またバッハのことか,と言わないで読んでいただきたいと思います。私がクラシック音楽を聴くとき,最近ではもうバッハの曲が90パーセント以上になってしまっているのではないでしょうか。自分の中ではバッハは神様のような存在ですし,癒しの源泉なのです。そのバッハの曲の中でも,かねてから「凄み」というものを感じている曲があります。
「凄み」とひとことで言っても分かりにくいでしょうが,この場合の「凄み」の意味というのは,魂の深部に語りかけるような内省的な音楽であること,バッハと同時代の音楽家でも後生の音楽家でもまねが出来ないような独創性があること,今聴いてもちっとも古さを感じない斬新さがあることなどでしょうか。最近でも繰り返して聴いているバッハの曲の中で,特に「凄み」を感じている曲を3つほど挙げてみたいと思います。
第1は,ミサ曲ロ短調の終わりから2番目の曲,「アニュス・デイ(神の子羊)」です。アルト独唱で,低音域が中心の沈鬱なメロディーで,ためいきの動機が繰り返されます。魂の深部に語りかけるような内省的な音楽で,こういう旋律は誰にもまねが出来ないでしょう。その後に続く終曲の「ドナ・ノヴィス・パーチェム(平和を我らに)」の平和的で安らかな旋律とは好対照ですが,この曲の旋律も何故かずっと頭に残る素晴らしいものです。本当に凄みというものがあります。
第2は,平均率クラヴィーア曲集第1巻の第24番のフーガです。この曲集の最後を締めくくるのに似つかわしい雄大な構想のフーガで,その半音階的進行には斬新さがあり,これもバッハならではです。やはり凄みを感じます。
第3は,無伴奏チェロ組曲第5番のサラバンドです。最初に聴いた時は,何と不気味な曲だろうと思ったのですが,何度も聴いていると,これも魂の深部に語りかけて内省的ですし,独創性,斬新さが半端ではありません。あのムスティスラフ・ロストロポーヴィッチがこの曲をこよなく愛していたそうです。
この3曲などは特に頭の中に残っているのですが,いずれにしてもバッハは凄いのです(笑)。