こうやって,一雨一雨ごとにだんだんと涼しくなり,秋に向かって行く感じがとても好きなのです。あの猛暑の頃に比べて寝起きの状態もスッキリしていて,ようやく人間に戻れた気がします(笑)。
50年ぶりにピアノを習い始めたこともあって,最近ではピアノに向かうことも多くなりました。あまり練習しないでレッスンに臨むと,先生に悪いから(笑)。先日,自宅の書棚の奥を覗きましたら,「バッハ=フーガの探究-ライプツィヒへの旅-」(ミッシェル・モラール著,余田安広訳,春秋社)という本を見つけました。これは6年前に出版され,すぐに買って読んだのですが,また読みたくなり,読破しました。私は対位法,そしてフーガという曲形式に以前から憧れというものがあるのです。
対位法というのは,複数の旋律をそれぞれの独立性を保ちつつ互いによく調和して重ね合わせる作曲技法です。言葉を換えれば,2声部以上の旋律がそれぞれの美しさを保ちながら同時に鳴り響いてもバランスがとれている状態を作り出す技法です。この作曲技法を駆使した最高傑作がバッハのフーガでしょう。とりわけ素晴らしいのが,バッハの平均律クラヴィーア曲集第1巻,第2巻の全48曲のフーガです(もちろん各前奏曲も素晴らしいですが)。
バッハの平均律クラヴィーア曲集第1巻,第2巻に関し,この本の著者は登場人物に次のように語らせています。
「『平均律クラヴィア曲集』にはまた、深い宗教的な感覚もある。多くの前奏曲とフーガから、内省、瞑想、祈りの印象を僕は感じる。それは信仰というのではなく、高貴さと素朴さで表現された信念というべきものだ。」
「歓喜、悲しみ、苦悩、メランコリー、郷愁、滑稽さ、熱情、無垢さ、悔悟、確信、高貴さ、偉大さ、エネルギー、英雄主義、そのほかに何が考えられるだろう?いわば森羅万象が、この『平均律クラヴィア曲集』にかかわっているように思える!僕は感心した。」
「私にとっては、バッハの音楽は豊かな表現力にあふれた作品集なのですけれどね。『平均律クラヴィア』を例にとってごらんなさい。クラヴィア(鍵盤楽器)のために、あれ以上に美しい作品を誰か書いたためしがありますか?」
「私には分からない、これほど並外れた才能の人物が、どうしてこのように広く知られないでいるのか。」
「これまでに出合ったこともない美しさと、知識のこもった前奏曲とフーガの曲集だ。」
それにしてもフーガというのは奥が深いですね。ますます憧れてしまいます。主唱があり,2回目の主唱の入り(答唱)の部分から,これに寄り添うように展開される対唱・・・。対唱は複数にわたる場合もあり,そして主唱などが拡大形となったり縮小形になったり,そして直行形で現れたり反転形で現れたりもします。それでいて,2声部以上の旋律がそれぞれの美しさを保ちながら同時に鳴り響いてもバランスがとれている状態が維持されます。それに何よりもバッハのフーガは旋律が美しいし,和声の響きも素晴らしい。例えば4声のフーガですと,ソプラノ,アルト,テノール,バスがそれぞれ鍵盤で奏でられるといった感じです。9歳の時に母が亡くなり,10歳の時に父が亡くなり,貧乏で本格的な音楽教育を受けたことがなかったバッハは,どうしてこのように素晴らしい作曲ができたのか・・・。やはり途方もない,並外れた,超弩級の天才であったというほかありません。
それにしても,いくら憧れがあるとしても,平均律クラヴィーア曲集のフーガにいきなりチャレンジするのは全くもって無謀というものです。高度なテクニックが必要ですし,対位法を理解し,各声部を明瞭に弾き分ける技術が必要です。ですから,やはり地道に,2声のインヴェンション,3声のシンフォニアからゆっくり,ゆっくりとした足取りで練習をしていくしかないのでしょう。要するに,私が平均律クラヴィーア曲集のフーガをマスターできるのは,生まれ変わった来世でということなのです(笑)。