弁護士の感じるストレスにもいろいろなものがあるでしょうが,事件処理の見通しがなかなか立たないことにストレスを感じることもありますし,最近では仕事がなかなかはかどらないことに対するストレスも,これまたなかなかのものです(笑)。そういう訳で,せめて仕事以外の時間帯では癒されたいとの気持ちから,バッハの音楽世界(深い森の中)に入って行ってしまうのです。
ごく最近,佳い音楽DVDを入手できました。トン・コープマン指揮,アムステルダム・バロック管弦楽団・合唱団の演奏による「バッハ:カンタータ集 全6曲」というDVDです。全6曲のうち,5曲は教会カンタータで,もう1曲は「コーヒーカンタータ」という名で有名な世俗カンタータ(おしゃべりはやめて、お静かに)です。5曲の教会カンタータは,56番(われは喜びて十字架を負わん),106番(神の時こそいと良き時),131番(深き淵より、われ汝に呼ばわる、主よ),140番(目覚めよ、とわれらに呼ばわる物見らの声),147番(心と口と行いと生きざまもて)です。
どうですかねえ,200曲近くあるバッハの教会カンタータの中でたった5曲を選べと言われたら本当に困りますが,私の中で当選確実なのは140番(目覚めよ、とわれらに呼ばわる物見らの声)と147番(心と口と行いと生きざまもて)ですが,その他はとても選び切れません。でも,このDVDに収録されている曲はどれも素晴らしいと思います。
トン・コープマンという人は,一言で表現しますと,求道者という表現がピッタリです。バッハのカンタータ全曲録音という偉業を達成しておりますし,その研究熱心さは半端ではありません。この人は,昔から,「バッハの弟子でありたい」と公言してきたことからも分かりますように,本当にバッハが好きなのでしょうし,古楽器演奏を追求しています。
「バッハ=カンタータの世界Ⅰ 教会カンタータ アルンシュタット~ケーテン地代」(東京書籍)の中で,トン・コープマンは次のように述べております(364ページ)。
「幸い、メンゲルベルク,リヒターのようなバッハの演奏は、もはや過去のものとなっている。といって、われわれは、知ったかぶりになるつもりはないし、警察官を気どりたいわけでもない。われわれが望むのはただ、バッハがわれわれの肩をたたいてこう言ってくれることだけである。『君たちは、私の考えていたことが何であったかを誠実に探してくれた』、と。」
古楽器演奏の追求により,バッハの作品が,バッハの時代に鳴り響いていたのと同じやりかたで再現されるのは好ましいことでしょう。その意味でも,トン・コープマンは求道者なのでしょう。ただ,私は,カール・リヒターの演奏もこよなく愛しております。リヒターのような演奏が過去のものになってしまったとの評価には違和感を覚えますし,それが「幸い」とは思いません。どちらの演奏も佳いのです。それにしても,トン・コープマンの指揮ぶりは,ユーモラスで,ひたむきで,ほほえましさを感じます。