今から1年以上も前でしょうかね,ある古本屋で「わが萬葉集」(保田與重郎著)という古本を偶然に見つけ,喜色満面で帰宅したことをこのブログで書いたことがありました。その時は絶対に読みたいと思っていたのです。
でも結局はその古本は読むことはありませんでした。私は行儀が悪く,仰向けに寝っ転がって本を読むことが多いのですが,そうすると何かしら古本の各ページからごく小さな眼に見えない虫(ダニなのかしら)が顔や首に落ちて痒くなりそうな危険性を感じてしまったからです(笑)。古本ってそういうことがありませんか?
でも,さすがは文藝春秋です。やってくれました。昨年の12月末に「文春学藝ライブラリー」として「わが萬葉集」(保田與重郎著)の復刻版を出してくれたのです。文庫本の大きさですからコンパクトで読みやすく,眼に見えないダニのようなものが顔に落ちてくるような心配もありません(笑)。
この本はまだ読んでいる最中ですが,誠に素晴らしい。感動しております。柿本人麻呂,山部赤人,大伴家持など,こういった歌人の偉大な作品が満載され,何よりもこの保田與重郎という人は,万葉人の時代に浪漫的に思いを馳せ,古代からずっと続いてきた日本の文芸,そしてそれを育んできた豊かな自然と日本人のメンタリティーを心から愛しています。我が国が万葉集のような優れた古典を有していることに誇りを感じます。
「わが萬葉集」(保田與重郎著)の末尾には,片山杜秀氏の解説が掲載されているのですが,この本を一言で表すとすれば,次のような表現がぴったりでしょう。
「日本浪漫派を代表する文藝評論家・保田與重郎は萬葉集を育んだ大和桜井に生まれた。その歌に通暁することで自身の批評の核となる『浪漫的なイロニー』を掴みとった著者が萬葉集揺籃の地を歩き、古代の精神に思いを馳せ、歌にこめられた魂の追体験へと誘う。」
実はこの本は文庫本サイズとはいえ約600ページに及ぶ力作で,私もまだ読んでいる途中なのですが,確かに,著者と共に「萬葉集揺籃の地を歩き、古代の精神に思いを馳せ、歌にこめられた魂の追体験へと誘」われている思いがいたします。保田與重郎の次のような思いには,私も大いに共感を覚えます。
「しかしさういふ遠世の無名の人の歌を、多く代々の人々が心にとどめてよみ伝へ、やがて家持によつて記し残されたといふことを考へ併せると、私の心はわが無限の遠つ人への感謝で一杯となる。しかもこの感謝は、自他を一つとするやうな、うれしくなつかしく、よろこばしい気持である。そして、この日本の国に生れ、萬葉集をよみ得るといふことに、悠久な感動を味ふのである。この時、私にとつて、すべての愛国論は雲散霧消し、わが心は遠つ御祖の思ひと一つとなる。この国に生れたよろこびと、この国のいとほしさで、わが心は一杯となる。」(301頁~302頁)