よく言われることですが,いただく年賀状に少しでもコメントが書かれている方がうれしいですね。私はお出しする年賀状には全て,なにがしかのコメントを手書きすることにしております。今年のお正月にいただいたものの中に「いつも”和み”をありがとうございます。」というコメントのある年賀状がありました。しばらくの間この年賀状を眺めておりましたが,いつもそんな風に感じていただいているのかと思うとこれは理屈抜きにうれしい年賀状でした。
さて,前回のブログにも書きましたが今年の正月は「寝正月」に近く,年末にはボサーッとしてBSで放映されていた将棋に関するある番組を見ていました。それは平成8年の2月に行われた第45期王将戦第4局を,当時の対局者である谷川浩司九段と羽生善治四冠が実際にその棋譜を将棋盤で再現しながら当時のことを振り返るという番組でした。
なぜこの対局が当時注目されていたかというと,まだ25歳だったスーパースター羽生善治が将棋界の7大タイトルのうちの6タイトルを既に保持し,残る王将位の保持者であった谷川浩司九段から奪取し,史上初の7大タイトル独占なるかという対局だったからです(第45期王将戦はこの時点で羽生が3連勝し,この局に勝てば7冠達成となります)。
実はその前年,同じような状況で谷川九段は羽生善治の挑戦を退けて王将位を死守し,羽生のタイトル独占を阻止しております。しかし翌年の両者の対戦は結局羽生の4連勝で7大タイトル独占と相成った訳です。BSのその番組では谷川九段が当時の心境を正直に語っておりました。終局直後にはカメラマンがフラッシュをたいて勝者を撮影するのですが,こういった場合カメラは敗者(谷川九段)の背後から撮影され,谷川九段は「自分は(撮影の)邪魔になるんじゃないか。」と考えてしまったという率直な感想を述べていました。
私は以前からこの谷川九段の誠実そうな物腰や立派な対局マナーに好感をもっていました。棋士としての実績は申し分なく,弱冠21歳の史上最年少で名人位を獲得,何よりも引退後は第十七世名人を名乗ることができますし,タイトル獲得も27期です。4冠を保持していたこともあるのです。また谷川九段は「光速の寄せ」と言われ,終盤力がとてつもなく強い棋士です。
先の日曜日にはNHK杯将棋トーナメントで五段の棋士と対戦しておりましたが,中盤までは圧倒的な優勢であったにもかかわらず,残念ながら終盤に失速し「光速の寄せ」は見られませんでした。谷川九段には潔さとその独自の美学があるのでしょう。「えっ,ここで投了ですか。」と解説者が述べたように,本当に潔い投了でした。「こういう局面を的確に寄せきれない」自分に対する怒りもあったのでしょうか・・・。自分に厳しい人なのかもしれません。
谷川九段の人柄を如実に示すエピソードがあります。平成21年のJT将棋日本シリーズでは,前年度獲得賞金等ランキングの13位であった谷川九段は本来ならば出場権がなかったはずですが,渡辺明当時竜王が新型インフルエンザに感染している可能性があって欠場したため,代わりに出場し,見事に優勝を果たしました。しかし谷川九段自身は,「本来、出場できる立場になかった」として優勝賞金(500万円)を主催者や連盟と相談の上,将棋の小学生への普及にこの賞金を使ってもらおうと判断し,翌年9月には将棋盤と駒を3000セット(東京都に2000セット,大阪市に1000セット)寄付したのです。
谷川九段は現在日本将棋連盟の会長であり多忙を極め,自分の将棋に集中することがなかなかできないのかもしれず,残念です。A級への復帰を含め,この棋士にはもっともっと頑張って欲しい気がいたします。