さあ,いよいよ参議院議員選挙ですね。いわゆる「ねじれ」状態を完全に解消して,ちゃんとした政権運営を可能とし,この愛すべき日本をまともで普通の国にして欲しいと念願しております。
それにしてもその参院選の前哨戦とも位置づけられた東京都議会議員選挙では,何と,何と・・・共産党が17議席も獲得し,15議席にまで打ちのめされた民主党を上回って第3党に躍進しました。ビックリすると同時に,違和感を覚えました。いくら民主党や維新,生活などの政党がダメでも,よりによって共産党とはね。この政党はその名のとおり,未だに共産主義というものを目指しているのでしょうか。
今朝の産経新聞でも,「憲法9条」をめぐる金曜討論の場に,共産党副委員長の小池晃という人が,首をかしげてしまうような論を確信的に主張していました。正に平和ボケで脳内がお花畑のような主張でした(笑)。これは共産党の小池氏の実際の発言ですが,次のようなものです。
「自衛隊は9条2項に明白に違反する戦力,つまり軍隊そのものだ。私たちは対米従属の根源である日米安保条約を廃棄するとともに,自衛隊については,当面軍縮の措置をとり,国民の合意で9条を完全実施する,すなわち自衛隊の解消を目指すことを党綱領にうたっている。アジアの政治・軍事情勢が変わっていくことと『自衛隊をなくして大丈夫』という国民の合意が得られることが前提となる。」
この記事を読んだとき,幸いご飯を食べてはおりませんでしたが(私はそんな不作法はいたしません!),正に噴飯ものの主張です。最後の「前提」とされた部分はいつごろ,どのようにして達成されるのでしょうか(爆笑)。できもしないことを党綱領に挙げている政党なんて・・・。
しかもこの共産党の小池という人は,国の自衛権は認めつつも,常備軍は必要ないと述べております。インタビュアーから「常備軍によらない自衛権とはどういうことか,イメージしにくいが」と誠にもっともなツッコミを入れられても,訳の分からないことを言って煙に巻いております(笑)。軍というのは,装備や人材だけでなく,「練度」というものが最重要なのではないでしょうか。それを常備軍は必要ないなんて。お説のとおり日米安保条約を廃棄したとして,しかも常備軍も存在しない状況下で,有事の際には一体全体どうしようと言うのでしょうか(爆笑)。ひょっとして日本を滅ぼそうとしているのでしょうか。そうだとすると,まだコミンテルンは厳然と存在していたのです(笑)。この人は,「前文を含め現行憲法の完全実施を目指す」と言っていますが,中国や北朝鮮の横暴を前に,未来永劫にわたって「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」いて良いのですかね。
誰だって戦争などしたくないし,全力で戦争を回避すべきことはいうまでもありません。しかし,この共産党の小池という人は,平和=「戦争のない状態」と短絡的に結びつけているのでしょう。でも,例えば,中国が日本固有の領土である島嶼部を徐々に徐々に侵略していっても,平和(=「戦争のない状態」)を追求するあまり,取り戻せない状態にずっと甘んじるのでしょうか。領土を奪われ,人権を蹂躙されても,「戦争のない状態」=平和だから良いのでしょうか。平和は勿論重要だけれども,そういう「平和」でよいのかと言いたい訳です。もう少し目指すべき平和の中身を考察すべきでしょう。平和というものは勝ち取るものだと思いますよ。
それに共産党は民主党などと並んで,夫婦別姓制度やジェンダーフリー,「子供は社会が育てる」などといったスローガンが好きです。あたかも家族の解体を目指しているようです。レーニンはロシア国民に共産主義を浸透させようとしたものの,最後まで障碍になったのが家族という最小単位勢力でした。そして,このレーニンの妻であるアントン・セミョーノヴィチ・マカレンコという教育者は,家族を解体することによって共産主義革命は成功すると主張してもいました。共産主義を標榜していた毛沢東が強引に推し進めた人民公社や「共同食堂」も家族解体を目指したものでした。共産党さん,家族解体はやめてね。
みなさん,この愛すべき日本国のわずか3代前の首相は誰だったか覚えていますか?・・・そうです,そうなんです,鳩山由紀夫という人でしたね。この人がまたまた懲りもせず売国的発言を繰り返しております。この人は6月25日に放送された香港のフェニックステレビのインタビューで,沖縄県の尖閣諸島について,「中国から見れば(日本が)盗んだと思われても仕方がない」とか,「カイロ宣言の中に尖閣が入るという解釈は、中国から見れば当然成り立つ話だ」などとほざいたといいます。
尖閣諸島が国際法上まぎれもなく日本の領土であることは言うまでもありません。その根拠については,例えば「外務省 尖閣」とキーワードを入れて外務省のホームページを検索すれば,理論武装ができます。それに中国共産党が戦後も尖閣が日本の領土であることを認めていたことを裏付ける文献等も存在します。要するに中国は,この尖閣諸島周辺に大規模な油田が存在するということが判明してから突如としてその領有権を主張しだしたのであり,例えば国際司法裁判所で雌雄を決することになったら自分に勝ち目はないことを自覚しています。それでも資源と軍事的な海洋戦略のために,強引に「核心的利益」などと言って尖閣を盗りに来ているのです。カイロ宣言なんか国際法上条約でも何でもありません。
さてさて,それにしても鳩山由紀夫です。この人は「日本列島は日本人だけのものではない。」と真顔で言いましたし,そしてこのたびの売国的発言です。菅官房長官も「発言を聞いて絶句した。開いた口が塞がらない。」などとコメントしています。この鳩山由紀夫という人は,実は正真正銘の馬鹿なのではないでしょうか。こんな人物が日本国の首相だったというのですからね。私も衆愚の一人であることは勿論ですが,つくづく衆愚政治というものの恐ろしさを感じます。一時期このブログでは「つける薬がない」シリーズが流行りました(笑)。結構評判だったのですよ(笑)。この「つける薬がない」シリーズでは,この鳩山由紀夫という人が主人公になることが多かったのです。このシリーズを書いていた頃は私も奥ゆかしかったのでしょうね。さすがに端的に「馬鹿」とは表現しませんでした。「つける薬がない」という日本語は,正確には「馬鹿につける薬がない」というものですが,この頃は婉曲表現にとどめておったのでございますよ(爆笑)。
馬鹿という言葉の話になりましたが,今朝の読売新聞のコラム「編集手帳」には,元外務大臣,元東京市長の後藤新平の名言のことが書いてありました。面白かった。この後藤新平という偉人の業績は誠に素晴らしく,あの児玉源太郎大将が台湾総督になった際に民政局長(後に民政長官)にこの人を抜擢したことからもわかるように,その行政手腕,人間力,先見性は折り紙付きでしょう。後藤新平には,自分が腹が立って仕方ないような時にとなえる呪文があった。彼が内務官僚時代の部下であった永田秀次郎に「(その呪文を)教えてやろう」と言った。永田の耳もとに口を寄せ,あたかも極秘事項を明かすように声を低めて「(無性に腹が立ったら)相手に聞こえないように、馬鹿(ばか)、馬鹿、馬鹿と三度言うのだよ。」と教えた・・・。
私にも時にはこの後藤新平の呪文が必要になる場面に遭遇することもあるでしょうが,あの鳩山由紀夫に対しては,聞こえてもいいと思っております(笑)。
週明け早々の月曜日から「対位法」の話なんか聞きたくもないですよね。そりゃそうだと思います。でも「対位法」の話をします(笑)。
本当に買って良かったなと心から思える本というものには,なかなか巡り会えるものではありませんが,久しぶりにそういう本に出会いました。とても嬉しいし,これからも何度も何度も読み返すと思います。「ライプツィヒへの旅-バッハ=フーガの探究」(ミッシェル・モラール著,余田安広訳,春秋社)という本です。
この本は,バッハの「平均律クラヴィア曲集」を題材に,対位法の精華であるバッハのフーガについて,その構成の精緻さと巧みさを非常に分析的に記述しています。架空の登場人物(一部実在の人物も含まれています)に物語風に語らせ,対位法とは何か,バッハのフーガの素晴らしさについて説得的に,しかも分かりやすく表現しております。やはりバッハはとてつもない巨人です。
前にもこのブログで書いたことがありますが,私は対位法というものにコンプレックスを感じながらもとても憧れてきました。小学生の時にピアノを習ったのはいいのですが,バイエルやブルグミュラーなどは順調にこなしたのに,バッハのインヴェンション(2声)とシンフォニア(3声)になると途端に牛歩になってしまったのです(笑)。でもこのポリフォニー(複音楽)には魅力を感じてしまう。・・・でも技術の方は言う事を聞かない(笑)。ましてや平均律クラヴィア曲集(第1巻,第2巻)はどれも全く素晴らしい曲群なのに,プレリュードはもちろん,フーガには手も足も出ません。それでも憧れる。何とか弾いてみたいという衝動に駆られるのです。
対位法は旋律線とそれらの積み重ねの技法であり,各声部を構成する旋律線がそれぞれ独自性を失わず,それでいて他の声部との見事な調和が維持され,タペストリーのように展開していきます。この複音楽を理解するには,各声部の旋律線をちゃんと聴き分けられるか,弾き分けられるかにかかっております。そのためには特に難解なフーガの曲の構成をある程度分析できなくてはなりません。
そこでこの本です。素晴らしい・・・。主唱,そしてその主唱の2回目の入りの部分からこれに寄り添うように展開する対唱,主唱と対唱が複数になる場合,そして直行,反転,拡大形,縮小形など,さらには二重対位法,三重対位法・・・。分かりやすく私たちに説明してくれます。それにしてもバッハという人は,9歳と10歳の時に相次いで両親を亡くし,その後は経済的には恵まれず,ましてや英才教育を受けた訳ではないのに,このようなフーガの群を作曲する技法をどのようにして学んだのでしょうか。とても信じられません。
著者は,フランスの音楽教育,特にエクリチュール(和声学,対位法・フーガ)教育の第一人者であるマルセル・ビッチ氏の教えを受けてこの本を著したということです。対位法の解説については曲として何を題材とするのか迷うところでしょうが,著者はバッハの「平均律クラヴィア曲集」を選択し,その理由として次のように述べております。
「そんな中、音楽をより深く感じ取れるようになりたいと願う人々のために、今までになかった視点で本を書いてみようと思い立った。その題材として当然のように浮かんだのが、西洋音楽の原点のひとつ『平均律クラヴィア曲集』である。この作品をよりよく理解できる人は、音楽全般をさらによく聴き、愛するようになるはずだと確信した。この作品にはそれだけの豊かさと多様性があり、濃密さがある。」(はしがき)
雨に濡れた紫陽花は本当に美しいと思います。思わず立ち止まってしまうくらいです。それに,雨に濡れた新緑もますます目に鮮やか,正に深緑といった感じで生命力を感じます。あまり一挙に降りすぎるのも困りますが,ようやく梅雨らしくなってきました。
それにしても,コンフェデレーションズ杯における日本対イタリア戦は素晴らしかったと思います。結果的には3-4で敗北はしましたが,日本代表のパフォーマンスは称賛に値します。あの「カテナチオ」(かんぬき)と言われた固い守備を誇るイタリア代表(アッズーリ)を相当に苦しめたのですからね。シュート数もボール支配率も日本の方が上回っていました。やればできるんですね。ただ,最終的には地力と経験の差だと思いました。
試合後のイタリア代表MFのダニエレ・デ・ロッシの次のようなコメントは,相手チームに対するリスペクトがあり,少し嬉しくなりました。
「苦しかったね。キャリアで最も難しい試合の一つだった。良い結果だったととらえよう。でも、僕らはこの勝利にふさわしくなかった。・・・日本に賛辞を送ろう。彼らは素晴らしかった。僕らはそうじゃなかったけど、勝ち進むことができたね。」
話は変わりますが,第二次安倍内閣が10数年間にわたる深刻なデフレ経済から脱却しようと叡智を結集して対策しているにもかかわらず,相変わらずマスゴミ,いやマスコミは悪質な印象操作をしたり,足を引っ張ろうとしております。ほんの少しのリスペクトすらもありません。あたかもどこぞの国々の走狗となったかのように,日本を弱体化させたい(少なくとも復活させたくない)のではないかと疑ってしまいます。デフレ対策が実体経済に反映するまでには1年半とか2年くらいの時間は要するでしょう。なぜもう少し長い目で見られないのでしょうか。
マスコミは,株価が上がれば,喜ぶのは投資家だけで庶民には関係ないとか,バブルだなどと言って否定的論調を示し,株価が下がれば,やれ「バブル崩壊だ!」,「アベノミクスの破綻だ!」,国民経済は悪化するなどと言ってこれまた否定的論調を露わにします。
少しは黙ってろ!デフレ脱却にはある程度の時間を要するんだっ!
す,すみません。常日頃からのマスコミに対する不信感が高じたとはいえ,少し言葉が荒くなってしまいました(笑)。でも,あの民主党政権下における何とも言えない閉塞感を忘れてしまったのでしょうか。経済も,外交も,その他の内政面でも・・・。例えば,民主党政権下では円高が放置されまくって国内産業(特に輸出企業)は青息吐息,それに株価は8000円を行ったり来たりだったんですよ。我々国民一人一人が,静かに,着実にメディアリテラシーを研ぎ澄ましていくしかありません。
もう少し長い目で現政権を見守りましょうよ。そのうち,参議院議員選挙でも必ず勝つと思いますし(笑)。
「中国高度成長の構造分析-中国モデルの効用と限界」(何清漣著,辻康吾編訳,小島麗逸解説,勉誠出版)という本は,現在の中国社会の特徴,問題点をすごく分析的にしかも鋭利に指摘しております。この何清漣という女性評論家(アメリカ在住)には,「中国現代化の落とし穴-噴火口上の中国」(草思社)や「中国の嘘-恐るべきメディアコントロールの実態」(扶桑社)などといった力作,労作もあり,数年前にいずれも読んでみましたが,データも豊富で極めて説得力のある論証がなされております。
食品など,私は口に入るものは「チャイナフリー」を心がけています。中国産の食品は安心できないと思っているのです。この「中国高度成長の構造分析-中国モデルの効用と限界」(何清漣著,勉誠出版)という本にも記載されているように,中国人民は中国共産党政府を全く信用しておらず,政府役人自身も「裸官」という言葉どおり,国を全く信用しておらず,賄賂等の枠外収入(レントシーキング)によって蓄えた資産と家族は既に海外に移転させ,有事の際には自分自身もいつでも高飛びができるようにしており,何よりも実社会で生活している人民同士,互いに全く信用し合っておりません。職業倫理も確立されてはおりません。食品等の製造者は,たとえ人体に有害なものであっても売れればどんなものでも製造し,市場に流してしまいます。そして愕然としてしまうのは,中国の高官や役人の上層部は,そのような食品の安全管理を徹底しようとはせず,その一方で自分達が口に入れるものだけは安全なものを確保しようと姑息な措置を講じております。この本にも次のような記述がありました。
「中国の食品生産者が高利潤を追求し、農産物の生産過程において大量に化学肥料を使用し、また加工中に大量に各種の人体に有害な添加物を使用するため、早くからの『私は皆に、皆は私に害を与える』という社会的公害となっている。中国において食品加工生産チェーンでは係わった人はみな加害者であり、同時にまた被害者であるとも言える。このような全社会に係わる偽造・粗悪商品の製造行為に直面して、政府はいろいろな方法で食品の生産工程を規範化しようと考えたわけではなく、極めて無責任な手法を採用した。国家の免許検査制度を公務員の『尋租』(レントシーキング)の機会にした一方で、一方では高級公務員のためには食品特別供給基地(国務院中央国家機関食品特別供給センター)を設立し、これで以て高級官僚のための食品安全を保証し、政府の食品生産監督管理責任を完全に放棄したのである。」(66頁)
・・・・何と言いますか,とても卑怯ですね。庶民の口に入るものや海外に輸出されるものはどうでもよく,自分達の口に入るものだけは安全性の追求をしているのです(笑)。これでは社会に不信が渦巻くのも当然です。
今では「判決の感銘力」という言葉は死語になったのでしょうかね。実務家の私もあまり耳にしなくなりました。訴訟で最終的に言い渡され,宣告される判決には,主として民事事件に関するものと,刑事事件に関するものとがありますが,昔から「判決の感銘力」と言われてきたのは刑事事件に関するものでしょう。
「判決の感銘力」というのはどういう意味でしょうか。あまりうまく説明はできませんが,要するに,刑の言い渡しを受ける刑事被告人にとって,そのような判断,量刑を受けるのももっともだと納得させるような力と,今後の自分の更生のための励み,動機付けとなるような教導的な力ということではないかと思います。
今日は何でこんな話題にしたのかといいますと,先日,ある刑事弁護の事件で,担当した若い裁判官の物腰,雰囲気,口調が,この「判決の感銘力」とはほど遠いものであることに,弁護人である私も愕然としてしまったのであります。この裁判官は,おそらくではありますが,まだ若く,「マイコート」として事件を単独で処理できることになったばかりのキャリアではないかと思われますが,審理の時から私は違和感を覚えていました。
とても早口で,事務的で,へたをすると「ぞんざい」と思われかねないような口調であり,いま何を言ったのか分からない時もあるくらいでした。しかも相手(被告人ら)の目を見ることなく,机上の記録等に目を落としたまましゃべるのです。雰囲気的にも法廷がすごく「軽い」ものとなってしまっております。刑事被告人としても内心では首をかしげているのではないかと思ってしまったくらいです。判決宣告の際にもそんな態度でした。しかし,それでは被告人にとっては全く感銘力などはないでしょう。
昔,私が記憶している刑事裁判官の中には,判決宣告の際には,なぜそのような事実認定や判断になったのか,どうしてそのような量刑になったのか,そして今後は更生のためにどんなことに気をつけるべきかなどについて,割と説得的に被告人に告げ,説諭していた人も少なからずおりました。刑事訴訟規則221条には「裁判長は、判決の宣告をした後、被告人に対し、その将来について適当な訓戒をすることができる。」と規定されておりますが,それを実践したケースです。弁護人である私としても,「ああ,これなら被告人も肝に銘じるだろうな。」と思わせるような訓戒もありましたし,感極まって落涙する被告人もおりました。
失礼ながら,先日のあの裁判官の法廷では,被告人としてはあたかも自分がベルトコンベアーで刑務所に送られたかのような印象を持ってしまわないかと心配させるようなもので,被告人に与える感銘力としては全くダメでしょう。刑事事件を担当する裁判官としても,日々の事件処理で大変でしょうが,法廷でのあの訓戒の一言で実際に自分は見事に立ち直れたのだと言っている被告人の存在を信じて,「判決の感銘力」という言葉が生きていた当時のように,感銘力を与えていただきたいと思います。仮にそれが無理だとしても,少なくともそれを削いでしまうような法廷にして欲しくはありません。
我が栄光の読売巨人軍,投打がかみあう時とそうでない時の差が激しい嫌いがありますが,何とかセ・リーグ首位をキープしております(笑)。こんなこと書くと,お叱りをいただきそうですが,今シーズンは中日ファンの人に何と声を掛けて良いのか苦慮しております。放出したブランコ選手が大活躍し,私もどうしてなのかな,と思っておりました。そんなにドラゴンズでは働きにくかったのか?(笑)。
ブランコ選手の中日最後のシーズンであった去年は,年間を通して24本塁打,77打点でした。しかし,DeNAに移籍した今シーズンは,まだ6月半ばだというのに23本塁打,61打点に達しております。どうやらドラゴンズでは働きにくかったんではなく,公式ボールに原因があったようです。もちろんブランコ選手の活躍にケチをつけるつもりは毛頭ありませんが,「飛ぶボール」への変更が相当程度原因していることは明らかでしょう。何しろプロ野球全体の今シーズンのこれまでの本塁打数を昨年同期と比較してみれば歴然としております。
このたびの日本野球機構(NPB)のボール変更の隠蔽はひどいですね。それにしても,加藤良三というコミッショナーの記者会見を聞いていて,そして見ていて,怒りと軽蔑の念がわき上がってきました。彼は「(これは)不祥事だとは思っておりません。」という戯言を二度も強調して述べていました。この人間は,反発係数の基準に満たないボールを修正・変更して基準値内に収めたのだから不祥事ではないなどと強弁したいのでしょうが,全く説得力がありません。ボールを変更した事実があったにもかかわらず「変更はない」と虚偽の説明をしていたのでしょう,本人(加藤コミッショナー)は知らされていなかったというけど組織上のガバナンス欠如は明らかでしょう,ファンや選手は真実を知らされないまま観戦,プレーをしていたのでしょう,飛ぶボールか否かというのは契約(出来高制など)や作戦に重大な影響を及ぼすべき要素でしょう,現に「形だけの」謝罪を余儀なくされる事態を招来しているのでしょう・・・,正に不祥事なんじゃないでしょうか。不祥事というのは,関係者にとって不都合な事件,事柄を指しますが,正に不祥事だと思います。加藤良三という人間は,かつて外務官僚だったようですが,自分の名前(サイン)をどのボールにも明示させたり,いかにも了見の狭そうな記者対応,自己保身と卑怯さが顔全体に如実に表れております。あの記者会見は非常に見苦しかったと思います。昔の武士ならば腹を切る場面です。
孫崎亨といい,田中均といい,今マスコミに頻繁に登場する外務官僚だった人間に大した者はおりません。その売国的発言は腹に据えかねます。加藤良三という人物も,野球通なのではありましょうが,自己保身と卑怯さが感じられます。
本当になぜなのか分かりませんが,先日ふっと,平成元年に亡くなった父のことが思い出されました。それも,父がどこかから買い求めてきた額縁入りの「東照公遺訓」を壁に掛けたシーンです。思い起こせば,ちょうど父が今の私の年齢に達するかどうかといった時期でした。これを衝動買いしたのか,それとも前々から欲しかったのかは知りませんが,父なりに何か思うところがあったのでしょう。少なくとも彼は,それまでの自分の人生から得た教訓,経験から,この「東照公遺訓」に強い共感を寄せていたに違いないのです。
「人の一生は 重荷を負うて遠き道を行くが如し 急ぐべからず 不自由を常と思えば不足なし 心に望みおこらば 困窮したる時を思い出すべし 堪忍は無事長久の基 怒りは敵と思え 勝つことばかり知り 負くる事を知らざれば 害その身に至る 己を責めて人を責むるな 及ばざるは過ぎたるに勝れり」(東照公遺訓)
亡き父がこの額縁入りの「東照公遺訓」を壁に掛けた当時は,私もまだまだ若く,あまりピンとは来なかったのですが,この歳になってみて,この「東照公遺訓」に共感を寄せていた父の気持ちが今では分かるような気がしております。
私ももう歳を取りましたし,体力的にも衰えを感じており,昔のようにあまり仕事に無理が出来なくなってきました。それでも自分や家族の生活もあり,生きている以上は人間らしく,楽しく暮らしていかなければなりません。正に「人の一生は 重荷を負うて遠き道を行くが如し」です(笑)。
このように足取りは決して軽くはなく,むしろ重く,そして長い道のりあるいは傾斜のある丘を歩いているような感じの時は,バッハの「マタイ受難曲」の第52曲のアルトのアリア(この頬の涙が)と,第57曲のバスのアリア(甘い十字架)を思い出してしまいます。この2曲は正にこういった状況を表現するにピッタリの曲です。この2曲に共通する点は,「フラット圏の短調という調性の選択、付点リズムの支配、低声部の独唱、中・低音域の偏愛など」です(「マタイ受難曲」380頁,礒山雅著,東京書籍)。とりわけ,付点のリズムの支配が特徴的で,付点のリズムは長い道のりや傾斜のある丘を登って行く情景を表現するにはピッタリなのです。それにこの2曲は,マタイ受難曲の中でも特に好きな曲で,旋律も美しい。
疲れているせいか,今日はまとまりのない内容となってしまいました(笑)。もう,どうにもまとめようがありません(爆笑)。
またやらかしましたね。新聞報道によりますと,西アフリカのガーナで金を違法に採掘していたとして,中国人124人が逮捕されました。ガーナという国は金の生産量では南アフリカに次ぐアフリカ第2位で,かつては「黄金海岸」と呼ばれてもいました。私も子どもの頃はお小遣いをもらったら,すぐに近所のお菓子屋さんに走って行き,「ガーナ」というチョコレートを食べたことを覚えております(笑)。あの赤いやつ。
ガーナでは違法に金を採掘する中国人が増えており,地元当局が厳しく取り締まってきたということです。ところが,中国外交部の報道官は例によって臆面もなく「ガーナ側には逮捕された中国人への人道的対応と安全,合法な権利の保護を求める。」と強面で述べております。あのねぇ,まずは自国民が他国に迷惑を掛けてすみませんでしたと謝るのが先でしょう(笑)。犯罪者を輸出してはいけないし,何でも輸出すればよいというものでもありません。日本国内の刑務所で服役している中国人の数も相当です。正論を言うのは,まずは謝ってからでしょう。それに正論と言っても,中国共産党が「人権」と口にするとは・・・(笑)。
アフリカといえば,先の横浜で開催されたアフリカ開発会議(51か国参加)において,安倍首相はアフリカ諸国に経済援助や技術援助を約束しました。産経新聞の先日の「産経抄」というコラムでは,ODAなど日本式の援助について,相手国の底力を引き出すという伝統の支援策で応えるべきだと述べております。おっしゃるとおり!以下の記述はその「産経抄」からの引用ですが,日本式の援助の対極にあるのが中国式の「援助」だそうです。
というのも,中国のアフリカ諸国への「経済援助」は凄まじく,今アフリカで最も目に付くのが中国人の姿だということです。中国としても,援助をつぎ込むことによってアフリカ諸国を見方につけ,欧米や日本に対して優位に立とうとしているけど,アフリカ側の受け止め方はすこし違うそうです。確かに中国はアフリカで道路や空港を造り,学校や病院を建ててきたものの,そこで働いているのはほとんどが中国人で,技術も落とさない。その上,中国製の安い衣料や薬を売りつける。だから現地では,「援助ではなくビジネスだ。」,「新しい植民地主義」といった批判が芽生えている・・・。
まあいずれにしても,日本の援助のあり方としては,従来からの日本式の誠実な技術移転とインフラ整備,現地人雇用,そして何よりも将来にわたって相手が自立できるような援助に力を入れていただきたいと思います。
超多忙だったり,二日酔いだったりして,このブログの更新をさぼってしまいました。日本全国約6198万7240人の読者の皆様,大変申し訳ありませんでした(笑)。
ある高名な画家の先生から「強くあれ、巨人。」という名前の本格芋焼酎をいただいたら,途端に巨人が弱くなってしまいました(爆笑)。先生,すみません。でも焼酎は美味しいです。
さて,チャールズ・A・ビーアドという偉大な歴史家が書いた「ルーズベルトの責任-日米戦争はなぜ始まったか(上・下)」(開米潤監訳,阿部直哉・丸茂恭子訳,藤原書店)という本を読み終えました。正味800頁を超す大著ですが,読み応えがありましたし,読んでよかったと思いました。
今でもかなりの数の日本国民は,いわゆる「東京裁判史観」そのものの歴史観を植え付けられたままだと思われますし,作家の半藤一利氏や東大教授の加藤陽子氏らに顕著に見られるような「たこつぼ史観」に凝り固まっているのではないかと思われます。「たこつぼ史観」というのは,実は腹黒く意図的に計画的に動いていた列強諸国やコミンテルンの動きをほとんど捨象して,日本の「暴走」だけに照準を合わせてひたすら日本が悪いと帰結しがちな史観のことをいいます。日本という「たこつぼ」に入ったまま,その狭い範囲内で考察し,広く諸外国の当時の動きを緻密に分析することを避けているのです。
このチャールズ・A・ビーアドの歴史家としての大著が出版された1948年に彼は亡くなっております(享年74歳)。正に畢生の大作であり,歴史家としてとても緻密かつ公正に歴史を俯瞰しております。彼の日米開戦に関する歴史分析,歴史観は,いわゆる「東京裁判史観」とは隔たりがありますから,アメリカ当局にとってはとても都合が悪かったのでしょう。GHQ占領下では日本訳を禁じたでしょうし,その後もなぜか日本語に翻訳されずに推移し,この本の日本語訳が世に出たのは何と2年前です。それを私はこのたび購入したのです。
ルーズベルトは1940年の大統領選挙には不戦を国民に約束して当選し,その後も不戦の「外観」をとり続けました。しかしその水面下では,英国のチャーチル首相との大西洋会談で参戦を約束し,以後は大西洋でドイツの潜水艦を追い回して機雷攻撃を加えたりして参戦の機会を窺っていたけれども,ドイツはその挑発に乗らず,アメリカ国内でも国民は参戦には否定的でした。この本の監訳者解説から引用してみましょう。
「ルーズベルトにとってそれは大誤算だった。そこで彼が目を付けたのが太平洋だった。ドイツと軍事同盟を結んだ日本を経済制裁によって”締め上げ”、挑発し、日本に『先に一撃を撃たせる』。これによって参戦への大義名分を得ようとする戦略に転換したのだった。日米関係の外観は戦争が始まるまで『平和的であった』という。だが、実情は大きく異なっていた。在米日本資産の凍結、全面禁輸、近衛文麿首相からの太平洋会談拒否、ハル・ノート(対日要求の覚書)の手交などルーズベルトは対日強硬策を次々と打った。特に中国からの全面撤退を求めるなどしたハル・ノートに対するビーアドの批判は痛烈である。ルーズベルトは開戦直前の12月2日の記者会見で、日米関係は平和的であるのみならず完全に友好的であると述べた。しかしながら、11月26日にハル・ノートを手渡しており、日本の野村吉三郎大使、来栖三郎特使はこれを一読して『この合衆国の提案が日本政府に伝われば、おそらく「お手上げだ」と言って匙を投げるだろう』と断言した。その予言どおりに日本政府が野村大使に『屈辱的な提案』として交渉は事実上決裂と伝える極秘電報を傍受しても、対日スタンスを変えることはなかった」
要するに,ルーズベルトは参戦したくてしたくて仕方なかったのです。そのため,まずは日本の方から第一撃を撃たせれば国民も納得するだろう。通信傍受,暗号解読により真珠湾攻撃はルーズベルトにとって「晴天の霹靂」などではなかった・・・。
いわゆる「裏口からの参戦(backdoor to the war)」というやつです。「東京裁判史観」や「たこつぼ史観」とは少し見方を変えて歴史を学んでみるのもよいと思います。
以前に「真珠湾の真実-ルーズベルト欺瞞の日々」(ロバート・B・スティネット著,妹尾作太男監訳,荒井稔・丸田和美訳,文藝春秋)という読後感をこのブログで書いたことがありますが(平成22年9月9日),その記事もご参照ください。