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2015/08/31

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 とうとう「その4」と相成りました(笑)。つい先日,ロシアの首相であるメドヴェージェフという小男が北方領土の択捉島を訪問しましたね。言うまでもなく北方領土は日本固有の領土であり,ロシアの占有は不法なものです。日本国民の神経を逆なでするような暴挙と言わざるを得ません。いわゆる東京裁判において日本の「A級戦犯」と言われる人たちが裁かれましたが,戦勝国といわれる国々のうち,今日はソ連の卑怯さ,「腹黒さ」について少し述べることにします。

 

 私の記憶に間違いがなければ(笑),日本国憲法には「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」とありますが,諸外国も最終的には,たとえ他国の利益を踏みにじってでも自国の利益を追求するのであって,局面によっては極めて「腹黒い」存在なのです。平和ボケしていてはいけないのです。

 

 今年の8月9日付けの産経新聞にも割と詳細に書かれていましたが,昭和20年8月9日にソ連が日ソ不可侵条約を一方的に破って参戦した時点では,ソ連の宣戦布告が日本政府に届いていなかったことを裏付ける秘密文書が,イギリス国立公文書館に所蔵されていることが明らかになりました。それによると,宣戦布告を通告された佐藤尚武駐ソ連大使が外務省宛てに打った公電は,誠に卑怯にもソ連当局によって電報局で封鎖されていたのです。ソ連は宣戦布告から約1時間後には満州(中国東北部)や樺太などで一斉に武力侵攻を開始し,その約4時間後にタス通信の報道などでようやくソ連の参戦を知らされた日本は完全に不意打ちをされた格好になります。正式な宣戦布告文書が届いたのは,マリク駐日大使が東郷茂徳外相を訪問した10日午前11時15分で,ソ連が侵攻してから実に約35時間が経過していたのです。

 

 ソ連の卑怯さ,「腹黒さ」はそれだけではありません。日本が昭和20年8月15日にポツダム宣言を受諾し,降伏文書が調印された9月2日以降もソ連は侵攻を止めず,武装解除した北方四島などに侵攻して完全に占拠し,ソ連が一方的な戦闘を停止するのは9月5日だったのです。ところが,ソ連の公式記録「第2次世界大戦史」では,千島などの占領は9月1日には終わったことになってしまっています。なぜそのような虚偽が記載されているのでしょうか。それは,日本が戦艦ミズーリ号の艦上で降伏文書に調印(9月2日)する前に作戦を完了していないと領有することができないと考えたからです。産経新聞東京特派員の湯浅博さんが記事に書いているように,本当に「卑怯な仕業」です。

 

 そしてあのソ連による日本人捕虜のシベリア抑留。約57万5000人にも上る日本人抑留は明確なポツダム宣言(第9項)違反ですが,あの希代の殺人鬼,独裁者であったソ連共産党書記長のヨシフ・スターリンの指示によりあの蛮行が計画的に行われたのです。この男の頭の中は,「捕虜=戦利品」だったのでしょう。馬鹿につける薬はありません。

 

 昭和20年2月にアメリカ,イギリス,ソ連の3首脳が戦後処理を話し合ったヤルタ会談における会談内容でも分かるとおり,ソ連には,日露戦争以来の日本に対する復讐心と領土的野心が根底に存在していたのです。繰り返しますが,北方領土は日本固有の領土であり,ロシアの占有に権原は全くありません。

 

 「戦後70年(その4)」というタイトルでしたが,「その4」があるということは,ひょっとしたら「その5」があるかもしれません(笑)。

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