先日,飲み会の集合時間にはまだ時間がありましたので,大きな書店に立ち寄って特にお目当ての本があるというのでもなく,店内をブラブラしておりました。最近はノンフィクション系の本ばかりを読んでおりましたので,たまには小説もいいかと思い,買ってしまったのは田山花袋と谷崎潤一郎の文庫本でした。
田山花袋の方は「蒲団」と「重右衛門の最後」の2編が入っており(新潮文庫),谷崎潤一郎の方は「刺青」,「少年」,「秘密」,「幇間」,「悪魔」,「続悪魔」,「神童」,「異端者の悲しみ」という短編が入っているものです(角川文庫)。谷崎の方は学生時代に読んだことがあって何となくまた読みたいなと思って手にし,田山花袋の方は自然主義文学の先駆けの一人ということで,一度読んでみようかと思いました(私の記憶に間違いがなければ,高校時代の現代国語の先生が「蒲団」のことを語っておりました。)。
「蒲団」というストーリーは何やら切ないものがありますね。これは花袋本人の実体験が記されている,思い切った独白,そして日本初の「私小説」とも言われております。主人公は33歳前後の既婚の文学者で,3人の子どもがいますが,単調な日常生活に倦み,妻との結婚生活もいわゆる倦怠期を迎えている中で,熱心に乞われたためある女学生を弟子として受け入れます。主人公はその女性の弟子を自分の姉の家に住まわせますが,彼女に恋をしてしまいます。
ところが,その後彼女には同年齢くらいの男友達ができ恋仲になっていることが発覚するや,主人公は既婚であるにもかかわらず狂おしいまでに嫉妬します。主人公は,表面上は「先生」,「師匠」としての威厳を保ちつつも,実は男として嫉妬に狂い,その女学生の親御さんを巻き込んで何とか2人の関係を断絶させようとします。
その心理描写が何とも切ない。結局その女学生は,親御さんに連れられて田舎へ帰っていくのですが,その後の主人公の喪失感も相当なもの・・・。「性慾と悲哀と絶望とが忽ち時雄(主人公)の胸を襲った。時雄は(弟子である女学生が使っていた)その蒲団を敷き、夜着をかけ、冷たい汚れた天鵞絨の襟に顔を埋めて泣いた。」のです。
なんとも切ないですね。ところで,この文庫本の末尾にある福田恆存の解説がまた切ないのです。ご存知,福田恆存といえば文芸評論家,翻訳家,そして保守の論客です。普通は,本の末尾の解説の部分というのは,その作品の価値を評価し,作者をある程度讃える内容のものが多いと思うのですが,意外に冷淡な内容に思えるのです。これが切ない・・・。
「おもうに『蒲団』の新奇さにもかかわらず、花袋そのひとは、ほとんど独創性も才能もないひとだったのでしょう。」,「花袋はあくまで芸術作品を創造するひとであるよりは、芸術家の生活を演じたがったひとであります。」,「芸術作品を生むものを、われわれは芸術家と呼ぶのであって、芸術家というものがはじめから存在していて、かれが生んだものを芸術作品と呼ぶのではない。」,「かれはそういう意味において、文学青年の典型でありました。」
解説の最後に花袋を評価する部分もありますが,巻末の解説としては内容的には冷淡な感じがします。誠に切ない。