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2012/10/02

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 主に学生時代と,まだ20代の仕事と受験勉強で精一杯のころでしたが,ベートーベンのチェロソナタ第3番をよく聴いたものです。精神が何となく落ち着くのです。特に第1楽章の冒頭のあのゆったりとしたモティーフ(動機)。このモティーフを一言で表現すると,「泰然自若」という表現がぴったりでしょう。泰然自若とは,落ち着いていて物事に動じないさまをいいます。チェロはパブロ・カザルスで聴きました。ピアノは誰だったか今では覚えておりませんけど。

 

 私が素晴らしいと思う保守の論客として福田恆存という文芸評論家がいました。この人は,やはり生前,ベートーベンのチェロソナタを愛聴されていたようです。たまたま最近,「福田恆存-人間は弱い-」(川久保剛著,ミネルヴァ書房)という本を読んだのですが,ますますこの福田恆存という保守の論客の存在の大きさを痛感しました。当時は,いわゆる「進歩的文化人」が論壇を席巻し,周りはみんな左翼思想です。そのような中で,孤軍奮闘して,何とか「閉された言語空間」(江藤淳)を必死でこじ開け,説得力に富んだ正論を展開していたのです。当時としては,とても勇気のいることだったでしょう。その勇気が素晴らしい。かねてから私が福田恆存の評論や著作に関心があった理由は,そこにあります。

 

 前著(「福田恆存-人間は弱い-」)から,評論家としての福田恆存の評価について触れた一部を引用しておきましょう(223頁)。

 

「アメリカの日本文学者で、保守派の論客でもあったE.G.サイデンステッカーも、福田を『誰よりも尊敬していた』と述べている。サイデンステッカーは、日本のオピニオン・リーダーとしてもっとも信頼できる人物は誰か、との質問に、福田の名を挙げ、『彼の社会や政治に関する評論は、私にはまことに明晰であると同時に、まさに良識を代表するものと思える』と答えている(『流れゆく日々-サイデンステッカー自伝』時事通信社、平成一六年)。

 

 福田恆存は平成6年11月20日に83歳で亡くなりましたが,その葬送に当たっては,ベートーベンのやはりチェロソナタ第3番が流されたとのこと。福田恆存は,この曲について生前次のように述べております。

 

「先ずあの第一楽章の冒頭、チェロからピアノに引渡される第一主題の、陰陽の展開がこたへられない。第二楽章に入つてピアノとチェロが交互に反復しながら盛上げて行くスケルツォの華麗な流れに身を委ねながら、その美しさがやがては頂点に達して消えてしまふのをおそれ、時々途中でプレイヤーを止めたくなる、・・・」(前著226頁)

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