「ケインズかハイエクか-資本主義を動かした世紀の対決」(ニコラウス・ワプショット著,久保恵美子訳,新潮社)という本は,なかなか読み応えがありました。二十世紀を代表する,そしてある意味では経済学の二代潮流を形成したジョン・メイナード・ケインズとフリードリッヒ・フォン・ハイエクの息詰まる論争と,世界の動きを鳥瞰したような本でした。経済学のこともほとんど分からない私ですが,読み物としては本当に面白かったです。
ケインズとハイエクとの論争の勝敗は,同著より次に引用するような記述から,判定は難しいし,できないし,すべきでもないのでしょうか。
「フリードマンのとった立場からは、ケインズ対ハイエクの戦いでどちらが勝ったのかを判定する、最善の方法についてのヒントが読み取れる。経済学においては、フリードマンはケインズの立場に近く、ケインズの経済学をたびたび称賛していた。とくにそれが顕著だったのがケインズの『貨幣改革論』についてである。ハイエクは『ミルトンのマネタリズムとケインズ主義のほうが、私の思想とこのいずれかの思想よりも共通点が多い』と認めていた。しかし、政治に関しては、フリードマンはハイエクのほうに近かった。ケインズは国家の介入を市民の生活を改善するのに適した手段だと考えた。フリードマンは、国家が経済に介入するたびに、富を創出する自由市場の力が妨げられるというハイエクの考え方に同意した。・・・」
ハイエクの思想は,「小さな政府」が好ましく,国家が本来自由であるべき経済市場に介入することには謙抑的であるべきで,自由競争を推進していく考えであり,いわゆる新自由主義の流れにつながります。小泉改革は「小さな政府」,構造改革,規制緩和,自由競争,自己責任,「官から民へ」,グローバル資本主義が標榜され,この流れにそって会社法の改正も行われ,M&A,株式分割が頻繁に行われ,堀江貴文氏や村上ファンドが脚光を浴びました。しかし,これが行き過ぎて格差が相当に拡大し,不正規雇用の増大,ますますデフレギャップが拡大してしまったという要因にもなりました。ですから,私自身は「新自由主義」,自由競争至上主義,過度の規制緩和,グローバル資本主義には否定的です。
第一次世界大戦後のヴェルサイユ体制において,戦勝国が敗戦国ドイツに途方もない賠償金支払いを課したことについて,ケインズは「平和の経済的帰結」という本で統制不能に陥ったインフレの危険性と再度の世界大戦勃発の危険性を示唆しましたが,卓見でした。マクロ経済学の創始者らしく,物事を大局的に見ることができるのでしょう。巨人であることは間違いありません。アベノミクスは3本の矢から成っておりますが,第一の矢である「大胆な金融政策」と第二の矢である「機動的な財政政策」は,まちがいなくケインズ主義の流れでしょう。大いに期待しております。政府の借金は看過できないまでの水準に達していますが,税収を増やすためには何としても名目GDPを増やす,つまり経済成長をしなければならないでしょう。10数年続いたデフレをこのまま漫然と続けていたら,やはりダメなのです。現政権と第二次安倍内閣は,ようやくこのことを肝に銘じ,実行に移しているのだと思います。