このブログでもたびたび登場するのですが,福田恆存という評論家・劇作家をご存知でしょうか。先週土曜日の讀賣新聞の「編集手帳」の中ではこの福田恆存さんのことについて触れられていました。
福田恆存さんは,「編集手帳」が指摘するように,「戦後民主主義」の御輿(みこし)をかつぐ進歩派を批判した保守の論客です。丸山真男や清水幾太郎などの進歩的文化人や左翼思想にうなされていた学生,さらには月刊誌「世界」で展開されていたような議論の欺瞞性に対して,鋭く切り込んでいったのです。当時の多勢に無勢の状況下では相当に勇気のいることだったでしょう。
今,この福田恆存という保守の論客の著作,対談集を読んでみても,つくづく説得力があり,腑に落ちるのです。つい一週間ほど前に,「福田恆存対談・座談集 〈第四巻〉世相を斬る」(玉川大学出版部)という本を読み終えたばかりだったのですが,その中でも特に印象に残った面白い箇所がありましたので,引用します(面白くて感心する箇所はふんだんにあるのですが,特に面白かったのです)。
「そうですね。東大の小林直樹という憲法学者とか、大江健三郎・・・ほかに二三人出たと思いますが、いつの憲法記念日だったか、NHKで座談会をやったことがある。その後でめしを食ったとき、『小林さん、そんなこといったって、もし日本が他国から攻撃されたらどうしますか』といった。『他国ってどこだ』ときくから、その頃はソ連より中国のほうが切実なものがあったので、『たとえば中国』とこたえた。すると『アメリカが助けてくれますよ』(笑)そういう左翼ですよ、みんな。」
思わず吹き出してしまいました。いかに福田恆存さんの方が国家観というものがしっかりとしていて,事態に真正面から向き合って誠実であるか,道徳的であるかということがよくわかるエピソードでしょう。大江健三郎なる人は,最近では反原発・再稼働反対のデモを指導し,相当にお盛んのようですが,かつては(1968年5月28日の講演において),「核開発は必要だということについてぼくはまったく賛成です。このエネルギー源を人類の生命の新しい要素にくわえることについて反対したいとは決して思わない」と発言しているのですよ。転向されたのですね(笑)。それにこの大江健三郎という人は,1958年6月25日の毎日新聞夕刊のコラム内で「ぼくは、防衛大学生をぼくらの世代の若い日本人の弱み、一つの恥辱だと思っている。」という暴論を述べています。こんな大勢の反日,左翼の連中の中で,福田恆存さんは奮闘していたのです。
この日の「編集手帳」の内容は特に面白く,昔の作家は出版社からよく前借りをしたそうで,大岡昇平,吉田健一,福田恆存の三氏は文壇三大〝前借り名人〟の異名をとったそうです。特に福田恆存さんの場合は,返済目論見書まで持参したそうです(笑)。さすがは論客だけあって,理詰めの前借り交渉です。その福田さんも18年前に亡くなり,今年は生誕100年です。
さきほど私が一週間前に読み終えた本の中での話によると,福田恆存さんは小林秀雄さんと同様,作家の中では泉鏡花を高く評価しているそうです。その対談の当時でも,暇があれば泉鏡花を読みたいと思っていたそうです。私は泉鏡花は読んだことがありませぬ故,どのような世界なのか今度読んでみようと思います。