芥川龍之介が俳人井上井月を高く評価していたことはあまり知られていないかもしれません。それもそのはず,俳人井上井月という存在自体がそれほど知られてはいませんからね。このブログには井月はたびたび登場するのですが,本日も私が敬愛する俳人井上井月の話です。
最近ですが,「井月句集」(復本一郎編,岩波文庫)という本が出ました。大変素晴らしい本だと思います。井月の句が全部で1297句紹介され,春の部,夏の部,秋の部,冬の部,新年の部に分かれております。それに,井月本人が書いた「俳諧雅俗伝」という俳論文,井月といえば彼を世に紹介した下島勲さんによる略伝や評伝,編者による解説などが満載されております。
この「井月句集」という本の表紙カバーには「・・・所謂『月並俳句』の時代とされる俳諧の沈滞期にあって,ひとり芭蕉の道を歩いた越格孤高の俳人である。・・」との記載があります。「越格(おっかく)孤高」とはどういう意味なのでしょうか。孤高という言葉の意味はよいとして,「越格(おっかく)」とはどういう意味なのか・・・。辞書で調べてもあまりよく分かりませんが,「越格」という言葉の使われ方を見ていると,要するに,抜群,群を抜いて優れているという意味だと思われます。本当にそのとおり。乞食になることを「菰を被る(こもをかぶる)」といい,俳人井上井月は全国を漂泊し,最後の伊那谷でも乞食同然の生活をしておりましたが,井月は単なる菰被りではなく,とてつもなく高い教養と深い知識を備えた人です。古今和歌集,平家物語,松尾芭蕉の作品などの我が国の古典,三国志演義や漢詩など中国の古典に精通していなければとてもあのような素晴らしい句作はなし得なかったでしょう。
大正10年には下島勲が編者となった「井月の句集」が発刊されております。その句集には芥川龍之介が跋文を書いているのですが,その一部を以下に引用してみましょう(「井月句集」334頁,復本一郎編,岩波文庫)。芥川が井月をいかに高く評価していたかが分かるでしょう。
「このせち辛い近世にも、かう云ふ人物があつたと云ふ事は、我々下根の凡夫の心を勇猛ならしむる力がある。編者は井月の句と共に、井月を伝して謬らなかつた。私が最後に感謝したいのは、この一事に存するのである。」