1955年に開催された第5回ショパン国際ピアノコンクールの結果は,第1位はアダム・ハラシェヴィチ(ポーランド),第2位がウラディーミル・アシュケナージ(ソ連)でした。その後のピアニストとしての活躍ぶりを比較すれば,アシュケナージは20世紀後半を代表する世界的なピアニストとして活躍した一方,ハラシェヴィチの方は演奏会や録音で10数年ほどは活動しましたが,その後は忘れられたような存在になってしまったのは残念です。
ハラシェヴィチはアルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリにも師事し,彼の下で研鑽を積んだこともあります。しかし,この第5回大会では審査員であったミケランジェリがアシュケナージの第2位という評価に抗議し(アシュケナージこそ第1位だという意味),会場から立ち去ったという有名なエピソードがあります。確かに,アシュケナージのテクニックは素晴らしく,ハラシェヴィチが第1位になったのはショパンと同じポーランド人だから贔屓されたのだなどという心無い言葉も囁かれたようです。
しかし,実は私にとっては小学生の頃から,ショパンの曲についてはハラシェヴィチの弾くショパンこそが最高でした。小学生の頃にショパンの虜になってしまった私が小遣いをもらって近くのレコード屋さんに飛び込み,最初にショパン名曲集のレコードを買い求めたのがハラシェヴィチ演奏のものでした。毎日のように何度も何度も聴いていましたので,私にとっては彼の演奏こそが正統であり,スタンダードになってしまい,ずっと頭の中に残っているのです。
今となってはそのレコードも処分してしまいましたが,何となくそのジャケットの写真は記憶しています。インターネットで必死で探してみましたら,ありました。どうやらフィリップスから出されたレコードのようで,ハラシェヴィチがピアノを弾いている背後には,白っぽい裸婦の彫像があるやつ・・・。いや本当に懐かしい。
第5回大会の結果は先ほど述べたとおりですが,この時は日本から田中希代子さんも参加し,見事第10位になっております。音楽評論家の野村光一さんの記事によりますと,彼はやはりアシュケナージの卓越した技術を評価し,おそるおそる田中さんに対し,「アシュケナージが一番みたいな気がしますね。」と尋ねたようです。そうしたら,田中さんは,「いやそうとはいい切れないのですよ。もちろんアシュケナージの方がテクニックに冴えていますが,やはりショパンともなれば,ハラシェビッチのほうが音楽的なつぼにはまった弾き方をします。だから,あの人が1位になるのは当然だったのでしょう。」と答えたそうです。
そうなんです。私にとってハラシェヴィチは幼少時代に憧れたショパン弾きの中のショパン弾きなのです。でも,もちろんアシュケナージの実力,実績は言うまでもありません。ポリーニ,アルゲリッチなどと並ぶ20世紀後半を代表する世界的なピアニストです。私が大学生の頃は,ベートーベンのピアノソナタはほとんどアシュケナージで統一していましたからね。それに,独身時代には名古屋でも開かれたアシュケナージのコンサートにも足を運び,その時はかなり前の席でアシュケナージの演奏を生で聴きました。もう30数年前のことですからその時の曲目は覚えていませんが,はっきりと覚えているのは,彼はとても小柄で,ひょこひょこと速足でピアノの前まで歩き,はにかみながら客席に向かって軽く礼をして,すぐに弾き始めたということです(笑)。
ハラシェヴィチも既に87歳で,ずっとオーストリアのザルツブルクで生活し,アシュケナージも82歳になり,ずっとスイスのルツェルン湖畔で生活しているようです。やはり景色の良い所が精神的に落ち着くのでしょうか。
さきほど,ハラシェヴィチのCDを2つ,通販で注文しました。もちろん彼の弾くショパンです。到着が楽しみです。