本日のブログのタイトルも,「雑感」しかありません。暑くて,暑くて思考が散漫になり,話題の選択や文章そのものにまとまりというものが全くないからです(笑)。
暑い夏になると,私は昔からカップかき氷「サクレ レモン」(フタバ食品)をよく食べます。好きなのです。ほら,かき氷の上部にレモンの輪切り一枚がセットされているやつです。アイスクリームよりもこっちの方がさっぱりしていて,口当たりも良く,昔から食べております。でも,先日のニュースで見たのですが,特に酷暑日が続いているこの夏,「サクレ レモン」が品薄で製造が追いつかず,販売が一時休止となってしまいました。断腸の思いです(笑)。何としても販売の再開が待たれます。
でも,そこはそれ,うちのカミさんがスーパーで大量に仕入れてくれており,今でも我が家の冷凍庫は「サクレ レモン」がゴロゴロしております(笑)。本当に,私にとっては過ぎた女房です。
さて,江戸時代の国学者・神道家,平田篤胤先生という人は,本当に面白い著作をものされるものです。産経新聞の書評で衝動買いしたのが「仙境異聞」(平田篤胤著,子安宣邦校注,岩波文庫)という特異な本です。恐いもの見たさに読みました。この本のブックカバーにはこの本の紹介として次のような文章が記されています。
「文政三年、浅草観音堂の前にふいに現れた少年寅吉。幼い頃山人(天狗)に連れ去られ,そのもとで生活・修行していたという。この『異界からの帰還者』に江戸の町は沸いた。知識人らの質問に応えて寅吉のもたらす異界情報を記録した本書は、江戸後期社会の多層的な異界関心の集大成である。」
修験者,天狗に厳しく躾けられながらも山奥での生活を送り,様々な体験をしたという少年寅吉。江戸の知識人らの好奇心からくる様々な質問に対し,大人顔負けの回答を次から次にしていくのです。その個々の答えがまことしやかであり的確そうで,そして面白いこと・・。それにしてもこの岩波文庫というのは芸域が広いですな。いろいろなジャンルにまたがっています。常々もう一度読みたいと思っている「忘れられた日本人」(宮本常一著)という本も岩波文庫です。
日本ボクシング連盟の山根明という人は,会長を辞任するとはいうものの,いわゆる「奈良判定」などなど,相当に問題のありそうな人物ですし,人相の悪さは,学校法人日本大学の田中英壽理事長と双璧ですね。この二人を見ていると,人は見かけで判断してもよさそうです(笑)。山根さんと田中さんといえば,お笑いコンビのアンガールズも山根さんと田中さんです。アンガールズの場合は「キモカワ」(キモイけどカワイイ)と言われておりますが,山根明という人と田中英壽という人は,「キモカワ」をもじって「キモコワ」と言われているようです(笑)。
少し前のことになりますが,BS放送で「座頭市」(大映)の映画をやっておりました。勝新太郎,本当に味のある名優だと改めて思いました。座頭市は他にもいろいろな人が演じておりますが,やはり座頭市と言えば勝新太郎ですね。正にはまり役ですし,その演技力,役者としての魅力に思わず引き込まれてしまいます。子どもの頃に見た映画で,やはり勝新太郎の「兵隊やくざ」シリーズも面白かったなあ・・。本当に魅力のある役者です。
座頭市のことを調べておりましたら,あの作家・子母澤寛に行き当たりました。というのも,この「座頭市物語」というのは,子母澤寛が1948年に雑誌「小説と読物」に連載した掌編連作「ふところ手帖」の1篇「座頭市物語」が原作だったのです。子母澤寛は私が大好きな「新選組始末記」,「新選組異聞」などの作者であり,聞き書きという手法でこれらの作品を生み出したのですが,この「座頭市物語」も概ね聞き書きによるものです。江戸時代に活躍した房総地方の侠客である飯岡助五郎について取材するため千葉県佐原市を訪れた際に,土地の古老から飯岡にまつわる話の一つとして、盲目の任客座頭の市の話を聞き,僅かに語り継がれていた話を基に記したと,後年,子母澤寛自身が語っているのです。
すみません。本日も取り留めのない話と相成りました。
ホントに,呆れかえるほどの暑さですね。気温観測史上の日本記録を連日競い合って,一体どうしようというのでしょうか(笑)。でもこの酷暑はどうやら日本だけの現象ではないようで,アメリカのカリフォルニア州のある町では52度,ノルウェーやフィンランドなどの北極圏でも33度を記録しているようです。
夏の暑さといえば,昨日の産経新聞のコラム「産経抄」では,芥川龍之介のことについて触れていました。それによると芥川龍之介は,昭和2年の今日(7月24日)の早朝に大量の睡眠薬を飲んで自死に至りました。35年4か月の短い生涯だったわけですが,「将来に対する唯ぼんやりした不安」という有名な言葉を残しております。
昔,確かNHKのラジオ番組で「朗読の時間」というのがあったと思うのですが,当時高校生だった私は,たまたまその番組で内田百閒の文章を耳にして,味わいの深い,とても面白い文章を書く作家だなと感心したことがありました。その内田百閒は芥川龍之介の友人で,龍之介が亡くなる2日前に本人に会っています。
内田百閒は,龍之介の自殺の原因について,「あんまり暑いので、腹を立てて死んだのだろうと私は考えた。」と書いたそうな。そして,芥川賞を創設した菊池寛は,「年毎の二十四日の暑さ哉」と追悼の句を詠んだのです。なお,菊池寛の人間的な面白さについては,このブログの2017年6月9日の記事をご覧ください(笑)。
さてさて,話はガラッと変わりますが,去る22日には豊田スタジアムで名古屋グランパス対サンフレッチェ広島の試合を間近で観てまいりました。顧問先のありがたいご配慮で,メインスタンドの特等席でした。現在首位のサンフレッチェと,最下位のグランパスの戦いです。
W杯の中断中に,グランパスは少しは修正,改善したのかとかすかな期待を抱いて観戦していたのですが。やはりダメでした(笑)。①相変わらず寄せが甘く,相手に自由奔放にパスやクロスを上げさせており,②サイドチェンジというものを知らないのかと思うほど,グラウンドを狭くしか使えないし,③攻撃が単調(相手は至って守りやすい,恐怖を感じない)でした。
この日のフォーメーションは4-2-4という前がかりで超攻撃的な布陣でしたが,ほとんど機能していませんでした。中盤がスカスカで,概ね相手チームに制圧されていたと言っても過言ではありません。味方のFW4人が相手ディフェンスの最終ラインにベッタリ張り付いていても,中盤から効果的なパスが供給されないのではどうしようもないでしょう(笑)。それもそのはず,4-2-4で中盤はスカスカですから・・・。
この試合,0-0のスコアレスドローでグランパスは首位広島を相手に勝ち点1をゲットしたのではありますが,未だ光明見いだせずという試合でした。それにしても,ランゲラックというグランパスのゴールキーパーは素晴らしい。彼の働きがなければ,0-2くらいで負けていたのではないかと思います。
ああ,・・・今日は,この辺で。
最近私は,年齢のなせるわざか,文章を書いている途中で何を書こうとしていたのか分からなくなることがあります(笑)。
ですから今日は冒頭にこのブログ文章の要旨を記しておきます。要するに,いつものとおり昭和の香りのする行きつけのスナックで,性懲りもなく数人でフランク永井の「君恋し」を歌って機械採点による点数を競い合ったというだけの話です(笑)。人生には何の役にも立たない話です。
それにしてもその日は夏のゴルフをやって,たいがい疲れており,しかも翌日は社外取締役として重要会議に出なければならず,早く寝たかったにもかかわらず,ある美熟女(Tさん)から電話がかかり,いつものメンバーで飲んでいるから直ちに合流しなさいとの鶴の一声でした(笑)。固辞したのですが,やはりムダな抵抗でした。
一応の抵抗を示した私は,二次会の会場であるその件(くだん)のスナックに行きました。このブログでもこれまでたびたびご紹介したのですが,フランク永井の「君恋し」を持ち歌とするHさんは,歌は上手いし,声の質もフラン永井にピッタリであるにもかかわらず,これまでの長い歴史の中ではめったに良い点が出ず,みんなにイジられておりました(笑)。みんなで同じ曲(「君恋し」)を歌って点数を競うなどといった趣味の悪い企画も,要するにこの愛すべきHさんへのイジりの一環でした。
Hさんとしては高得点を目指して毎回チャレンジするのですが,フーテンの寅さんのように奮闘努力の甲斐もなく(笑),低得点に喘いでいましたが,最近はその低得点の状況も少し改善される傾向にはありました。しかしそれでも,この曲を歌うHさんの得点は決して安定してはおらず,少し前までは誰からも頼まれもしないのにこの曲を歌い出していたHさんも,その晩は「今日は絶対歌わない」と頑なに拒絶していました。しかしながら,そのHさんもやはり誰かの挑発に乗ってしまい,結局は何と5人によって「君恋し」が歌われることに相成ったのです。ニュルンベルクのマイスタージンガーのような歌合戦です(笑)。
いつものように,Hさんがトップバッターでした。でもこの日のHさんは,気合いの入り方が尋常ではなく,歌う姿を後ろから見ていても不必要と思われるほど頭を振りながら(笑),「絶対に負けられない」といった雰囲気だったのです。表現が難しいですが,その晩のHさんの後ろ姿(背中)は,鬼気迫るような迫力と,その一方で諦観を伴った哀愁のようなものとがないまぜになったような,何とも言えない雰囲気を醸し出しておりました(笑)。
Hさんは注目の中,歌い終わりました。そしたら,な,何と!得点が88点だったのです。その場にいた連中の誰もが「何が起こったのだ」という感じで,腰を抜かすほど驚愕したのです。
その後は,Mさん,Tさん,Iさん,美熟女(もう一人のTさん)が連続して「君恋し」を歌いました。結果的には,大接戦で(87点,87点,86点など),結局はこれまで屈辱にまみれ続けていたHさんが見事勝利したのです。68~72点で低迷,低空飛行を続けていたHさんは,捲土重来あるいは臥薪嘗胆の気持ちを維持し,一人カラオケ(?),その他,人知れずなにがしかのたゆまぬ努力をし,やっとコツというものを掴んだのだと思います(笑)。
私はこの時,「窮鼠猫を噛む」というのはこういった状況を指すのだなと思いました(笑)。
ただ,負け惜しみを言うわけではありませんが,この日私はカラオケの機械の採点については,少しばかり疑念を抱きました。Iさんなどは,曲の冒頭からいきなりメロディーを外しまくり,みんなから失笑を買っていたにもかかわらず,その得点は私(Mさん)と同じ87点だったからです。Hさんに負けたことより,そのことの方が悔しかったのです。W杯準決勝のフランス対ベルギー戦の主審が少しフランス寄りだったように・・・(笑)。
なお,年齢のせいか文章を書いている途中に訳が分からなくなると冒頭に言いましたが,それはあくまでも冗談ですからね。私は,常日頃,勝訴あるいは勝訴的な和解を目指して,裁判所に提出する準備書面などはしっかりとした内容のものを書いていると自負しております(笑)。
「忙殺」という言葉がありますが,ここのところムチャクチャに忙しかったのです。しかし,このとおり私はちゃんと生きております(笑)。それにしても私のブログは,平成20年12月に事務所のホームページを開設すると当時に始まったのですが,ブログを更新するのにこれほどの時間が空いてしまったというのは,かつてなかったことだと思います。前回のブログの標題が5月30日の「羽生善治永世七冠と名刺交換するの巻」ですから,3週間近くも空いてしまいました。このブログの熱狂的な読者の方々(推定で5800万人ほどは存在すると思われます【笑】)には大変に申し訳ないことをいたしました。
さて,その羽生永世七冠ですが,第76期将棋名人戦7番勝負第6局が昨日終了し,羽生さんは2勝4敗で名人位の奪取はなりませんでした。佐藤天彦名人はこれで名人戦3連覇となります。名人戦にかける佐藤名人の静かなる闘志,心意気は素晴らしく,他方,羽生永世七冠においても相手の得意戦法や研究手順への誘導も決して回避することなく,誠に堂々とした戦いぶりでした。
先日は,日帰りでの福岡出張でした。行きも帰りもANAの航空便を利用したのですが,問題は帰りの便でした。福岡空港18時25分出発の便で名古屋へ帰るはずが,な,何と,「航空機が手配できなかったため」という理由で欠航になってしまったのです。台風とかその他の悪天候で欠航というのなら分かるのですが,そういう理由で欠航になるとは・・・。疲れているのにトホホという気分でしたが,結局は約2時間遅れの便に搭乗でき,名古屋の自宅に戻ったのは午後11時ころでした。福岡空港内では2時間ほど時間をつぶすことを余儀なくされたのですが,ANAからは親切にも3000円分の食事券をいただきましたので,やはり3000円分の食事券をもらった同行者と一杯やり,遠慮なくヒレステーキをいただきました(笑)。
それにしても,サッカー日本代表,あの強敵コロンビアに2-1で勝利!誠に天晴れでした。この結果を誰が予想したでしょうか。この試合は私は行きつけのスナックのテレビでライブで観ていたのですが,日本代表の戦いぶりは素晴らしかったと思います。開始早々,コロンビアの選手が一発退場になり数的有利の状況で首尾良く先制できました。私が素晴らしいと思ったのは,コロンビアに同点に追いつかれた後も日本代表は決して怯むことなく,そして引き分け狙いなどと言った姑息な方針を採用することなく,積極的に攻め続けた点です。
というのも,4年前にブラジルで開催されたW杯のグループリーグの第2戦で,日本はギリシャと戦いました。この試合,ギリシャはやはり退場者を出してしまって数的不利となり,徹底して守備的にプレーしたギリシャは明らかに引き分け狙い(勝ち点1)の方針でした。一方,この時の日本代表も数的有利であったにもかかわらず,その攻めは積極的とは言えず,0-0のスコアレスドローになってしまったのです。世界のサポーターの多くがこの試合を酷いゲーム,つまらない試合などと酷評していました。しかし,先日のコロンビア戦はそうではありませんでした。日本代表は積極果敢に攻めたのです。
さて,問題はその次のセネガル戦です。何となくですが,日本代表は歴史的にアフリカ勢には分が悪い感じがします。4年前のグループリーグでもコートジボアールに敗れていますし,今大会のセネガルはFIFAランキング8位のポーランドに2-1で勝っております。日本代表には,コロンビア戦での戦いを自信にして,勇気をもってサムライのように戦って欲しいものです。
蛇足ですが,スナックで対コロンビア戦を観ていた晩,またまた仲間内で次から次にフランク永井の「君恋し」を歌い合って覇を競いました。私が88点を出して覇者になったことは言うまでもありません(笑)。
いや,本当にビックリしました。長いこと生きていると思いがけなくも貴重で光栄な体験ができるものです(笑)。
現在,名古屋市にある万松寺では第76期将棋名人戦7番勝負第5局の対局が行われております。佐藤天彦名人に羽生善治竜王・棋聖(永世七冠)が挑戦するのですが,その前夜祭の控え室で羽生永世七冠や佐藤名人と名刺交換ができ,ほんの少し会話をするという貴重で光栄な体験をさせていただきました。それに両対局者にはさまれる形で写真に収まることもできたのです。
そのきっかけというのは本当に偶然で,ある披露宴(立食形式)でたまたま同じテーブルに毎日新聞社の偉い方とお話をする機会があり,その時に将棋の話になったのです。ご承知のとおり,将棋名人戦は朝日新聞社と毎日新聞社が共催し,大和証券グループが協賛して開催,運営されております。
私も趣味で将棋を指したりするのですが,何と,その毎日新聞社の偉い方から,「前夜祭」にご招待しますとの有り難いお言葉があり,それに甘えてしまったのです。私としては,会場に大勢詰めかけた将棋ファンの一人として遠巻きに両対局者のお姿をスマホに収められれば良いかなくらいに思っていたのですが,な,な,何と,15分前に両対局者らが在室の控え室に案内され,佐藤天彦名人の隣の席に座ることができたのです。いや,ビックリすると同時に緊張しました。
そのテーブルには日本将棋連盟の青野照市九段(立会人)もおられ,先手・後手の勝率の統計などについて質問させていただいたりしました。佐藤名人は大変に気さくな方で,大勢のファン一人一人と写真に収まる際にも,本当は疲れておられるはずなのに絶えず柔和でにっこりとした表情でした。また同じ控え室には日本将棋連盟の鈴木大介九段(振り飛車の名手)もおられ,やはり名刺交換をして,私は緊張して「振り飛車,頑張ってください。」などと頓珍漢な激励をしてしまいました。
また羽生永世七冠もやはり勝負師としてのオーラがあり,いただいた名刺は写真付きの大変立派なものでした。
両対局者は現在は棋界の最高峰にあって,名勝負を繰り広げています。特に羽生永世七冠は,もしこの七番勝負に勝利すればタイトル獲得数が100に達するという途方もない記録を打ち立てることになります。あの大山康晴十五世名人ですらタイトル獲得数80期,そしてあの中原誠十六世名人もタイトル獲得数64期なのですから,羽生永世七冠の実績の凄さは言うまでもありません。一方,佐藤天彦名人ももしこの七番勝負に勝てば名人位の獲得が3期になり,永世名人の称号獲得に前進します。永世名人になるためには名人のタイトルを5期獲得すれば良いのです。
それにしても,貴重な体験をさせてもらいました。長いこと生きているとたまにはご褒美があるものです(笑)。
前にもこのブログでお話しましたが,私は気が置けない連中と一緒に,よく行きつけのスナックで飲みます。3月12日のブログでもご紹介した,あの昭和の香りのするスナックです。油断すると,たまにゴキブリが「こんにちわ」と挨拶に来る店です(笑)。でも,気の良いママで,お元気でいつまでも私たちのたまり場を維持してもらいたいものです。
さて,最近何かの拍子に知ったのですが,たけし軍団の玉袋筋太郎というお笑い芸人さんは,とにかくスナックという存在そのものそしてその雰囲気,文化が好きで,一般社団法人全日本スナック連盟を設立し,同連盟の会長さんとしてスナック文化の啓蒙活動を行っているそうです(笑)。彼は「浅草キッド」というコンビを水道橋博士さんと一緒に組んでおります。正直,水道橋博士さんについてはあまり良い印象はありませんが,この玉袋筋太郎さんはさわやかな江戸弁でしゃべり,明るくてそれでいて折り目筋目はしっかりしていそうだし,何となく良い人っぽくて好印象でした。
そうですか,全日本スナック連盟の会長さんですか(笑)。スナックをこよなく愛好するその気持ち,分かるような気がします。スナックへ行く時にはすでに腹ごしらえも終わり,酒もそこそこ入り,みんな気分良く入店しますからね。そこでは談論風発,冗談ばっかり,そして歌唱の巧拙は抜きにして楽しくカラオケで歌いますからね。私の行きつけのそのスナックでは,何と将棋も楽しめます(なお私は,仲間内では「名人」と呼ばれております)。
ところで,玉袋筋太郎さんの芸名の由来を知って思わず笑っちゃいました。もう大分昔のことですが,たけし軍団の中で弟子の芸名を付けるための宴会が催され,彼は最後の方になってしまい,売れ残りの芸名の中から選択せざるを得ない状況に追い込まれたようです(その芸名候補はいずれも北野武師匠考案にかかるものだったようです)。その時に残った芸名というのは僅かに3つだけで,「シロマティ」,「蟻の門渡哲也」,「玉袋筋太郎」でした。
こ,これは究極の選択です(爆笑)。
私なんかは熱烈な読売巨人軍のファンですから,かつて4番を打っていたウォーレン・クロマティのことはよく知っていますし,ホームランを打って1塁ベースを踏んだ後のあのガッツポーズは忘れもしません。でも,クロマティをもじった「シロマティ」では,巨人ファン以外にはそれほどのインパクトはなく,一生名乗る芸名としてはどうかと思います(その意味では,日本国の内閣総理大臣を長期にわたって務めた佐藤栄作氏の氏名をもじった,俳優の佐藤B作さんは特に高齢者にはインパクトがあるでしょうね)。
次に,「蟻の門渡哲也」というのはやはり論外でしょう。部位が部位だけに,あの名優渡哲也さんに対して失礼です。
こういった消去法で,彼は究極の選択の結果として「玉袋筋太郎」を選んだのです。しかしこれも相当に勇気がいる行為であり,今となっては英断でした(笑)。ご本人の当時の心境が知りたいものです(笑)。さて,一説によると,名付け親の北野武さんも,そしてご本人の玉袋筋太郎さんも,あの公共放送局であるNHKの放送において,ちゃんと正式な芸名である「玉袋筋太郎さん」と呼び上げられたり,表示されるのを悲願としていたようです。NHKと言えば,英国でいえばBBC放送に相当しますものね(笑)。
でもさすがに格調高いNHKとしても躊躇,逡巡があったのか,その後はなかなか正式な芸名を表示せず,「玉ちゃん」などとお茶を濁して表示していました(笑)。
しかしながら,その悲願はとうとう平成24年2月5日に放送されたNHK佐賀放送局のローカルニュースで達成されました!(笑)嬉野温泉で開催された「全国スナックサミット」のニュースを読み上げるアナウンサーが「玉袋筋太郎さん」と画面上のテロップとともに,この名前をちゃんと読み上げてくれたのです(笑)。ご本人も後日この悲願の達成を誇らしげに語っております。
何だか,今夜もまたスナックで飲みたくなっちゃいましたね(笑)。
割と長めの連休も終わりました。若干の連休ボケも手伝って,本日もとりとめのないお話をさせていただきます(笑)。
まず,4月2日に起こった左足中指の骨折については,その後順調に骨もくっつき(癒合し),ほとんど普通に歩くことができるようになりました。その証拠に,この連休中にゴルフを3ラウンド行い,スコアが戻ってくるのにはもう少し時間はかかるものの,早くも1か月でゴルフができるようになったのです。本当にありがたいことで,「日にち薬」とはよく言ったものです。
5月3日には日帰りで東京へ行きました。その用向きの具体的な内容は内緒ですが,東京駅に着きましたら,いつものように八重洲地下中央口から少し行った所にある旭川ラーメン「番外地」で私の定番の塩バターコーンラーメンをいただきました。東京へ行った時には必ずといってよいほどここを訪れるようになり,もう20数年になります。
いついただいても本当に美味しいラーメンです。そしていつもの女性店員さん,少し窶れた感はありますが,綺麗な方で優しい中にもテキパキした接客で,これもありがたい・・・。「一つカウンター席が空いてますので,こちらへどうぞ。」と優しく招いてくれました。シャイな私はこの店のカウンター席が好きなのです。
さて,この日の本題となる用向きを終えて(感動をいただいて),帰りの新幹線(のぞみ)の出発時間まで2時間ほどありましたので,これも定番のコースになっている銀座の山野楽器でクラシック音楽のDVD探しをしました(上野の鈴本演芸場で落語を楽しむ時間的余裕はもちろんありません)。
時間的に少し焦りはしましたが,満足のいくDVD2枚の買い物ができました。1枚目は,ピアニストとして世界的に高い評価を得てきたあのマウリツィオ・ポリーニのインタビューを交えた,そしてこれまでの足跡を辿った音楽DVDです。1960年,18歳でショパン国際ピアノコンクールでの優勝シーンも観ることができますし,この時の審査員であったアルトゥール・ルービンシュタインの勇姿も拝見できます。ポリーニの生演奏については,私も30代の時に上野の東京文化会館で2度鑑賞できましたが,早いものでポリーニももう今年で76歳なのですね。もう日本に来演することはないのかしら。
もう1枚の音楽DVDは,フランスで活躍した往年の名ピアニストたちの懐かしい演奏が盛りだくさんのものでした。これも満足のいくものです。ヴラド・ペルルミュテール,イヴォンヌ・ルフェビュール,ロベール・カサドシュなどの演奏です。どれもこれも素晴らしい。
イヴォンヌ・ルフェビュールという女流ピアニストについては,当時はヨーロッパ最高の女流ピアニストとの評価が高かったのですが,教育分野の方に力を入れ,演奏活動は一時的なものにとどまったという事情がありますので,その演奏場面の映像に接することができるこのDVDは貴重です。このDVDで何を演奏していたかというと,ベートベンのピアノソナタ第31番です。いやあ,ベートーベンのピアノソナタ,特に後期は素晴らしいですね。この第31番のフーガの部分は感動ものです。このルフェビュールは教育分野に力を入れたということですが,彼女の門下には,あのディヌ・リパッティ,そしてサンソン・フランソワなど錚々たるピアニストがおります。
それにしても良い買い物ができました。
新年度も始まり,散りかけではありましたが桜の下,私としても気持ちを新たにするとともに,のどかな感じで過ごしてはおりました。しかしながら,春風駘蕩とはいきません。
みなさんに悲しいお知らせがあります。生涯で2度目の骨折をしてしまいました(泣)。私も仕事柄,依頼者のために交渉等で骨を折ることはありますが,今度は本当の骨折です(笑)。左足の中指を骨折してしまいました。
人生何が起こるか分かりません。事務所の中で割と真面目に仕事をし,急いで椅子から立ち上がって移動しようとした時,床に置かれていた固い物に左足を相当に強くぶつけてしまったのです。
「まあ,こんなこともあるわ。」とあまり事態を重視してはおらず,その日は仕事を続けていたのですが,夕方になって次第に患部が腫れているように感じ,また痛みも強くなってきましたので,靴下を脱いで見てみましたら,何と,左足の中指が変形しているではありませんか!(泣)。
これはいかんということで,翌日の朝一番で整形外科を訪れました。レントゲンを撮ってもらいましたら,骨が折れておりました。応急的に固定してもらいましたが,靴ではなく当分はサンダル履きで生活しなければなりません。スーツにサンダル・・・(笑)。どうやって裁判所に行けばよいのやら。何と言い訳すればよいのやら。当然のことながら楽しみにしていたゴルフもキャンセルです。あとは夜にビールを飲むことくらいしか楽しみというものがありません。
気分転換に,4月4日はナゴヤドームに行って,我が栄光の読売巨人軍を熱狂的に応援してきました。しかしながら,こんな弱り目に祟り目の私をあざ笑うかのように,巨人打線は僅か2安打,今シーズン1勝もできていなかった中日ドラゴンズに初勝利をプレゼントでしたわ。この試合を観ていていろいろと思いました。長野外野手は以前からホームベースから相当に離れて打席に立っているなと思っていたのですが,改めて見てみますと,やはりそうでした。あれではいつも外角責めをやられて討ち取られているように,外角のボールには手が出ないか,カットするのが精一杯で,外角に落ちるボールは空振りです。でも,喜ばしいこともあります。期待されていた若手の岡本和真内野手が打撃で大ブレイクしておりますし,昨シーズン打率1割台に低迷していた小林捕手の打率がこれまでのところすごく良いのです。春の珍事というべきか(笑)。
貧打巨人にイライラしながらドームで自棄ビールを飲んでいたところ,急に短めのスカート姿のとても綺麗な若い女性が近くに来て,何やら準備をしていたと思ったら,大きなカメラがこっちに向けられたのです。そうです,私はオーロラヴィジョンに連れの人たちと一緒に映ったのです。これは痛快でした。
それにしても,早く骨がくっつくと良いのになあ。
早いものでもう3月ですね。名古屋も次第に暖かくなってはきましたけど,昨夜はこの季節に台風が来たのかと思ったほどの風雨でした。また,明け方には短時間ではありましたが稲妻と雷鳴がありました。正に春の嵐でしたね。
さて,ここのところ相次いで著名人の訃報を耳にします。個性派俳優の大杉漣さんの訃報にも驚きましたし,その素晴らしいお人柄でしょうか,早すぎる死を惜しみ,また悼むコメントがとても多く寄せられているようです。そのコメントの内容を読みますと,全体に共通しているのがとても気配りのできる優しい人だったということでしょう。
うちのカミさんは何に対して興味を示すのか予測のできないところがありまして,数年前にあるドラマのエキストラに応募したことがあります。そして,うちのカミさんもそのドラマの撮影現場に赴き,エキストラ(その他大勢役)として参加し,休憩か打ち上げで設定された会食(中華料理店)の場で,大杉漣さんから実際に声を掛けられたことがあったそうです。
その時,大杉漣さんはエキストラの皆さんが料理に手を付けるのに遠慮がちであったのを察したのかは分かりませんが,エキストラが座っていた各テーブルをマメに回って食事を勧めてくれたり,声を掛けたりしてくれたようなのです。その振る舞いがごく自然で,気配りのできる優しい人柄が横溢していた感じだったとのこと。
気配りのできる優しいお人柄だったという多くの方々の追悼コメントは,やはり真実を語っているのでしょうね。
合掌。
人間,いつもポジティブな考えができたり,振る舞ったりすることなどできません。私も時にはネガティブな考えや気分に陥ることもあります。
今年は東京や名古屋でも積雪があるなど相当に寒く,本当に冬らしい冬になりました。1月も終わり,2月に入りましたが,私の自宅に置かれている芸人ヒロシの「まいにち、ネガティブ~前向きじゃなくても生きていける~」という日めくりカレンダーの「1日」のページには次のようなことが書かれています。
「『苦しいときほど笑え!』笑えるくらいなら、とっくに笑っています。」
確かにそのとおりです(笑)。そしてその補足説明として,次のようなことが書かれております。
「無理なポジティブ・シンキングなんて、そのぶん苦しさが増すだけです。そのときなりに、自然に生きればいいと思っています。」
た,確かにそのとおりかもしれませんが,だんだんと芸人ヒロシのネガティブ・シンキングという蟻地獄に足を取られそうで恐くもあります(笑)。
弁護士に限らず,どの職種でも職業人として要求される資質は「誠実さ」です。絶対にこれを欠くようなことがあってはならず,またこれを欠くような言動もいけません。私も仕事柄,悩みや問題を抱えた依頼者のために毎日頑張っており,「誠実」であることを常に心がけております。ただ頑張り過ぎて疲れてしまうこともあり,時にはヒロシのように半ば達観して肩の力を抜くことも必要だなと思います。
ちなみに,このヒロシの「まいにち、ネガティブ」という日めくりカレンダーは,我が家ではトイレの中に置かれております(笑)。