先週の日曜日にうちのカミさんと一緒にドライブに出かけました。昨年の秋に車を買い替えたのですが,まだ1000キロも走っていませんでしたし,良い陽気にもなってきましたので出かけたのです。
さてどこへ行こうか・・・。気楽に日帰りでドライブできる場所で,ついでに美味しいものでも食べられる行き先を検索している時,ふっと三ヶ根山(愛知県西尾市西幡豆町)に存在する「殉国七士廟」のことに思い至りました。私が以前から是非訪れてみたいと思っていた場所を思い出したのです。
あの不当な,国際法上の根拠もなく,あろうことか事後法で裁いた「東京裁判」。アメリカの若い判事の一人もこれは間違いなく戦勝国による復讐(リンチ)だとその本質を看破していました。殉国七士廟の「七士」というのは,この東京裁判で「A級戦犯」として絞首刑に処せられた土肥原賢二,松井岩根,東条英機,武藤章,板垣征四郎,広田弘毅,木村兵太郎です。これらの方々のご遺骨がこの場所に葬られているのです。
横浜市の久保山火葬場にある共同骨捨て場におけるGHQの米兵の厳しい監視下で,小磯国昭大将の弁護人であった三文字正平弁護士らが七士のご遺骨の一部を何とか確保するに至るまでの涙ぐましいまでの努力がありました。取り敢えず何とか確保した七士のご遺骨の一部は伊豆山中の興亜観音に隠されましたが,昭和35年8月18日にこの殉国七士廟に安置されるに至ったのです。
昭和天皇は,昭和54年5月に愛知県豊田市で開催された全国植樹祭に行幸された際には,豊田市からは遠く離れた三ヶ根山の「グリーンホテル」にご宿泊になられました。翌朝午前6時,天皇皇后両陛下は部屋の窓際に佇立され,三ヶ根山山頂に向かってしばらくの間正対されました(15分間じっと頭を下げておられたという説もあります。)。
私たちも「殉国七士廟」に到着した後,すべての墓石,記念碑にお参りをしました。
本当は「東京裁判」なるものに対しては言いたいことがたくさんあるし,中国や韓国が「A級戦犯」合祀を理由に政治カード化し,日本国の首相や閣僚が靖国神社を参拝することを不当に非難している状況を看過できないのですが,「お前のブログは文章が長い」とよく言われますので,今日はこの辺でやめておきます(笑)。
ただ皆さん,「A級戦犯」だの「(首相らの)靖国神社参拝反対」などぎゃーぎゃー言っている中国人や韓国人を黙らせるためには,我々日本人が「東京裁判」の真実を知って理論武装する必要があるのではありませんか。また,日本国は,サンフランシスコ講和条約第11条に基づいて関係11か国の同意の下,昭和27年6月9日の参議院本会議「戦犯在所者の釈放等に関する決議」,同年12月9日の衆議院本会議「戦争犯罪による受刑者の釈放等に関する決議」,昭和28年8月3日の衆議院本会議「戦争犯罪による受刑者の赦免に関する決議」(全会一致),昭和33年「戦争受刑者の即時釈放要請に関する決議」がそれぞれなされたことにより,「A級戦犯」は昭和31年に,また「BC級戦犯」は昭和33年までにいずれも名誉回復がなされております。殉国七士は,これら前後4回にわたる国会決議前の昭和23年12月23日未明に処刑されておりますが,この名誉回復は他の「A級戦犯」と何ら径庭はないはずでしょう。
ついでに,さきほど理論武装と言いましたが,できるだけ読みやすく理解しやすいように理論武装するなら,「世界がさばく東京裁判-85人の外国人識者が語る連合国批判-」(監修佐藤和男,明成社)という本が最適でしょう。
結局は本日も文章が長くなってしまいました(笑)。このドライブの日,「殉国七士廟」に滞在している時間が思いのほか長くなり,田舎の飲食店がどこもお昼の営業時間終了が迫っていたこともあり,おにぎりを買って車中で食べる羽目になりました(笑)。