数年前にある合唱団に入って,1年間の練習を重ね,バッハの「マタイ受難曲」を唱わせていただいた,あの感動・・・。今も忘れませんし,一生の思い出です。
私のような者と比較しては大変失礼なのですが,指揮者・音楽評論家の宇野功芳さんも若い頃に同じ感動の体験をされていて,そのことがエッセイとして記載されておりました(「文藝別冊 バッハ 古楽器でもモダンでも!-次に聴くCDを選ぶ最新鑑賞ガイド」(河出書房新社,6~7頁)。本日はこのエッセイ(タイトルは「《マタイ受難曲》の神髄」)を全部引用させていただきます。一箇所を除いて,私も全く同感ですし,私自身の体験を呼び覚ませてくれますし,本当に素晴らしい内容です。
「バッハといえば《マタイ》。いや、この世のすべての音楽の中でいちばん好きな曲は?と問われたとき、《マタイ受難曲》は最大の候補の一つである。もっとも、筋金入りのバッハ・ファンは《マタイ》よりも《ミサ曲ロ短調》を挙げる。ぼくはこの作品を好まないので、いわゆるバッハ党ではないのかもしれない。初めて《マタイ》の存在を知ったのは高校時代で、同じ合唱部に在籍する同級生が宗教音楽研究会にも入り、《マタイ》を歌った感動を語ったときだ。とくに第一曲でコーラスが二つに分かれ、八部となり、途中で空の一角から天使の歌声が聴こえてくるように、少年合唱が加わり、なんと九部になる。その壮麗、壮大さは歌ってみなければ分からないよ、と言っていた。ぼくはその言葉だけで感動し、その晩は《マタイ》を聴いている夢を見てしまった。高校卒業後、音楽大学の声楽科に進んだ僕は、クラスメート数人と宗教音楽研究会に入会した。ちょうど、その年は《マタイ》をやるというので、週一回の練習に参加した。なにしろ素人集団なので、パート練習など、ときどき噴き出したくなるほどおかしいが、一年間かけて練習する間に、曲の魂がどんどんコーラスに乗り移ってゆく。でも、まだ《マタイ》の真価は分からない。オーケストラ合わせの日がやって来て、第一曲の〈来たれ汝ら娘たち、来たりて共に嘆かん〉が始まったとき、僕は体の震えがとまらなくなったのである。キリストの受難を扱ったこの作品は、最後の晩餐からユダの裏切り、キリストの処刑と復活を歌っているが、第一曲はいきなりキリストの道行きで開始される。十字架を背負ってよろめきながら丘を昇ってゆくイエスとそれを見守る群衆たち。彼らはしきりに〝見なさい、私たちの重い罪を〟という言葉を発する。そして天の一角から少年たちの〝おお、神の子羊よ〟というコラールがひびいてくる。この第一曲のあとにやっとキリストが登場し、ドラマが始まるわけだが、《マタイ受難曲》のすべてを凝縮したような十分ほどの第一曲に、バッハの名作のエッセンスがこめられている。初めて《マタイ》に接する人は、この〈前奏曲〉を繰り返し味わい、曲の神髄を自分のものにすべきであろう。ついに迎えた本番。その感動をどのように表現したら良いのか。演奏が進み、最後の曲に達したとき、とうとう涙が止まらなくなった。ぼくだけではない。ほとんどの団員が泣いていた。終了後の舞台で、「あーあ、マタイも終わってしまった。つまらないなあ」とつぶやいている団員も居た。数日後、舞台を共にした同級生たちが我が家に集まり、メンゲルベルク指揮のLPを初めて聴いたが、そこで再び腰を抜かしてしまった。その話はいずれ又。」
私も全く同感ですし,私自身の体験を呼び覚ませてくれました。本当に素晴らしい内容です。私自身の《マタイ》体験はこのブログでもたびたび,そしてくどいようにご紹介しておりますので,「ブログ内検索」で覗いてやってください(笑)。
宇野功芳さんのエッセイの中でただ一箇所だけ首をかしげてしまったのは,「ミサ曲ロ短調」に言及された箇所です。この作品を「好まない」のですか・・・。「ミサ曲ロ短調」はバッハの作品の中でも畢生の大作だと思いますし,「マタイ受難曲」と双璧だと感じていますが。でも,結局は好き好きですしね(笑)。
月曜日の朝っぱらからこんな話題で誠に申し訳ないのですが,いわゆる「従軍慰安婦問題」のことです。月曜日の朝ということで,私は勿論,みなさんの頭もまだ本調子ではないと思われますので(笑),短くまとめたいと思います。
このいわゆる「従軍慰安婦問題」というのは,日本政府や軍が主として韓国人女性を「女子挺身隊」として強制的に慰安所に連行し,「性奴隷」として虐待したなどとし,日本政府を非難し,謝罪と賠償を求め続けている問題です。
このいわゆる「従軍慰安婦問題」の前提事実が全くの虚構に基づくもので,吉田清治なる「職業的なうそつき」の虚言に始まり,反日を社是とする朝日新聞の捏造記事がこれに飛びついて煽り,売国的政権であった宮沢喜一や河野洋平という卑怯者があたかも強制連行を認めたかにも読める「河野談話」を発したことで,問題をさらにこじらせてしまったり,売国的な弁護士が日本に賠償を求める訴訟の原告を募集して回るなどの行動をとってきました。由々しきことです。実は私も義憤に駆られ,平成23年の12月には5回にわたって,この問題についてこのブログでアップしました(笑)。
韓国政府はことあるごとにこの虚構の問題を持ち出しては,賠償を求め,在韓日本大使館前に慰安婦像を設置することを黙認したりもしました。反日的なロビー活動に余念のない在米韓国人らがアメリカの地元議員を抱き込み,議会での対日非難決議を引き出したりしております。由々しきことです。
でも,我々日本人も,このいわゆる「従軍慰安婦問題」が虚構に満ちていること,欺瞞であることを本当に理解し,そしてこれを言いつのる勢力を完膚無きまでに論破できるほどの深い知識を備えているでしょうか。相変わらず,心のどこかにたまった滓(おり)のようになってはいないでしょうか。
「増補新版 よくわかる慰安婦問題」(西岡力著,草思社文庫)という本を読みましょう。この虚構の問題に関して平易に解説したものとしては決定版とも評価できる文献だと思います。本当によく分かります。経緯等が平易に解説されていますし,体験者,取材者ならではの説得力ある記述ですし,沈着,冷静,合理的です。この本の中の,ある章の締めくくりとして西岡さんは次のように語っておられます。若干記述が情緒的の嫌いがあると感じる向きもあるでしょうが,西岡さんも義憤に駆られ,真実を突き止めた者の自信の発露と見るべきでしょう。
「実際には行っていない奴隷狩りのような慰安婦徴用を行ったと言いつのり、韓国まで行って謝罪する職業的ウソつき。自分でキーセンに売られたと話している老女を『挺身隊として強制連行された慰安婦』として、平気でウソを書く新聞記者。それが発覚しても責任を問わない無責任新聞社。キーセン出身老女や二万六〇〇〇円の大金を貯金した老女を先頭にして日本を訴える厚顔無恥な弁護士。国連人権委員会に毎年わざわざ出向いて『慰安婦は性奴隷』などという奇抜な詭弁を報告書に書かせた自虐的NGO活動家。これらすべてが日本人だ。ウソに始まり、詭弁が乱舞し、ついに米国議会で日本を糾弾する決議が採択された。これらを推進しているのが『反日』日本人たちだ。彼らは国際社会に膨大なネットワークを築き、こつこつと資料を集め、国際法の詭弁を開発し、私たちの祖国、そして彼らの祖国、この美しい国・日本を貶め続けている。この人たちの〝反日執念〟こそが、私たちの敵だ。彼らがこの間、いかにひどいウソをつき続けてきたかを、事実に基づききちんと国際社会に訴える、それをすれば、絶対に私たちは勝てる。なぜなら、彼らはウソつきだからである。」(同著220頁)
結局は,長くなってしまいました(笑)。
いつも感謝しているのですが,うちのカミさんは一年中季節を問わず,平日は午前5時50分ころにきちんと毎朝起床して家族の朝ごはんを作ってくれます。ありがたいことです。そして午前6時30分ころには家族そろって朝ごはんをいただくのです。
でも,昨日の朝はとても珍しいことが起こりました。カミさんがいつもより1時間ほど朝寝坊をしてしまったのです。娘のあかねちゃんがカミさんを起こす声で,私もようやく目が覚めました。それで私もようやく目を覚ましたということは,よくよく考えてみますと,毎朝私が目を覚ますのは,カミさんが味噌汁の具をまな板の上で包丁で切る「トン,トン,トン・・・」という音や,食器を扱う音を聞いてです。
そういえば,古い昔,私が子どもの頃も,母がいつも白い割烹着を着て台所でさせる「トン,トン,トン・・・」という包丁の音を聞いて目覚めていたのを覚えております。そして,家族が全員揃って朝ごはんをいただくのです。昭和の風景ですねえ。本当にいいですね。「朝茶はその日の難逃れ」なんて言って食後にみんなお茶を飲んだりね・・・。昔から,朝茶を飲むとその日の災難から逃れられるとか,何かよいことがあるとかといった言い伝えのようなもので,とにかく母からは「お茶はちゃんと飲みなさい。」と言われておりました。こういった伝統は,私が一人前に所帯をもって以降もずっと続いております。
誰も朝ごはんを作らないとか,家族がバラバラでそれぞれ好きな時に食事をするとか,そんなもの家庭ではありません。「トン,トン,トン・・・」とかが「昭和の風景」なんて言いましたが,平成の世でも,それ以降も,ずっと続いて欲しいと思っております。押しつけがましいと言われるかも知れませんが,娘のあかねちゃんもきっとこの良き伝統を守り続けてくれるものと思っております(笑)。
さて,話は変わりますが,先日行われた大学入試のセンター試験の英語のリスニングの中で,極めて妙な問題が出題されたそうですね。パスタの「ミートソースの作り方」についての英文が読まれる中で,何と,「キムチベースを入れるとおいしい」という文章が入れられていたそうです。「ハァ?」何で「キムチ」なの?一体全体誰がそんな問題作ったんでしょう。韓流ドラマやK-POPのごり押しと同じような匂いや底意を感じてしまうのは,穿ちすぎでしょうか。そもそも「センター試験の点数が悪かったらどうしよう。」と不安げで緊張している受験生にとって,突如として聞かされた「キムチ」という単語を英語で認識できるかどうかは疑問ですし,難なく聞き取れる(リスニングできる)ほど英語として一般的でしょうか。それにパスタのミートソースにキムチベースを加えるなんて「想定外」なんじゃないでしょうか(爆笑)。だれが作ったんだ,そんな問題っ!
試験後,これを実際に試した猛者がいたそうです(笑)。要するに,キムチベースをミートソースに加えてパスタの麺の上に乗せて食べたそうな。その人がツィッターで告白したところによると,「まずいどころではありませんでした」,「一口でギブアップするレベルのまずさです」だって(爆笑)。当たり前じゃないでしょうか。ほんの少しの想像力さえあれば予測できそうなものです(笑)。
昨日,20日の日曜日は二十四節気の「大寒」でした。「大寒」というのは一年で一番寒い日ということのようですが,私はその前日,気が置けない間柄の人たちとゴルフを楽しみました。このラウンドでは,数日前に我が家の財務大臣であるカミさんの了承を得て新規に購入したクラブセット(ドライバーを含む)を使用しました。ただ,いきなりの新品クラブ使用では心もとないので,実は仕事を少し早く切り上げて,前夜(金曜日の晩),寒風の中打ちっ放しの練習場に行きました。
購入したばかりの全てのクラブを練習場で試してみましたが,まずまずの当たりで好印象をもちましたし,「うん,これならいけるぞ!」と翌日のラウンドには少しばかり自信をもって臨むことができました。ただし,隣の打席(すぐ後ろの打席)の中年男性の顔が中国共産党の習近平にあまりにもソックリなので,不吉だなとは思いましたが・・・(笑)。
さてその翌日の土曜日はいよいよ本番です。緊張のスタートホールでのドライバーショットです。・・・・・う,うまくいきました。まずまずです。このラウンド全体ではパッティングがよくありませんでしたが,バンカーショットも上手く脱出できましたし,グリーン周りのアプローチもまずまず。特に感心したのは,サンドウェッジ(SW)がすごく打ちやすく,安心感があるということです。
このような訳で,このラウンドでは久しぶりにスコアが少し回復したのでありました。今までは悪すぎたせいもありますが,まずは一安心です。そもそも10年ぶりに今回クラブセットを新調しようと思ったのは,ゴルフ仲間からの「道具も大事だよ。」という一言でした。他の人からも常々そのように言われていたこともあり,今回重い腰を上げたのです。やはり,道具も重要だなと痛感しました。ただ,本当ならば,あと2,3打はスコアがよかったはずだと悔やまれることがあります。それは,いつもゴルフをご一緒させていただく愉快な同伴者(60歳代後半の男性で,七福神の布袋様にすごく似ている人)の面白い「ギャグ」にやられてしまったからです(笑)。笑い上戸の私は,2,3回,自分のショットの直前にその「ギャグ」を思い出してしまい,手元が狂ってしまったのです。その人が悪いのではありません,思い出し笑いをしてしまう自分が悪いのです。
その昔,山本リンダさんという歌手がおりました。「ウララー ウララー ウラウラでー」という歌(狙いうち)で有名ですが,私なんかはその当時まだ高校に入ったばかりで,「す,すごい元気な人だな,ボクも見習わないといけないなー」などと思いながらテレビ画面の前で圧倒されておりました。
ゴルフで一緒に回ったその布袋様のような同伴者は,いつもすごいドライバーショットをするのに,あるホールでは明らかに力(りき)んでしまい,「ポコッ」という音をたててチョロをしてしまったのです。その直後のその人は,ギャグのつもりか「山本リきンダ」と言ったのです(爆笑)。
も,もうダメです。笑い上戸の私としては・・・。思い出し笑いするなと私に命じる方がおかしい(笑)。その後私は,凝りもせず2,3回にわたり,ショットの直前にその「ギャグ」を思い出し,手元が狂ってしまったのです。
道具のおかげか,スコアが少し回復したのはよいのですが,その思い出し笑いさえなければ,本当ならばあと2,3打はスコアがよかったはずです(笑)。
東京電力福島第一原子力発電所の現況については,原子炉と原子炉格納容器は現在も淡水が注入されていて,温度も圧力も良好,また,使用済み燃料プールも循環冷却が運転中でその温度も良好です。今でこそ,本当に今でこそ,原子炉等そのものは落ち着いておりますが,津浪直後に電源喪失という恐るべき事態が生じ,未曾有の原発事故が発生しようとする危機的な状況が実際にあった訳です。そのような極限状態で,吉田昌郎元所長以下,「決死隊」が事実上結成され,東電社員,自衛隊員,消防隊員,協力会社社員らが必死に奮闘努力した事実が忘れ去られようとしています。
「死の淵を見た男-吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日」(門田隆将著,PHP)というノンフィクション物には感動しました。3,4回は嗚咽するように泣けてくる箇所がありました。
「もう駄目かと何度も思いました。私たちの置かれた状況は、飛行機のコックピットで、計器もすべて見えなくなり、油圧も何もかも失った中で機体を着陸させようとしているようなものでした。現場で命を賭けて頑張った部下たちに、ただ頭が下がります。」(吉田昌郎元所長の発言)
また,この本の「まえがき」には,「全電源喪失、注水不能、放射線量増加、そして水素爆発・・・あの時、刻々と伝えられた情報は、あまりに絶望的なものだった。冷却機能を失い、原子炉がまさに暴れ狂おうとする中、これに対処するために多くの人間が現場に踏みとどまった。そこには、消防ポンプによる水の注入をおこない、そして、放射能汚染された原子炉建屋に何度も突入し、〝手動〟で弁を開けようとした人たちがいた。・・・・・本書は、吉田昌郎という男のもと、最後まであきらめることなく、使命感と郷土愛に貫かれて壮絶な闘いを展開した人たちの物語である。」という著者の言葉が記されているように,この本は正にそういった状況を克明に記したノンフィクションなのです。よい本でした。感動しました。
彼らはまさに「死の淵」に立たされていた訳ですが,その使命感や郷土愛の強さ,勇敢さは,そこに「武士」の姿を見るようです。
また,吉田昌郎元所長の当時のクラスメートの証言では,吉田元所長はその高校時代から「般若心経」を諳んじていて,その頃から宗教的な面に強い関心があり,素養があったということです。あのような極限状況にあってもへこたれず,沈着冷静に,時には熱くなりながら指揮を完遂できたということは,そのあたりにも背景があったのでしょうね。
この本の著者は夥しい数の関係者からの取材を行い,「生の証言」に基づいて著作しております。だからノンフィクションなのです。私も以前は,純文学や小説もよく読んではおりましたが,最近では史実や取材に基づくノンフィクションの方を好む傾向にあります。その方が感動が得られるのです。
ただ先日,ゴルフでご一緒させていただいた私より年上と思われるご婦人が,クラブハウスでの昼食の際に,「藤沢周平が亡くなったときは本当に泣いた。」と仰っていたのを思い出しました。確かに歴史物の小説もたまには読みたくなりますね。特に,藤沢周平や山本周五郎のそれは,「日本人」を感じさせる何かがありますからね。
中国が,無法にも大切な我が国の領海や領空を侵犯するという事態が発生していますし,中国戦や中国機が接続海域や防空識別圏に入るということが常態化しています。このことによって自衛隊は頻繁な緊急発進(スクランブル)を余儀なくされていますし,先日には中国機が米軍機を執拗に追尾するという事態も発生しています。
中国は東シナ海だけでなく,南シナ海においても近隣諸国(ベトナム,フィリピンなど)とトラブルを起こし,国際法上も全く理由のない領土,領海に関する主張をごり押ししております。南シナ海で中国の主張する領海といったら,喉ちんこのような形状であり,明らかに無理があります(笑)。
今朝の新聞報道でも,中国は宇宙空間における軍事活動の拡大を意図し,2007年と2010年の二度にわたって低軌道の気象衛星破壊実験を行い,1万個以上の宇宙ゴミを出して国際社会の批判を浴びました。
一体全体この国は,何を目指しているのでしょうか。
こんな威勢のいい話の一方で,実は国内では大小合わせて年間20万件ほどの暴動が発生しているという情報もあり,昨日の朝刊でも,春節(旧正月)を目前に控え,農民工(出稼ぎ労働者)の賃金未払いを理由に中国各地で抗議活動が頻発していると報道されていました。一部の富豪(中国共産党員を含む)以外は,決して民は幸せではないのです。セーフティーネットらしきものもありません。
また中国の大気汚染はもはや殺人的で,北京の大気1立方メートル中に「PM2.5」という微粒子の含まれる値が900マイクログラムに達し,世界保健機関(WTO)の指針値の36倍になっているという新聞報道がありました。「PM2.5」というのは,人の髪の毛の直径の約40分の1で,肺の奥,さらには血管の中にまで入り込んでぜんそく,気管支炎,肺がんや心臓疾患を発生・悪化させ,死亡リスクを高めると言われています。北京大学の2012年の研究では,北京,上海,広州,西安でこの「PM2.5」を原因として年間8000人が死亡しているとされ,世界銀行などの2007年の研究では,「PM10」を中心とする大気汚染により年間35万人ないし40万人が死亡していると推計されています。
中国国家海洋局が先日発表した資料によると,海に流入する全国の37本の河川のうち,29本は身体に直接接してはいけない河川とされ,この29本のうち18本の河川は農業灌漑に使用できなくなっているとのことです。中国の河川や近海の汚染はすごいことになっています。
中国では,BBCやNHKなどのニュース番組で,共産党や政府にとって不都合な情報が流れると,突如として画面が真っ暗になるそうです(爆笑)。また,「南方周末」の社説書き換え事件なども氷山の一角です。ネットでも特定のキーワードでは検索できなくなっており,政府批判の記事は検閲によってあっという間に削除されてしまいます。表現の自由を徹底的に押さえつけなくては政府や共産党がもたない状況になっているのでしょう。
張り子の虎というのは,虎の形をした首の動く張り子のおもちゃのことをいいますが,これが転じて,虚勢を張る人,見かけ倒しの人のことも意味します。中国は,張り子の虎なのだと思っております。
芥川龍之介が俳人井上井月を高く評価していたことはあまり知られていないかもしれません。それもそのはず,俳人井上井月という存在自体がそれほど知られてはいませんからね。このブログには井月はたびたび登場するのですが,本日も私が敬愛する俳人井上井月の話です。
最近ですが,「井月句集」(復本一郎編,岩波文庫)という本が出ました。大変素晴らしい本だと思います。井月の句が全部で1297句紹介され,春の部,夏の部,秋の部,冬の部,新年の部に分かれております。それに,井月本人が書いた「俳諧雅俗伝」という俳論文,井月といえば彼を世に紹介した下島勲さんによる略伝や評伝,編者による解説などが満載されております。
この「井月句集」という本の表紙カバーには「・・・所謂『月並俳句』の時代とされる俳諧の沈滞期にあって,ひとり芭蕉の道を歩いた越格孤高の俳人である。・・」との記載があります。「越格(おっかく)孤高」とはどういう意味なのでしょうか。孤高という言葉の意味はよいとして,「越格(おっかく)」とはどういう意味なのか・・・。辞書で調べてもあまりよく分かりませんが,「越格」という言葉の使われ方を見ていると,要するに,抜群,群を抜いて優れているという意味だと思われます。本当にそのとおり。乞食になることを「菰を被る(こもをかぶる)」といい,俳人井上井月は全国を漂泊し,最後の伊那谷でも乞食同然の生活をしておりましたが,井月は単なる菰被りではなく,とてつもなく高い教養と深い知識を備えた人です。古今和歌集,平家物語,松尾芭蕉の作品などの我が国の古典,三国志演義や漢詩など中国の古典に精通していなければとてもあのような素晴らしい句作はなし得なかったでしょう。
大正10年には下島勲が編者となった「井月の句集」が発刊されております。その句集には芥川龍之介が跋文を書いているのですが,その一部を以下に引用してみましょう(「井月句集」334頁,復本一郎編,岩波文庫)。芥川が井月をいかに高く評価していたかが分かるでしょう。
「このせち辛い近世にも、かう云ふ人物があつたと云ふ事は、我々下根の凡夫の心を勇猛ならしむる力がある。編者は井月の句と共に、井月を伝して謬らなかつた。私が最後に感謝したいのは、この一事に存するのである。」
名古屋グランパスは今年度もストイコビッチ監督が続投するということです(苦笑)。はっきり申し上げて,やはりあまり期待はできません。もう5年間も監督の座にあるのに,未だにチームというものが作れていないような気がします。良い意味,積極的な意味で,「ああ,これがグランパスのサッカーだな。」とファンを喜ばせるようなスタイル,戦術などが確立されないまま推移してきたのです。
私は1993年のJリーグ発足当初からの名古屋グランパスのファンなのですが,今のグランパスは本当に弱い。勝つ予感があまりしないサッカーです。たまに点が入ったとしても,ラッキーだったというようなものに過ぎません。それに,何よりも失点が多すぎます。昨年度は失点が47もあり,得点は46ですから,得失点差は-1という体たらく。
昨シーズンの最終盤の数節のグランパスの試合は,実際にテレビ中継で見てみました。あたかも中盤というものが存在しないかのようでした。中盤は相手チームにほとんど支配され,セカンドボールもほとんど相手選手に拾われ,グランパスの選手はプレスを掛けようともしません。ジリジリと最終ラインも下がっていきます。まるで「勝ちたくない」かのような試合ぶりなのです。
監督というものは,敗戦から学習し,修正・改善し,チーム戦術を確立し,戦術の共通理解を選手間に浸透させ,ファンをしてこれがこのチームの戦い方なのだと納得させるような仕事をしなければなりません。申し訳ないのだけれど,ストイコビッチの長期政権には反対です。イングランドプレミアリーグのアレックス・ファーガソン監督(マンチェスターユナイテッド)は26年間,またアーセン・ベンゲル監督(アーセナル)は16年間,ずっと同じチームを指揮しておりますが,彼らは何よりも監督の仕事をしているからです。
あと,かなり気になったのは,私は名古屋グランパスの選手層はJリーグ屈指だと思っていたのですが,昨シーズン最終盤の数試合の内容を見るにつけ,本当にそうなのかと疑い始めました。玉田,金崎,永井,小川,藤本,ダニルソン,闘莉王・・・などなど,やはり名の通った選手は確かにいますが,実際にはあたかも「勝ちたくない」ような試合ぶりなのです。やる気をなくしているのでしょうか・・・。監督にあまり期待できないのであれば,選手同士で改善策を話し合って少しでも修正していく努力も必要でしょう。
昔,アーセン・ベンゲル監督が名古屋グランパスの指揮をとっていた頃,最初のうちはあまりうまくいきませんでしたが,監督と選手が話し合いながら修正・改善し,その後は見事でスペクタクルなサッカーを展開しました。私も何度も瑞穂陸上競技場に足を運びました。最初の頃にあまりうまくいかなかったのは,ベンゲル監督は最終ラインを相当前に押し上げてコンパクトにし,早いパス回しで速攻するというサッカーを目指していたのですが,最終ライン(ディフェンスライン)をかなり前に押し上げ,コンパクトにすると,よく最終ラインの裏をつかれて失点するシーンがあったのです。そこで,元ブラジル代表でもあったトーレスという賢いディフェンダーの選手が監督に進言し,最終ラインを前に押し上げるのならば,ロングパスやスルーパスを好きに出させないように中盤で相手選手に厳しいチェック(プレスをかけること)をすることを条件(前提)とし,さらに綿密なライン調整をしてオフサイドトラップをかけていくことなどでチームが統一されたのです。あとは選手としてのストイコビッチ,そして巧みなサイドチェンジを得意とするデュリックス,ボランチの浅野,望月,そしてウィンガーの平野らの大活躍となり,スペクタクルなサッカーが展開されたのです。
スペクタクルというのは,壮大な,見せ場のあるという意味です。何とか今年は名古屋グランパスのスペクタクルなサッカーが見たいのですが・・・。
正月早々ですから,私だって本当はこんなことを言いたくはないのですが,どうしても怒りが収まらないのですよ。それは反日左翼の新聞社どもに対する怒りです!
いま,「怒り」という言葉を口にしましたが,やはりどちらかというと,「哀れさ」という言葉の方が近いかもしれません。これらの新聞社の記者や編集委員などが反日左翼的な独りよがりの記事をエキセントリックなタッチで描いているのを見ると,「哀れさ」すら感じてしまうのです。よく,新聞は社会の木鐸と表現されることがあります。「社会の木鐸」というのは,社会の人々をめざめさせ,教え導く人という意味です。反日左翼の新聞社は既に地に落ちておりますし,とても社会の木鐸と呼べるような代物ではありません。
私が大いに期待している第二次安倍内閣は平成24年12月26日に発足しました。ところがその翌日付けの東京新聞・中日新聞には,「安倍内閣 名付けるなら・・・」という見出しで記事化し,反日左翼で無責任な「識者」と称する連中を使って,発足したばかりの第二次安倍内閣に対し,口を極めて罵っております。
「まぐれ敗者復活内閣」「期待度ゼロ内閣」・・・松本哉(脱原発デモ主催)
「逆戻り内閣」・・・金子勝(慶應義塾大学教授)
「ネトウヨ内閣」・・・北原みのり(エッセイスト)
「国防軍オタク内閣」・・・宮崎学(作家)
「極右はしゃぎすぎ内閣」・・・森田実(政治評論家)
「学力低下内閣」・・・国分功一郎(高崎経済大学准教授)
などなどです。
発足したばかりの新政権を貶めることに血道を上げております。
アカヒ,いや朝日新聞も本当に酷い。これも新内閣が発足した翌日である12月27日付けの朝刊の「ふたたび安倍政権」というタイトルの記事には,明らかに安倍晋三首相の滑舌を揶揄した内容が含まれており,私は唖然としました。「日本を、取り戻す。」というのは,先の総選挙中の自由民主党のキャッチフレーズでしたが,小林よしのりという漫画家に漫画を書かせ,安倍晋三首相のセリフとして「とりもろしゅ!」と記載されているのです。しかも,松村邦洋というものまねタレントを登場させ,安倍首相はものまねしやすいと発言させております。これらは明らかに,安倍首相の滑舌を揶揄したものでしょう。もうこういった新聞どもは既に地に落ちております。やはり発足したばかりの新政権を貶めることに血道を上げているのです。
考えてみれば,こういった反日左翼新聞社の社是,主張,論調,思想は,たいていは国家,国民の利益に反するものが多いのですから,裏を返せば,こういった新聞社が目の敵にする存在ほど(例えば第二次安倍内閣),国家,国民の利益に合致するということでしょうね(笑)。安倍晋三総裁の脱デフレ経済発言と方針発表に市場は見事に反応し,超円高は解消されつつありますし,何より株価が上昇しております。本年度補正予算の閣議決定も間近で,来年度予算も脱デフレ経済の安倍色の強いものになるでしょう。麻生財務相は早々にミャンマーを訪れ,安倍首相も2月頃の訪米を模索しており,それまで死滅状態にあった外交も復活しております。先ごろ亡くなった政治評論家の三宅久之氏は,生前,もう安倍さんしかいないという熱意と信念をもって,安倍首相を励ましておられたようですが,安倍首相は先日,プライベートで三宅さんの墓参りをされたとのことです。こういったところにもお人柄が出ているようです。
1月7日は昭和天皇崩御の日です。私は昭和天皇が終戦の翌年にお作りになった歌,御製が大好きです。本当に佳い歌をお作りになったとしみじみ思います。
「降り積もる 深雪(みゆき)に耐えて 色変えぬ 松ぞ雄々しき 人もかくあれ」
皆様,新年明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
正月ボケに加え,なかなか直らない寝ぐせ(髪の毛)のままで,このブログをアップしております(笑)。今年の仕事始めは1月4日からの会社と1月7日からの会社の二派に分かれるようですが,道行く人の数を見ておりますと,なかなか拮抗しているようですね。当事務所は本日が仕事始めです。
私達家族は,今年の初日の出は京都で体験しました。大晦日と元日の2日間を京都御所近くのホテルで宿泊し,京都での年末年始を堪能したのです。
大晦日にカミさんと娘のあかねちゃんと私の3人で新幹線に乗り,正午近くに京都駅に到着しました。ホテルのチェックインにはまだ早かったので,ホテルで荷物だけ預かってもらって身軽になってからは,京都御所の蛤御門を見た後,早速あかねちゃんのたっての希望で祇園にある「壱銭洋食」へ直行(笑)。京都へ行くといつもこうなのです。かなり混み合ってはおりましたが,私は2枚,カミさんは1枚半,あかねちゃんは2枚半を平らげました(笑)。いつもこうなのです(爆笑)。
それからは当然のように八坂神社へ行きました。大晦日の「おけら参り」の準備ができており,多くの屋台や露店も出ておりました。まだ午後2時ころだというのに,この段階で多くの人出があり,八坂神社から知恩院へ向かいました。私達は,大晦日の「おけら参り」や知恩院での除夜の鐘にはかなりの人出があって混み合うことは分かっておりましたから,ホテルでゆっくりし,本番には出向かず雰囲気だけ昼間に味わっておこうと思ったのです。知恩院の立派な梵鐘も拝見いたしました。
大晦日の夜は,私はホテルで読書,カミさんたちは「紅白歌合戦」を見て過ごし,眠りについたのです。
この京都での二泊三日はお天気が良く,立派な初日の出も見ることができました。元日の朝はホテルの吹き抜けになっているホール内で振る舞い酒があったのですが,そこに登場した「ミス着物京都」の美しかったこと。和服の素晴らしさと日本女性の奥ゆかしさを改めて感じました。
さてさて,元日はまずは北野天満宮に行きました。あかねちゃんは,仲良しの浪人生3人に大学合格祈願のお守りを買って行きたかったようです。ここでも多くの屋台や露店が出て,大変賑わっておりました。遣唐使の停止を建議した菅原道真は先見の明があったと言うべきですが,彼が現在生きていたとしたら,中国のあのひどいカントリーリスクを前にして,欲の皮の突っ張った企業に対して中国から徐々に撤退するようにアドバイスをするでしょうね(笑)。
その後に向かったのは龍安寺です。やはり石庭は見事でした。京都の神社仏閣の行く先々で,西洋人の多いことに気付きました。彼らの表情を見ていますと,仏像や神社仏閣の風情に神秘と魅力と美しさを感じているようで,こちらの方も気持ちが和んでしまいます。
その次に向かったのは平安神宮です。お賽銭の額はホントに大したことはありませんが,山ほどのお願い事をし,ちゃんとお参りしてきました(笑)。
元日も夜はホテルでゆっくりし,2日の朝はホテルでおせち料理を味わいました。本当に日本人に生まれてよかったなと思いながら,朝っぱらから日本酒を1合半も飲んでしまいました。2日の昼頃には京都駅から新幹線に乗り,名古屋の自宅に帰ってからは年賀状のご返事を・・・。
私達家族の年末年始はこんな感じでした。