もう今週に入りましたが,先週は本当に忙しかった。月曜日から土曜日までハードワークでした。そんな訳で土曜日には自分へのご褒美という訳ではありませんが,晩酌でのお酒の量がいつもより多くなってしまいました。
こういう風に酔いがいつもより回ってしまった晩は,もう読書などはいたしません。ただひたすら音楽(特にバッハ)を聴くだけです。「さてと,今日はどのDVDでいくかな?」などと迷っているうちに,ばったりと「辻井伸行×東南アジア紀行~心を繋ぐメロディー~」(BSフジ)という番組に出くわしました。連日の残業で頭が疲れていたこともあって,最初はぼんやりとこの番組を見ていたのですが,次第に引き込まれていくようになり,辻井伸行という全盲のピアニストがドビュッシーの「月の光」(ベルガマスク組曲第3番)とショパンの「英雄ポロネーズ」をベトナムの聴衆の前で見事に演奏する姿とその音の美しさにに触れ,なぜか泣けて泣けて仕方がありませんでした。
なんでそうなったのかは分かりません。ただ,その演奏の素晴らしさだけではなく,やはり障害を乗り越えていく前向きでたくましい,強靱な精神力に心が打たれたのだと思います。辻井伸行というピアニストは,2009年の第13回ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで優勝し,世界的にも認められた演奏家です。もはや全盲だからとか,健常者だからなどといったことを口にすること自体,的外れであることは十分承知しておりますが,私としては演奏を行っているのはやはり人間ですから,演奏しているその人間と演奏の素晴らしさとを切り離せないのです。つまり,全盲という障害を乗り越えて素晴らしい成果をあげる(この場合は聴衆に感動を与えること)という場面に直面すると,音楽そのものを超えて理屈抜きでその人間にも感動してしまうのです。
特に,ベトナムの聴衆が静かに演奏を聴き,感動して涙を流すシーンを見ていますと,こっちもさらに泣けてきてしまいました。ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで優勝した辻井伸行さんには,多くの称賛もありましたが,ごく一部酷評も加えられました。その最たるものがベンジャミン・イヴリーという音楽評論家のコメントで,私からすれば公平ではなく悪意でもあるのかと疑ってしまうようなものです。しかし,ドイツのあるコンサートでは聴衆が感動でスタンディングオベーションしたように,辻井さんの演奏には確かに人を感動させるものがあります。
人間そのものとその作品,つまり作曲家とその作品についても同じことが言えます。ベートーベンという作曲家は,音こそが命という職業にありながら,あろうことか聴覚を失うという,いわば致命的な状況に追い込まれました。ちょうど交響曲第6番「田園」を作曲していたころでしょうか,そのような過酷な現実に直面して一時は自殺を考え,「ハイリゲンシュタットの遺書」までしたためます。それでも聴覚喪失という障害を乗り越え,数々の名曲を生み出しました。そこに感動してしまうのです。交響曲第9番「合唱」もそうですし,特に私が好きな28番や30番の後期のピアノソナタ群などなど,作品そのものに加えさらにそれを超える存在(人間の強い精神力など)に感動してしまうのです。私は学生時代に「新編ベートーベンの手紙(上・下)」(小松雄一郎翻訳,岩波書店)という本を読んだことがありますが,ベートーベンのその当時の内心の苦悩,葛藤が手に取るように分かり,それだからこそ彼の作品をより深く味わうことができたと思います。