私は男性用日傘を持っておりますが,梅雨明けを境に,今では堂々と日傘を差して歩いております。梅雨明け前の時期というのは,やはり何となくですが日傘を差すのが躊躇われます。「男のくせに日傘かよ。」と道行く人に内心で非難されているような・・・(笑)。でも,さすがに梅雨明けのこの強烈な日差しの前では(日中の気温が35度を超えることがざらにあります),誰が何と言おうと,石を投げられようが,嘲笑されようが何されようが,絶対に日傘です(笑)。こんなに重宝なものもございません。歩いている間,ずっと日陰にいる感じですからね。「ポータブル日陰」とでも言うべき優れ物です。
さて,7月28日は,私がその曲を心から愛してやまない,そしてその曲がこれほどまでに癒しを与えてくれるものは他にないと確信しているヨハン・セバスティアン・バッハの命日です。バッハの最晩年は眼の手術の失敗など,大変気の毒な状況のようでしたが,彼は1750年7月28日午後7時15分ころ,安らかに天に召されました。
これは前にもこのブログで書いたことですが,その今際のとき,バッハは愛する妻(アンナ・マグダレーナ・バッハ)に「何か美しい歌を歌って欲しい」と所望しました。妻は少しためらいながらも,バッハのとてつもなく美しいコラール「もろびとなべて死すべきもの」を歌ってあげたのです。
今日は寝る前に,「フーガの技法」を聴いてみたいと思います。これはバッハ最晩年の傑作です。残念ながら視力の低下などにより未完に終わってはおりますが,卓越した対位法技法を駆使し,単純な主題を入念に組み合わせることによって至高へと導いたとも言われ,この「フーガの技法」は他に例を見ない緊密な構築性と創造性によって,クラシック音楽の名作の一つだと考えられております。
考えられているというより,私は最高傑作の一つだと断言します。それにしてもバッハという人は,死の直前までこのように対位法,フーガを極めに極め抜こうとする努力を重ねていたとは・・・。
臨終の直前,妻が歌う「もろびとなべて死すべきもの」を,バッハはどのような気持ち聴いていたのでしょうか。達成感と満足感でしょうか,それともやり残したことがあるという無念でしょうか。甘美な死を喜んで受け入れる心情でしょうか,それともまだ死にたくはないという直截的な心情だったでしょうか。
「伊勢物語」の中に在原業平という人が出てきますが,この業平が死の直前に詠んだ歌に「つひにゆく道とはかねて聞きしかど昨日今日とは思はざりしを」というのがあります。本居宣長の先生は契沖という人ですが,この契沖はこの業平の歌をいい歌だと大変に褒めていたそうです。というのも,この契沖は,「人間は、生きているうちは嘘をついたり、つまらないことを言ったりしてもしかたがないが、死ぬ前ぐらいは本当のことを言うべきだ、ところが辞世とかいって歌を詠んでも、みんな悟りがましきことを言って死ぬ、偽りを表して死んでいく」と憤慨している。そこへいくとこの業平の辞世は実にいい歌だと褒めたそうなのです(「学生との対話」小林秀雄著104~105頁,新潮社)。
とりとめのない話になりましたが,今日はバッハの命日ですから,「フーガの技法」をじっくりと味わいます。