中国人スパイの脅威」によれば,学者や留学生をスパイ要員に仕向けて得た産業情報は,アメリカ一国だけでも累計400件を超し,そのほとんどが中国に技術移転された模様であると報告している。2003年8月には,アイオワ州立大学に留学中の中国人留学生2人が軍事産業関連情報を中国の軍情報部に提供したとして逮捕されたし,2006年12月には,カリフォルニアのシリコン・バレーにあるIT企業で働く中国人技術者2人が,マイクロプロセッサの設計情報を盗み出して中国の国営企業に売り渡したとして逮捕されている(「正論」2月号195~196頁,産経新聞社)。
そういえば,平成19年には,わが日本でも自動車部品大手のデンソーに勤務していた中国人技術者が製品情報を持ち出した事件が起こっている。中国は,日本の新幹線技術に少しばかり手を加えただけで,あたかも自国の技術の成果であるかのように装ってその新幹線技術を今度は海外に輸出しようとしている。中国は,2001年にWTO(世界貿易機関)に加入し,国際的な経済ルールを遵守すべき立場にあり,諸外国からもその点を強く求められているにもかかわらず,相変わらず知的財産権の保護などどこ吹く風である。気が向いた時に違法DVDやCDを押収し,これを派手に破砕するなどのパフォーマンスでお茶を濁している。経済倫理も何もあったものではない。
中国当局から様々な迫害を受けたためアメリカに渡って執筆活動を続けている何清漣という人が書いた本に「中国現代化の落とし穴-噴火口上の中国」(坂井臣之助,中川友共訳,草思社)があり,その本の中には次のようなくだりがある(143~144頁)。
「西洋先進諸国の現在のような市民社会は、市場経済体制を基礎とし、道徳の基礎をもっている。すなわち、他人の生命、財産、自由の権利を尊重することであり、すべての法律制度はそこを出発点としている。中国でも市場経済は発展をみているが、生活の理想と道徳の基準が損得勘定となり、社会全体が『人みな泥棒』のような局面に陥ったのはなぜだろうか。利益を追うあまり、他人(または国、集団)の権利を損ない、はては他人の生命と財産を侵害することが織り込みずみの行動すら出現する始末である。こんなことで得られる経済発展など、発展の名に値するのだろうか。」
フランス政府は,重要な輸出先である中国に遠慮してこのルノーの問題の報道には神経をとがらせているようであるが(前記産経新聞),果たしてそんなことでよいのだろうか。また,わが日本も,産業スパイのみならず,国家機密を狙うスパイに対してはあまりにも無防備なのではないだろうか。