月曜日の晩に仕事を終え,次の会合に向かう道すがら,傘を差しながらずっと立っているタクシー運転手の存在に気づいた。土砂降りとまではいかないけど,相当に強い雨の中,車外で立ったままじっとタクシーの用命を待っているのである。このタクシー会社はもちろん流しもしているけど,コインパークの一番端の駐車場の一区画を借り,このように流しではなくてタクシーの用命を待つ営業スタイルも展開しているようである。
傘を差していたとしても強い雨に打たれながらじっと立って待っているタクシー運転手の姿を見て,何か感動した。彼に妻子があるのかどうかは知らないが,一生懸命に働いて家族を守っているように思われたのである。どういう訳かその時に思い浮かんだのは,新選組隊士(諸士取扱役兼監察方,撃剣師範)だった吉村貫一郎のことと,彼を主人公として描いた浅田次郎の「壬生義士伝」(文春文庫)という小説のことである。
この本の裏表紙には「浅田文学の金字塔」と銘打ってあるが,かつてこの本を読んだ後は本当に感動した。たまたまこの本を読んで間もない時期に,以前僕と一緒に仕事をしていた裁判所職員と,ある送別会で話す機会があり,たまたまこの本のことが話題になった。彼も数度その本を読み,その都度涙を流したそうだ。僕は一回しか読んでいないが,読んでいる最中に涙が出て来たことがあった。
吉村貫一郎は南部藩の下級武士であったが,どうにもこうにも生活に困窮し,妻と可愛い子らを養うために,万やむを得ず脱藩して新選組に入り,お給金などを京都から故郷(盛岡)の妻子の元へ仕送りしていた。新選組にいれば,いつ命を落とすか分からないが,いわば出稼ぎをして必死で家族を守っていたのである。学問はあるし,剣術も沖田総司,永倉新八,斉藤一らと互角に渡り合えるほどの腕前(北辰一刀流)であった。本当に強い男であったのだ。妻子があるなら,妻子を守ってなんぼである。これも武士道。