先日,インターネットで音楽関係のことを検索していましたら,偶然にユーチューブでウラディーミル・ホロヴィッツの演奏会の動画に出くわしました。最近はいろいろと便利になりましたね。関心のある項目についての情報に直ぐに接することができます。
ウラディーミル・ホロヴィッツといえば,20世紀を代表する名ピアニストで,押しも押されぬヴィルティオーゾ(巨匠)です。私も子供の頃に憧れておりました。偶然に出くわしたその動画は,昭和40年ころにロンドンで開かれたホロヴィッツのピアノリサイタルの模様で,そのうちショパンのバラード第1番の演奏だけ観ました。圧倒的な演奏でしたね。本当に凄いわ。
それにしてもその動画を観て改めてビックリしましたのは,演奏中のホロヴィッツの指の状態です。あんなに素早いテクニックを要する部分でも,指が伸びているのです。あたかもそれぞれの指の腹でキータッチしているような感じです。信じられません。小学校の時にピアノの先生から言われたのは,「両手をグッと握ってごらん。そしてソッと力を抜いて。そうすると指に自然なカーブができるから。」ということでした。つまり,キー(鍵盤)はどちらかというと指先でタッチするものだと教わっていたし,実際にそれが弾きやすいのです。でも,ホロヴィッツは違います。しかしその演奏は本当に素晴らしいのです。
「ピアニストたちの世界」(芸術現代社)という本の中で,音楽評論家がホロヴィッツの演奏に言及しておりますが,そのうち,このホロヴィッツの演奏方法(時に指の状態)に触れた箇所を引用してみましょう。
「専門家の評では、ホロヴィッツの指の動かし方、どんなルーズな先生でも大喝を食らわせかねない奇妙なタッチのみで成り立っているのだそうで、不自然、不合理の権化といってもよいらしい。こんな常識を無視したひどい指使いでどうしてあのように美しく弾けるのか、ピアノの専門家は異口同音に不思議がっていた。私は何も、劣悪な指使いにもかかわらず、自分の思ったことを強烈に表現出来る点こそホロヴィッツの個性であるなぞと言うつもりはない。聴き手にとって、打鍵の瞬間鍵盤を引っ掻くように指先の関節を内側に曲げようがどうしようが、一の指の音符を二の指で弾こうが弾くまいが、大切なのはそこから生まれる音と、それら音のからみ合いで形造られてゆく楽曲の全体像なのであって、音以前の方法論に立ち入ることはあるまい。いずれにせよ、ホロヴィッツの存在は、今世紀ピアノ界の、かけがえない財産となった。」(中村洪介,前著42~43頁)
「ホロヴィッツはピアノを弾いている間少しも姿勢を崩さずにいた。椅子に腰掛けたまま、上半身を垂直にしていた。腕もほとんどまっすぐにして、動かさずにいた。両脇もまるで開かない。手首も使わない。使っているのは指の先きだけだ。それも弱音で速いレガートを弾くときは、指の関節を曲げずに、普通の奏法では禁じられている『まむし』のような格好をして、指の腹を鍵盤にほとんどつけたまま、どんな速い音でも、歯切れよくはっきりと弾きのけてしまう。腕や手の関節を動かさずに指先きだけに奏者のすべての力の重みがかかってくるだけだ。それに鍵盤にほとんど指先きをつけたままあんなに敏感にスピーディに指を動かす彼の神経は不思議というほかはない。ただピアノの天才だけに許されることである。」(野村光一,前著68頁)
ホロヴィッツは,その奏でる音も,その解釈も,そしてその指の動きも,人々を驚嘆させるのであります。