先日,二泊三日で河口湖に行ってまいりました。もちろん河口湖の広大で風情のある湖面に癒されに行っただけではなく,ゆったりと温泉に浸かり,あの雄大で偉容を誇る霊峰富士の神々しい姿を見るために・・・。
特に不平も言わずに付いてきてくれ,常日頃家事などで大変お世話になっているカミさんの労に報いる気持もありました。思い起こせば,結婚して37年になります(笑)。こんなめんどくさい私に特に文句も言わずに連れ添ってくれました。本当に頭が下がります(笑)。奇特な方といえば奇特な方(もちろんこれは本来の意味どおり褒めております)。この旅行の真ん中の日には,東京で一人暮らしをしている娘も合流してくれました(日帰り)。新宿から高速バスに乗って1時間45分くらいで河口湖まで運んでくれるんですね。
実はいつも新幹線で東京まで行くときには,私もカミさんも車窓から富士山の美しい姿を見逃すまいと目を凝らすほど,富士山という存在が好きなのです。もう6月に入っていますから,冠雪した富士山の姿は望めないかなとも思っていたのですが,頂上付近は冠雪していました。実に美しい姿です。河口湖の湖面と温泉は私たちを癒してくれますし,富士山の美しくも雄々しい姿は,私たちの士気を鼓舞してくれ,また霊感を与えてくれます。
旅行の真ん中の日には,三人で洒落たレストランでパスタのランチをいただき,ロープウェイで河口湖半の山に登り,改めて富士山と河口湖の雄大な景色を楽しんだのです。そりゃ海外旅行も良いけど,本当に日本国内には是非行くべき佳い場所がいっぱいありますし,つくづくこの日本というのは観光資源に恵まれていると思います。今回は特に露天風呂に浸かりながら富士山などの美しい姿を楽しめるのですから。
さて,本来は良い気分のままこのあたりで本文を締めくくりたいと思ったのですが,いわゆるオーバーツーリズムのことに触れない訳にはまいりません。今回の河口湖旅行でも,少なくとも三島駅から河口湖までのバスの中,そして河口湖界隈については,もう日本人を探すのが至難の業といった風情であり,外国人観光客でごった返しておりました(苦笑)。内心ではホテル内の朝食バイキング会場やお風呂(温泉)でマナーの悪い外国人客のために不愉快な思いはしたくないなと恐れておりました。今回の旅行では,恐れていたほどではなく予想よりはマシだったし,大きな被害はありませんでしたが,朝食バイキング会場とお風呂の脱衣場で少し不愉快なことがありました。敢えてどこの国の人とは言いませんが(笑),マナーの悪さで有名なかの国の人だと思われました。
苦言を呈したいことは,ホテルや旅館はインバウンド需要(消費)を大歓迎しているのかもしれませんが,現状ではオーバーツーリズム気味であることは間違いなく,インバウンド消費の対GDP比は僅か0.7%程度にしか過ぎません。行楽地や宿泊施設でマナーを守らず,乱暴狼藉をはたらく外国人旅行客を「ウェルカム」しているばかりでは,本当に日本の文化,伝統に触れたい,癒しを求めたいと願う日本人旅行客が逃げてしまいますよ。端的に申せば,お風呂に入る時にかけ湯もせず,ドボンと入ったりするマナーの悪い外国人と一緒の湯船には入りたくありません(笑)。争うようにして料理を取ったり,食い散らかしたり,料理の前で大きなくしゃみをしたりする人たちと一緒に食事などしたくないのです(笑)。
外国人観光客ばかりをあてにしたホテルや旅館には行きたくないし,景勝や神社・仏閣などの観光資源はみんなのものです。なかなかに表現が難しいのですが,敢えて我儘を言います。心から日本の文化,伝統,情緒に触れたい,癒しを求めたいという日本人旅行客をもう少し大切にしてよと。
「浪花のモーツァルト」と呼ばれていた作曲家のキダタローさんが亡くなりました。今でも耳に残っているインパクトのあるCMソングも多く,傑作「アホの坂田」(オマージュ作品)の作曲者でもあり,飄々とした語り口も印象に残っております。ご苦労様でした。ご冥福をお祈りいたします。
先日の産経新聞の産経抄でも触れられていましたが,キダさんは「僕は〝浪花のモーツァルト〟と呼ばれてますけどモーツァルトは大嫌い。」,「ああいう一見、冷(ひや)こい音楽は嫌いです。ショパンみたいに、切ったら血がガーッと出るような情熱のほとばしる音楽やないと。」と仰っていたようです。以前にもこのブログで書いたことがあるんですが,実は私もモーツァルトの音楽は好きではなく,バッハの音楽がことごとく感動を与えてくれるのとは対照的に,これまでモーツァルトの曲で感動した経験というものがないのです(笑)。
もうそれくらいにしておけと言われそうですが,平成20年にノーベル物理学賞を受賞した益川敏英さん(故人)も,「モーツァルトは《天才》ではなくて《天才的》なの。だから嫌いなの。つまり、やりっぱなしで磨きをかけてない。推敲(すいこう)してないんです。」と仰っていましたね。
本当にバッハの音楽を聴いていると決して大げさではなく涙が出てくるほど感動することがあるのに,残念ながらモーツァルトの曲ではそんな経験がなく,敢えて言うならば,「レクイエム」くらいでしょうか。まあ,もちろん好き嫌いの問題でしょうけどね。
それにしても大阪・関西万博のマスコットキャラクターの「ミャクミャク」ですが,誠に失礼ながら全然可愛くない(笑)。やはりとても好きになれない。どうしても(笑)。新幹線の車体にも本数限定で「ミャクミャク」がプリントされるようですが,その姿は血管を連想させ,やはり異形なのです。本来イベントのマスコットキャラクターというのは「くまモン」みたいに可愛くないとね。もともと日本の文化は鳥獣戯画の昔からゆるカワなのですよ。
逆に,このたび発表された大阪・関西万博のイタリアのマスコットの「イタリアちゃん」はよくできていますね。可愛いし,感心しました。本来はこうでなくっちゃ。
立憲共産党,いや失礼,立憲民主党の蓮舫なる人物が今度の東京都知事選に出馬するとのこと。いやー,凄いことになってまいりました。小池百合子のいわゆる学歴詐称問題と蓮舫のいわゆる国籍(二重国籍)詐称問題の対決と相成りました。
世の中には面白いことをいう人があるもので,思わず笑っちゃいました。というのも,東京都議の上田令子さん,「やれやれ、黴びたお饅頭二つに割って左右どちらか食べろと言われてもという都知事選挙になりそうですなぁ」だって(笑)。
至言というのは,いかにも正しいところを言い当てた言葉のことをいいます。楽しみな連休を前にして,最近自分の心に響いた先人の至言をいくつかご紹介します。それぞれの至言をご紹介する前に,なぜ私の心に響いたのか,その背景事情を括弧書きで簡単に補足説明させていただきます(笑)。
(衆議院議員東京15区補選が盛り上がっておりますね。東京弁護士会の北村晴男先生が二度にわたって熱烈な応援演説をされたように,私としても日本保守党の飯山あかり候補を心から応援しています。もう今の自民党議員は本当にダメですが,だからといって「政権交代。」と銘打ったあの「悪夢のような民主党政権」の再来のような状況はごめん被ります。鳩山由紀夫,菅直人などといった面々の数々の悪政を思い出しつつ・・・(笑))
⇒ 「バカな大将、敵より怖い」(武井正直)
⇒ 「活動的な馬鹿より恐ろしいものはない」(ゲーテ)
(昨年の今頃は私も大病を患い,今では幸いにして元気ですが,その頃は早晩訪れる死というものをどのように受容していくべきかということも真剣に考えていたのですよ・・・(笑))
⇒ 「死期は序を待たず。死は、前よりしも来らず。かねて後(うしろ)に迫れり。人皆死ある事を知りて、待つことしかも急ならざるに、覚えずして来る。沖の干潟遥かなれども、磯より潮の満つるが如し」(吉田兼好,徒然草第155段)
⇒ 「死を恐れる者は、生きている人間に相応しいことを何もしないであろう。しかし、死ぬことは人が母体に宿った瞬間の定めであることを知る者は、この原則に従って生きる。と同時に、更に同じように強い精神をもって次のように言い切るであろう-生じくるもののなかに何一つ突然の出来事はない-と。」(セネカ)
⇒ 「我々は静かに人間の宿命に堪えなければならない。いくら医学がひかえていても、我々は老いるように・衰えるように・病気になるように・できているのだ。」
「とにかく、お前は病気だから死ぬのではない。生きているから死ぬのである。死は病気の助けを借りなくたって、立派にお前を殺すのである。」(モンテーニュ,随想録:関根英雄訳)
さてと,今度の連休は人によっては大型なものとなりますね。私もそこそこ大型です(笑)。気が置けない友人たちと,ゴルフだけでも4ラウンドを予定しております(笑)。
晩酌の時間帯は至福の時ですが,そういう私でも週に1,2度は休肝日を設けていますよ。だって,私の場合は決して深酒はしないけど,働きづめでは肝臓がかわいそうじゃないですか。亡くなった母が「しじみの味噌汁は肝臓にいいんだよ。」とよく言っておりました。私はしじみの味噌汁が実は大好きなのです。
しじみの味噌汁を夜に味わえるのであれば,週に3回の休肝日でもよいと思っております(笑)。以前はよく出張で島根県に行っていたのですが,宍道湖産のしじみの美味いこと。でも,しじみにはやはり季節はあるのでしょうか,近くのスーパーでは最近あまり見かけません。いっそのこと通販のお取り寄せで宍道湖産のしじみを手に入れて味噌汁の具にしようかとも思っております。コンビニでもカップでしじみの味噌汁が売られていますが,原産国の表示がなく不安です。私は日本産でなければだめなのです。そういえば,よく家族と一緒に東北旅行もしていたのですが,青森の十三湖産のしじみを使った「しじみラーメン」もお土産に持って帰りました。これも美味しかった。
ところで,しじみの味噌汁を食す時,みなさんはしじみの身まで食べていますか。貝の肉の部分です。確かに小さな身まで食べるのは面倒でもあり,全部とまではいきませんが,私はもったいないのでできるだけ食べるようにしています。たんぱく源にもなりますしね。でも,しじみの味噌汁といっても,しじみはあくまでも出汁を取るものであって,身は捨ててしまうという考えも強いようですね。
先日の産経新聞の「産経抄」では,太宰治の短編小説「水仙」に少し触れられていましたが,お金持ち,上流階級ではしじみの身まで食べる習慣はないのだそうな(笑)。その小説では,貧しい小説家が資産家,名家に招かれ,つい酒が進んで調子に乗り,高貴なご婦人にお酒を勧めてしまい,「いただきません。」と冷淡に断られてしまう。酔いがさめた小説家はごはんをいただくことになり,しじみの味噌汁も添えられた。小説家が一生懸命に小さなしじみの身まで食べていると,そのご婦人から「そんなもの食べて、なんともありません?」と言われる。この名家ではしじみは出汁をとったら捨てられるものと扱われており,そのご婦人も悪意なく驚いただけであった。でも,小説家はこの時,酷い恥辱を受けたと感じた。
もちろんこの「水仙」という小説は,短編ではあっても人間の内面をえぐるもっと深い内容の小説なのですが,どういうわけか「しじみ」の一件が頭に残ってしまいます(笑)。でも私は,何と言われようと,休肝日の夜のしじみの味噌汁は,できるだけ小さな身まで食べてしまおうと思っております。オルニチンだって含まれているようですしね(笑)。
さてさて,今年も税務申告の季節がやってまいりましたが,先日何とかこれを済ませました。やはり我々庶民にとっては重税感がありますね(笑)。今,政倫審の開催をめぐって混乱しておりますが,この度のことはもともとは政治資金パーティー券裏金問題に端を発しております。
報道によれば,5年間の収支報告書への不記載の金額は,自由民主党の安倍派が総額約13億5000万円,二階派が3億8000万円に上っております。これって政治資金規正法違反の問題だけでなく,還流,配分されたお金は課税所得ですよね。彼らは申告したのでしょうか(笑)。
先日,岸田首相は国民に向けて適切な納税を呼びかけました。そのお膝元の岸田派でも不記載額は約3000万円だったと報道されています。いったい,どの口が言うねん(笑)。そういえば,先日の産経新聞の産経抄には,民主党時代の鳩山由紀夫元首相の贈与税問題が記載されていました。彼が実母から毎月1500万円,総額12億6000万円もの贈与を受けていたにもかかわらず,贈与税を納めていなかった事件です(その後指摘を受けて申告)。そんなこともありましたね。「選良」と言われている人たちがこの体たらくです。それにしても,確かに納税は国民の三大義務であることは認識してはおりますが,ああ,この重税感。
話はガラッと変わりますが,先日私の親しい友人のTさんのことを書きましたね。そう,彼が言うには,最近ちあきなおみの持ち歌である「喝采」という曲のメロディーが頭の中でぐるぐる回って離れないという話です。実は先日,昭和の香りのする行きつけのスナックで一緒に飲む機会があり,とうとうカラオケで歌う彼の「喝采」を耳にする貴重な機会を得ました(笑)。
し,しかし・・・完全に音程がずれているのです(爆笑)。親しい友人なのですから,彼の人柄は申し分ありません。しかしながら,この「喝采」を歌っている時の音程のずれの度合いは途方もない域に達しており,受け狙いでわざとやっているのかと疑うくらいです(笑)。ママも私も涙が出るくらい笑ってしまいました。一体全体,最近彼の頭の中をぐるぐる回って離れないその「喝采」のメロディーというのは,ちあきなおみが歌うメロディーなのか,それとも彼が実際に歌うメロディーのどちらなのだろうかという素朴な疑問もわきます。ただ,彼の名誉のために申しておきますが,彼の歌う「ミスブランニューデイ」(サザンオールスターズ)は素晴らしいのです。「喝采」の時は突如として発作が起こるようです。
先日久しぶりにタイ古式マッサージに行ってまいりました。オール日本人スタッフのその店は,惜しまれて亡くなった十八代目中村勘三郎さんが名古屋公演の時にはよく訪れていた店です。いや,本当にタイ古式マッサージというのは気持ちのよいものですね。割引券もあったので思わず火曜日に2週連続で施術を受けに行ってしまいました。
幸いにしてその店のオーナーで,技術的に最も優れていると思われるスタッフにやってもらうことができました。技術的にはどうしても優劣がありますし,どうせなら上手な人にやってもらいたいですものね。タイ古式マッサージの特徴は「SEN」と呼ばれるエネルギーラインに従って施術されていくようですが,その上手な方は明らかにその原則に従った,それを意識した施術をしてくれるのです。みなさん,一度タイ古式マッサージを体験されてみては。
最近では休日に「AbemaTV」で将棋や麻雀の番組を楽しむことが結構ありますが,日曜日に何気なくチャンネルを操作していましたら,たまたま「なつかしアニメ80’s」という番組で「忍者ハットリくん」が放送されていました。いやー,本当に懐かしいわ(笑)。私は忍者ハットリくんの顔が大好きで,本当に可愛いのです。弟のシンゾウも。
でもいつだったかもう記憶にありませんが,かなり昔に「忍者ハットリくん」が実写化され,生身の人間が演じる映像を見て,とてつもない違和感を覚えた経験があります。漫画やアニメのイメージと全然違うのです。その時私は,テレビドラマや映像として実写化することが必ずしも成功するとは限らないのだなとつくづく思いました。何と言いますか,表現が難しいのですが,原作漫画はそれだけで自己完結的に小宇宙を構成し,その世界だけで満足なんだというものが絶対にあると思います。
実写化といえば,最近漫画「セクシー田中さん」の原作者の芦原妃名子さんの訃報が報道され,状況からして自裁ではないかと言われており,各界に大きな波紋を広げています。私は「セクシー田中さん」という漫画も原作者の芦原さんのことも,それまで全く知らなかったのですが,調べてみますとこれまで人気作品を数多く世に出し,素晴らしい業績を残されています。50歳というまだ漫画家として働き盛りであったのにこのような不幸な結末となり,本当に心が痛みます。
経緯の詳細,そして真実は分かりませんので,勿論私も軽々なことは言えませんが,これまで報道されている内容からすれば,やはり原作者とドラマ化した日本テレビ(プロデューサー)・脚本家との間で相当の軋轢が生じていたことは間違いないようですね。関係者間の鬩ぎ合いとでも言うのでしょうか。
ドラマ化を許諾するに当たって,原作者は「必ず漫画に忠実に」,漫画がまだ完結していない以上は,ドラマオリジナルの終盤についても未完の漫画に以後の影響を及ぼさないように「原作者があらすじからセリフまで」用意する,場合によっては原作者が脚本を執筆する可能性があることなどが条件とされていたということのようです。
しかしながら,原作者のX(旧ツイッター)によれば「毎回、漫画を大きく改編したプロットや脚本が提出されていた」ようであり,全10話のうち第1話から第8話まで原作者が加筆修正などして相当に疲弊し,第9話と第10話については時間的制約がある中で原作者自身が脚本を書くという異例の事態になっていたようです。
原作漫画が実写化(ドラマ化)する過程では,当然ながら複数の関係者が関与しそれぞれの立場というものがあります。主に漫画の原作者,出版社,テレビ局のプロデューサー,脚本家です。これは一般論ですが,漫画の原作者にも原作への愛情,こだわりが強く,原作から少なからず逸脱した場合にはこれを許容できないタイプもいれば,実写化されるのであれば自分のビジネスにも結び付く,そこそこ内容的に改編されても基本的には映像のプロにお任せするというタイプもあるでしょう。
一方,テレビ局のプロデューサーは最高責任者であって,予算,スケジュール,キャスティング,脚本家,演出家などを統括する立場です。スポンサーなどの手前視聴率を考え,どうやったら視聴者受けがするかを熟知した映像コンテンツ製作のプロなのですから,いきおい現場は自分に任せて欲しいということになります。
さらに,脚本家としては,やはり作家なのですから,一応原作に忠実であろうとはするものの,作家のプライドとしてある程度は自分のオリジナリティーを出したい,原作そのものを文字化するだけなら脚本家の存在意義が失われるという意識があるでしょう。
報道されている経緯からすれば,原作者の芦原さんはやはり「セクシー田中さん」という作品に,当然のことながら自己の分身(自分の子ども)ともいえるほど愛着があり,一定以上は譲歩できないという強いこだわりがあったのだと思いますし,それは私も十分に理解できます。多くの漫画家がそうであるように,机に向かってコツコツと作品を練り上げ,繊細な職人タイプだったのではないでしょうか。
今回は当然契約が存在したのでしょうし,契約内容はもちろん私には分かりませんが,一般的に原作者には著作者人格権というものがあります。この権利が内包するものの一つに,著作者は著作物の内容やその題号を勝手に改変されない同一性保持権があります。もちろん第1話から第8話までもこの著作者人格権の侵害はないのでしょうが,原作者の芦原さんはこの著作者人格権(同一性保持権)を文字どおり保持するために脚本に手を入れたり,再三にわたって要望を伝えるなどして疲弊してしまったのかもしれませんよ。いずれにしても,このたびのことは返す返すも残念です。
ネットで調べていましたら,関連した記事が出ていました。漫画「おせん」が2008年に日本テレビでドラマ化されたことがあり,これも原作内容からむちゃくちゃに逸脱した内容の脚本,番組づくりがなされたことが問題となり,原作者がこれにショックを受けて一時的に漫画の連載が中断したという出来事があったようです。
今回日本テレビのドラマ「セクシー田中さん」の公式サイトで,各回の脚本は原作者の意見をもらいながら話し合いを重ね,許諾をいただいた脚本を決定原稿として放送したという趣旨のコメントが発表されていますが,今後の再発防止のため今回の製作過程について虚心坦懐に調査し,改善すべき点は改善するなどしていくことが自局のためになるのではないでしょうか。また,これも一般論ですが,当然脚本家も作家である以上オリジナリティーを発揮したいでしょうが,原作に全く拘束されたくないのであれば,何もないところから一からオリジナル作品を自ら創作することも一考です。
今回は,長文誠に失礼いたしました。
波乱の一年の幕開けというのでしょうか,元日早々,激甚災害に指定された能登半島地震が発生しました。お亡くなりになった方々,未だに生死が判明しない方々,その他被災され避難所生活などでとても不自由な生活を余儀なくされている方々のことに思いを致せば,本当に胸が痛みます。政府も自治体も総力を挙げて最善の措置を講じていただきたいものです。
今日は1月17日ですが,平成7年1月17日に阪神淡路大震災が発生した頃のことをふと思い出しました。あれから29年もの年月が経過したのですね。この平成7年という年も自分にとってはいろいろなことがありました。
思い起こせば,この大震災が発生した頃,私は司法修習生であり,平成7年4月には弁護士登録をして弁護士一年生としてスタートしました。この年のカレンダーを見ますと,震災前日の1月16日(月)は振替休日になっており,東京の司法研修所で修習をしていた私は,13日(金)の夕方に新幹線で名古屋の自宅に帰り,この3連休を,カミさんや当時1歳半になる可愛い娘と一緒に過ごしたのです。月に1回程度しか名古屋に帰ることができなかったので,3連休をフルに一緒に過ごし,16日(月)の夕方の新幹線で東京に戻ったことを覚えています。自宅の玄関先でカミさんや可愛い娘とお別れする時はその都度寂しいなと思ったものです。
私が阪神淡路大震災の発生したことを初めて知ったのは,17日(火)の朝,司法研修所の教室で隣の席の女性から知らされた時でした。昼休みに寮に戻ってテレビのスイッチを入れてみますと,阪神淡路地方は火災や家屋の倒壊,高速道路の倒壊など本当に大変なことになっており,生々しい映像を見て大変ショックを受けました。
この年に受けたショックはそれだけではありません。4月からは弁護士としてバリバリ働かなくてはなりませんでしたので,3月の休み期間を利用するしかないと思い,私は3月中旬から虎の門病院に約10日間検査入院をしたことがありました。自分としては早く退院したいなと思ってやきもきしていたところ,同じ病室の初老の男性患者が新聞の夕刊か何かを見て,私に「地下鉄で大変なことになっていますよ。」と教えてくれたのです。3月20日に発生した地下鉄サリン事件のことでした。これはオウム真理教の信者が起こした神経ガスのサリンを使用した同時多発テロでした。この当時私も地下鉄をよく利用していたので,これにも大変ショックを受けました。
またこの年の秋口には,私は扁桃腺の除去術を受けるため,数日間入院したこともありました。
このように,平成7年という年は私が弁護士としてスタートした年でしたが,阪神淡路大震災,地下鉄サリン事件の発生,そして春と秋に二度にわたって入院するなど,激動の一年でした。あれからもう29年も経ったのですね。
みなさま,新年明けましておめでとうございます。本年がみなさまにとって素晴らしい良い年になりますように。
ただこの年頭のご挨拶をさせていただくのに,文言上躊躇せざるを得ないような痛ましい震災が新年早々発生しました。心より,このたびの能登半島地震で被災された方々のご冥福,そしてお見舞いを申し上げます。
さて,正月4日には久しぶりに映画館で家族と一緒に映画の鑑賞をいたしました。「PERFECT DAYS」という日独合作の映画です。封切り前の宣伝で私がこの映画に興味を持ち,是非観たいなと思ったのは,監督がヴィム・ヴェンダースだったからです。彼が監督した映画で私が独身時代に見た「パリ、テキサス」ではナスターシャ・キンスキーが好演し,「ベルリン・天使の詩」ではブルーノ・ガンツがやはり好演していましたね。ヴィム・ヴェンダース監督の映画は少し難解なところがあり,作品の解釈,評価については観た者の想像力,理解力に委ねられる面がありますが,この監督が日本を舞台に日本人の役者を起用した映画を作るのかと興味が湧いたのです。
この「PERFECT DAYS」という映画では,第76回カンヌ国際映画祭で男優賞を獲得したとおり,主演の役所広司の名演が光りました。感動しました。本当にいい役者さんですね。これほどセリフが少なくても,その表情,所作,そして存在そのもので人の心を動かす俳優も希少だなと思いました。
作品そのものも私に少なからぬ感動を与えてくれました。作品に対して何か的確に言葉で表現しようとすると,やはり何か物足りなくてもどかしい感じがして,下手に言葉で表現しない方が良いと思います。でも敢えて一言でいうならば,「心で何がしかの満足感を覚えながら,達観した人生を淡々と生きている一人の寡黙な男」ってなもんでしょうかね(笑)。この映画のポスターをよく見ますと,キャッチコピーとして「こんなふうに生きていけたなら」とあります。うん,確かにそうですね。そんな感じの映画でした。
ヴィム・ヴェンダース監督,既に78歳ですが,次の作品に大いに期待しておりますし,過去の作品も改めて鑑賞してみようという気になりました。
くどいようですが,役所広司,いい役者です。昔はともかく,私は今はあまりテレビも映画も見る機会は少なくなりましたが,日本人の俳優でなかなかに良い役者だなと思っているのがこの役所広司と中井貴一,佐藤浩市です。あとの二人の役者さんは,浅田次郎原作の映画「壬生義士伝」でも好演していましたね。中井貴一は吉村貫一郎役,そして佐藤浩市は斎藤一役でした。
最近ではこのブログでもたびたび登場しますが,先日の産経新聞の「朝晴れエッセー」というコーナーに載っていた作品が面白かったのです。クリスマスイブのお祝いをし,翌朝にサンタさんからのプレゼントを我が子の枕元に置いておくという風習は,クリスチャンが必ずしも多いとはいえないこの日本でも定着しています。私が幼い頃も既にありました。
このエッセイは45歳の女性が投稿し,自分が6歳の頃の苦い思い出を題材にしています。覚えたての字で「リカちゃんハウスをお願いします」と書いたサンタさん宛ての手紙を枕元に置いて期待に胸を膨らませながら寝んねしたのに,翌朝自分が目にしたプレゼントは「国語辞典」だったという,「人生で初めて落胆を知った苦いクリスマス」だったとのこと(笑)。この筆者には現在2人の息子さんがいて,母親として彼らにサンタさんからのプレゼントは何が良いのかを尋ねても,尋ねるたびに欲しいものがコロコロ変わるので「サンタは大変だ。」との記載もあり,なかなかユーモアのある方です(笑)。
さて,私たち夫婦も娘が幼い頃には同じようにこのイベントを踏襲しておりました。何しろ無邪気にサンタさんの存在を信じ,目覚めたときに希望の品を目にした時の娘の喜びようといったらありません。でも娘が次第に成長するにつれ(やはり6歳頃),目覚めて希望の品(プレゼント)を目にした時の娘の表情は,確かに嬉しそうなのですがもっと幼い頃のそれと比べて爆発的な喜びようというよりも,落ち着いていて「ニヤリ」と微笑むような表情になりました。
百発百中,自分が父母に伝えていた希望の品がサンタさんに的確に伝わり,そしてちゃんとそれが枕元に届く訳です。どうしてだろう。娘としては実際にサンタさんの現物に会った訳でもないのですから,いつかは真のカラクリに気づくのでしょう。それがいつ頃だったのか。親として彼女に尋ねたこともありません。いずれにしても娘が喜んでくれればそれで良いのです。
私たち夫婦は娘が幼い頃,東京ディズニーランド,そして名古屋在住でしたから鈴鹿サーキット,ナガシマスパーランド,青少年公園のプールなどによく連れて行ったりしたものです。疲れはしますが,親としても楽しい。子はいろんな乗り物に乗ったり,見たり食べたりするのが楽しい。結局,親としては子供がはしゃいで喜ぶ姿を見るのが楽しいのですよね。
さて,今年一年も国の内外ではやはり激動の一年でした。実は私自身にとっても激動の一年でした。今までにない辛い経験もさせていただきました(笑)。
月並みですが,来年は皆様にとって良い年になりますように,心から祈念いたしております。それでは皆様,良いお年をお迎えください。
また行っちゃいました。デパ地下の「虎屋」のういろうを買いに(笑)。一体全体,ういろうという和菓子には中毒性があるのですかね,それとも私の特異体質かしら・・。我が家の冷蔵庫の中からういろうがちょっとでも消えてしまうと,形容しがたい,筆舌に尽くしがたい寂寥感が生じてしまいます。
先日もマイカーで出張をしたのですが,思いのほかその出張先での用務が早く終わったため,つい魔が差してデパ地下に行って「虎屋」のういろう2本(小倉と白)を買い求めてしまいました。金曜日の夕方でちょっとした解放感も手伝い,つい足を伸ばした訳です。願わくば店員さんがもうちょっと愛想がよければいいんですけど(笑)。それともその日はたまたまかしら。
さて,北朝鮮が「軍事偵察衛星」なるものを打ち上げましたね。相変わらずの「ならず者国家」ぶりです。地方の人民の中には餓死者が出ているというのに,一部報道では,打ち上げ成功を祝し,このぶくぶく太った指導者をはじめとして多人数で豪勢な大宴会を催したということです。弾道ミサイル技術を使用しており,明らかに国連安全保障理事会決議違反に該当します。
先日の産経新聞の「産経抄」では,「国の守り、備えはありや」というタイトルで我が国の防衛体制,そして国民の危機意識に警鐘を鳴らしておりました。そこではスイスの「民間防衛」という防衛マニュアル本のことに触れていました。その存在は私自身も知っていましたが,まだ読んだことはありませんでした。
この「民間防衛」という本は,スイス政府が編んだ冊子(マニュアル)であり,1969年に全世帯に1冊ずつ配布されました。その邦訳版はその翌年に出され,半世紀経った今でも増刷を重ねるロングセラーです。「産経抄」でも引用していましたが,その中には次のようなくだりがあります。
「すべての人々は平和を望んでいる。にもかかわらず、戦争に備える義務から解放されていると感じている人は、誰もいない。歴史がわれわれにそれを教えているからである。」
「われわれは、あらゆる事態の発生に対して準備せざるを得ないというのが、最も単純な現実なのである。」
安全保障の観点から,日本を取り巻く現状,環境には極めて厳しいものがあります。中国,ロシア,北朝鮮は核保有国であり,中距離そして大陸間弾道ミサイルの技術,装備を有しています。「Jアラート」だけでいいはずはありませんよね。「民間防衛」は,敵の核兵器使用等を前提に,「できるだけ地下深い所に」長期避難のできる地下設備の整備が国や自治体の責務であるということを教えてくれていますし,何よりも国の守りは「意識に目ざめることから始まる」と指摘しているのです。