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弁護士ブログ

2014/03/26

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 自宅近くの桜並木はもう桜が満開です。本当に美しい。ここの桜の開花が余所よりもいつも早いのは,品種がソメイヨシノではなくオオカンザクラだからでしょう。ソメイヨシノの花びらよりも色が濃いのです。朝の徒歩通勤・・・桜を眺めながらですと,気分がとても和らぎます。行き交う人の表情もみな穏やかです。

 

 桜という美しい話題の直後で誠に恐縮なのですが,いつもながら韓国という国や民族はつくづく他国の文化や伝統が羨ましいのでしょうか,ソメイヨシノと済州島の「王桜」を一緒くたにして桜は韓国起源だと真っ赤な嘘を言いまくっております。もう,たいがいにせんといけんよ(笑)。済州島に咲いているものとわが日本国のソメイヨシノとは全く別物なのですよ。鉄腕アトムやドラえもん,かっぱえびせんやきのこの山などを平気の平左でパクッたように,何でもかんでもパクッていてはいけません。このお隣の国は,よほど日本の伝統と文化が羨ましく,そして妬ましいのか,はたまたコンプレックスの裏返しなのか,相撲も,空手も,歌舞伎も,寿司も,秋田犬までもが韓国起源だと嘘ばかり広めております。本当にダメです。そういうことをしてちゃ。ウィキペディアで「韓国起源説」というのを参照してみてください。本当に怒れてきますよ(笑)。

 

 私が思いますに,そもそも桜を愛でる文化というものが古くからかの国にあったというのでしょうか。文献があるなら出して欲しい。万葉集においてもそうですが,日本人は古来桜というものをこころから愛し,愛でる心情と伝統があったのですし,桜の木の下で敷物を広げ,作ってきたお弁当などを食べ,楽しくお酒を飲んだりして,つかの間の桜の美しさと儚さを感じてきたのです。風という自然の呼び声に応じていつでもこの世を去る潔さも,この花(桜)に感じてきたのです。国花にもなっております。いくら桜の美しさとこれを愛でる日本の文化が「クール」だと世界中で称賛されるからといって,パクッてはだめなのです。

 

 技術や知的財産でもそうです。韓国という国は,外国から資源や資本財だけでなく「あるもの」を輸入しなければ自国の経済が成り立ちません。その「あるもの」とは,技術と知的財産なのです。GDPのうち,いわゆる「特許収支」(特許等の使用料の収支)について,2011年度は日本は98億1700万ドルの黒字,韓国は29億8100万ドルの赤字なのです。また,技術貿易収支倍率というのは,「技術の輸出額÷技術の輸入額」で計算されるのですが,この倍率が1を下回っているということは,技術の輸出より技術の輸入の方が多いということを意味しています。この技術貿易収支倍率が高ければ高いほど技術力の高い国であるということです。OECD加盟国の中で技術貿易収支倍率の統計を公表している25か国を比較すると,何でも「韓国起源説」を唱えている韓国は,0.33で最下位。我が日本国のそれは4.6であり,25か国中で首位なのです。

 

 先に新聞紙上を賑わした韓国企業のように,東芝の元社員をお金で釣って技術や重要な企業情報を盗んだりしてはいけません。そのようなことをしていては,いつまでたっても付加価値の高い資本財や生産財を生み出せる国にはなれないでしょうし,どこまでいってもパクリの汚名は晴らせないでしょう。基礎研究をおろそかにしてはいけませんし,地道な努力を続けていくのが最善なのです。最近読んだ本の中に次のような一節がありましたが,腑に落ちました。

 

「韓国人は家電や自動車などの最終消費財を製造するのは大好きだが、製品内部の部品製造技術に磨きをかけるなどの『地味な工程』は好まない。結果的に、韓国はお隣の日本などから資本財を輸入することを続け、さらには外国からライセンスを輸入しなければ製造業が成り立たない構造を持つにいたった。」(「愚韓新論」52~57頁三橋貴明著,飛鳥新社)。

2014/03/14

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 もう3月も半ばとなりました。3月とか春はよくお別れの季節とも言われますが,この春,私にも一つか二つお別れがありました。私達日本人はお別れの際に「さようなら」という言葉を口にしますが,今朝の読売新聞の「編集手帳」というコラムには「さようなら」という言葉の語源のことなどが記されており,日本語の美しさを改めて思いました。

 

 「さようなら」の語源については諸説あるようですが,有力なものは接続詞の「さらば(そうであるならば)」から「左様ならば」にまで遡り,「(別れることについて)そうならなければならないならば」という意味を有し,どうしても別れなければならないのならば残念だけど(名残惜しいけれど)お別れですねと,別れを惜しむ心情が表されているというのです。

 

 大西洋単独無着陸飛行(1927年)を成し遂げたのはチャールズ・リンドバーグで,その夫人はアン・モロウ・リンドバーグです。実はこのリンドバーグ夫妻は1931年に調査飛行で日本に来ています。離日の際,多くの日本人が横浜埠頭まで見送りに来て,口々に「さようなら」と言って別れを告げました。リンドバーグ夫人はその時のこと,そして「さようなら」という言葉について「これほど美しい別れの言葉を私は知らない。」と述べ,次のように記しています。

 

「さようなら、とこの国の人々が別れにさいして口にのぼせる言葉は、もともと『そうならねばならぬのなら』という意味だとそのとき私は教えられた。『そうならねばならぬのなら』。なんという美しいあきらめの表現だろう。西洋の伝統のなかでは、多かれ少なかれ、神が別れの周辺にいて人々をまもっている。英語のグッドバイは、神がなんじとともにあれ、だろうし、フランス語のアディユも、神のもとでの再会を期している。それなのに、この国の人々は、別れにのぞんで、そうならねばならぬのなら、とあきらめの言葉を口にするのだ」(「翼よ、北に」アン・モロウ・リンドバーグ著)

2014/03/10

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 1か月以上空いてしまいましたが,先週の土曜日はゴルフをやりました。3月とはいえ,まだ上旬ですから寒くはありましたがコンディションはそれほど悪くはなく,和気あいあいと楽しくラウンドできました。スコアの方はというと,大体いつもどおりですね。し,・・・しかし,勝負の面では大波乱が起こりました。いつも勝負して連戦連勝だったIさんという方に,グロスで6打も敗北してしまったのです。

 

 失礼ながらIさんに負けるとはこれっぽっちも思いませんでした(笑)。だって,これまで感覚的には12勝1敗くらいのペースだったんですもの。やられました。勝負に油断は禁物ということです。Iさんは正に有頂天で,可愛いほどでした(笑)。クラブハウス前で別れる際には,「肩が落ちてますよ。次頑張ればいいじゃないですか。」と慰めとも,ちょっかいとも受け取れる言葉をかけられる始末です。まあ,次はいつもどおり思い知らせてやりたいと存じます(笑)。地力の差を見せつけるしかありません。

 

 いよいよ女子プロゴルフも開幕しましたね。昨年度賞金女王の森田理香子選手は,首位に2打差の2位タイに終わりました。最終日は私もテレビで見ていたのですが,何しろ惜しかったのは16番のパー3の短いパーパットを外して首位に2打差にしてしまったことです。まさか外すとは,という短い距離でした。見ていて思わず「あっ!」と言ってしまったくらいです。プロでもああいうことがあるんですね。油断したということはないのでしょうが,少し無造作に打ってしまった感じです。あれでパーセーブしていたら,最終18番ホール(パー5)を1打差で迎えることができ,2オンを狙えるほどのパワーヒッターの森田選手ですから,バーディーは計算でき,プレーオフに持ち込むことが可能だったのに,本当に残念でした。というのも,2打差だからチップイン狙いのため強く打たざるを得ない状況に追い込まれたからです。

 

 勝負に油断は禁物で,将棋の世界にも頓死というのがあります。うっかり詰みを見落として詰まされてしまうことです。加藤一二三九段は何かと周囲を笑わせることで有名ですが,2007年のNHK杯将棋トーナメントの羽生善治対中川大輔戦の解説をやっていた時,加藤九段は頓死の筋を発見し,その時の発言がとても面白い。

 

 「あ、あれー!?あれ、あれ、待てよ、あれ、あれ、おかしいですねぇ?あれ、もしかしてトン死?・・・(長いので中略)・・・ありゃ?あれ?あ、いや、これトン死かもしれません。・・(長いので中略)・・これは・・・詰ん、詰んでますよ。んー、ですねきっと。ピャアーッ」(爆笑)

2014/02/28

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 カレーが食べたいと思ったら,カレー屋さんにまっしぐらです。私の場合は・・・。わき目も振りません。今日のお昼は自分の中では何が何でもカレーが食べたくて仕方がなく,直行いたしました。

 

 でもね,あれはいけません。極めて残念で不愉快でした。ランチには少し早い時間帯でしたから,そのカレー屋さんにはお客がまだ4人ほどしかおらず,どのお客さんも食べている最中だったり,食べ終わっていましたので,厨房の中のその担当者は私に出されるカレールーを鍋で温めたり,混ぜたりしていたことは間違いがないのです。しかし,あろうことかその担当者は大きな声で一発くしゃみをしたのです。どきっ,としました。そしたらまた二発目の大きなくしゃみ・・・(汗)。ホントに勘弁してよ。二発目を耳にした時は,思わず「もう,いいです。」と言って帰りたくなりました。

 

 もちろん彼は咄嗟にその鍋から顔をそむけ,地面に向かってくしゃみをしてはおりましたが,何とも気分が悪いものです。厨房内でのくしゃみ,あれはいけません。生理現象だからどうしようもないじゃないかと抗弁されそうですが,調理にたずさわる者はそういった有事に備え,いつでも口を覆うハンカチやフェイスタオル様のものを用意しておくべきです。特に悪びれもせずハンカチ等で覆いもせず,大きなくしゃみを,しかも二度にわたってするものではありません。

 

 まあ,カレー屋のその彼は悪意でそのようなことをした訳ではありませんから許すしかないのですが,アメリカのカリフォルニア州のグレンデール市に住む韓国系住民の中には許しがたい連中がいます。彼らが票と献金欲しさの地元議員を籠絡して,訳の分からない「従軍慰安婦像」なるものを同市内に設置させたことは新聞でも報道されており,私としても極めて不愉快なのですが,現地(グレンデール市)では,「日本人だと分かると,ラーメンにつばを入れられた」,「韓国系レストランで,冷めた白いご飯しか出されなかった」,「(現地の学校に通う日本人子弟らが)韓国人の子供に,食べ物につばを入れられた」という被害報告が次々になされております(産経新聞)。

 

 以上の被害報告は,日本の地方議会の議員団が現地で調査した際に報告されたものです。同市(グレンデール)では,韓国系住民が約1万2000人に上るのに対し,日系住民は約100人と圧倒的に少ないようです。でも人数が圧倒的に少ないからといって,そして捏造された事実に基づく独自の歴史認識と徹底した反日教育のなせるわざとはいえ,このような卑劣な嫌がらせを受けるいわれは全くないはずです。仮に日系住民が現地で圧倒的な多数だとしても,日本人だったらそのようなことは絶対にしないでしょう。恥というものを知る民族ですから・・・。本当に気分の悪い事態です。

 

 さて,不愉快な気分を何とか切り替えて,明日のJリーグの開幕戦,名古屋グランパスの奮戦に期待しましょう。ここ数年は全く組織として機能していない試合ぶりだったのですが,果たして明日はどのような内容の試合をしてくれるのか。少し長い目で見守っていきたいと思います。

2014/02/27

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 私は,昔も今も,近鉄特急に乗って三重県方面の裁判所に出張することがたまにあります。ついこの前も津の裁判所に行きましたし,一昨日も伊勢の裁判所に行ったのです。

 

 特急電車に乗っていて思いましたのは,最近は旅行者が増えたな,特に伊勢神宮に参拝に行かれる人が増えたなということです。近鉄の駅のうち,宇治山田で降車される人が特に多いと思います。みんな手に伊勢名物「赤福」餅をぶら下げています(笑)。

 

 そういえば,私もある方から誠にかたじけなくも,伊勢神宮の参拝券をいただいております。有効期限は特にないということですが,近々行かなければ・・・。いや,春風に誘われて是非伊勢神宮に行きたいのです。あの荘厳な雰囲気に触れたいと思います。

 

 「何事のおわしますをば知らねども かたじけなさに涙こぼるる」

 

 これはかの西行法師が伊勢神宮を参拝した際に詠んだ歌です。日本人の宗教観がよく表されておりますね。ああ,ちょっと今は忙しくて何ともなりませんが,もう少ししたらカミさんと一緒に伊勢神宮に行って参ります。

 

 それにしても,新聞の広告にあったのですが,「綾小路きみまろ爆笑!スーパーライブin伊勢へ行こう!」というのがありました(笑)。そして思わず噴き出してしまったのは,このツアーは何と「18歳未満の方は参加できません。」とされていたことです(爆笑)。一体全体,どんなネタなんでありましょうか。18禁だそうです。18歳未満のお子さんと親御さんとを切り離してしまうなんで,ホントに罪なツアーです(笑)。

2014/02/26

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 今朝の新聞を読んでおりましたら,中国の大気汚染はもはや地獄の様相を呈していますね。あれは本当に人が住むべき所なのでしょうか。画像で見てもとても酷いことになっているのが手に取るように分かります。大気が灰色で,すぐ近くの地点でも見通しが悪い状況です。

 

 記事によると,中国国内でモニタリングが行われている161都市のうちPM2.5の濃度が重度汚染以上のレベルになったのは57都市に上り,その平均値は何と150マイクログラム/㎡以上ということです。このうち15都市では250マイクログラム/㎡を超えたというのです。やはり,さながら地獄のようです。

 

 PM2.5の基準値に関しては,我が国(日本)では1日平均で35マイクログラム/㎡を超えた場合には呼吸器系あるいはアレルギー疾患のある人を対象に外出時のマスク着用,帰宅時の目洗い,うがいなどを促しておりますし,70マイクログラム/㎡を超えた場合にはすべての人を対象に外出や激しい運動を控え,部屋の換気などを最小限にすることなどを呼びかけています。でも,昨日もそうでしたが日本全国を見渡せば,大陸由来のPM2.5の濃度がかなり高くなっている地域が相当にあります(福知山市,新潟市,岩国市,長岡市,鯖江市,天理市,広島市などなど)。本当に迷惑な話です。

 

 中国共産党は対外的に我が物顔で威張りちらし,膨張と衝突と威嚇とプロパガンダ(もちろん虚偽事実の吹聴)を繰り返していますし,領域内の少数民族や自国の人民にまでも人権弾圧を繰り返しています。もっとやることが他にあるだろう,と言いたい。そう・・・,まずは人民に安全な水,安全な空気,安全な食品を確保するのが最優先課題だろう,ということなのです。それらは国家としてなすべき最低限のことです。

 

 2月25日,中国を訪問していたスウェーデンのビルト外相は,「空気が不快だ。」,「スモッグが数日で消え去ることを心から願っている。気分が悪く,有害だ。」とコメントしています。

 

 ホントに・・・,中国は月面探査機を打ち上げている場合ではないでしょう。

 

 ・・・・・・・・・・・・あれっ?そういえば,昨年末,中国は月面探査機を飛ばしましたね。中国はテレビや新聞で,世界で3番目に月面への着陸に成功したとこれみよがしに報道していました。中国大好きの朝日新聞などもドヤ顔で報道していました。・・・でも,その後続報というものが全くありません(笑)。あれから月面に到達したという探査機はちゃんとお仕事はしているのでしょうか(笑)。そもそも本当に月面着陸に成功したのでしょうかね。

2014/02/24

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 日曜日の夕方は,外出していない限り,NHKの「猫のしっぽ カエルの手」という番組を観ております。出演されているベニシア・スタンリー・スミスさんという方は,京都の大原の古民家で暮らしているイギリス人女性ですが,何とも言えない精神的な奥深さを感じ,思索的で芯の強い方のように見受けられますし,何よりも日本の文化に完全に溶け込んでおられ,かつ,日本の文化を高く評価してくれているようで,何やらとても嬉しく思います。この番組を見終わるといつも何かほんのりとした気分になるのです。特に彼女のエッセイが良いですね。

 

 彼女の出自は伝統ある英国貴族の家系ですが,心が満たされなかったのか,19歳でインドなどバックパッカーとして世界を放浪する旅に出ます。そして1971年に九州南部に辿りついて以降は日本で過ごすことが多く,1996年からは京都・大原にある築百年を超える古民家に移り住み,豊かな自然や優しさ溢れる人間関係の中で余生を送られています。

 

 日本という国,人,自然,文化,歴史,伝統については,そこに住む日本人にはその良さがそれなりに分かっているとは思うのですが,外国人から評価されることをきっかけに,改めてその良さを再認識するということは確かにあると思います。NHKの「猫のしっぽ カエルの手」という番組を観ていてもそのように感じます。「逝きし世の面影」(渡辺京二著,平凡社ライブラリー)という本は,これまで私が読んだ本の中でも特に印象的で正に名著というべき著作ですが,江戸末期,明治時代に訪れた諸外国の外交官,軍人,文化人らが当時の日本及び日本人に接した率直な感想,描写がこれでもか,これでもかと紹介されています。自然の豊かさ,人々の表情の明るさ,子どもをかわいがる親,おおらかな風俗(混浴,行水など),礼儀正しさ,民度の高さ,優しさと思いやりの心,工夫された愛らしいおもちゃや工芸品,簡素で清潔な生活スタイル,清貧などなど・・・。

 

 この番組は,ベニシアさんの京都・大原の住まい(古民家)での日々の生活(ハーブ栽培,造園,手料理,地元の人々とのふれあい,知人との交流,自然探索)をテーマとするものが多いのですが,2月9日(日)放送のこの番組は「祈りの道~熊野古道・高野山~」というタイトルでしたし,2月23日(日)放送のそれは「雪国のぬくもり~福島県会津地方~」で,いずれもベニシアさんが遠出の旅をしながら日本の豊かな自然に触れ,旅先での人との交流を通じて触れ合い,感動を新たにするというものでした。海外旅行ももちろん興奮しますし,刺激もあり,楽しめることは勿論ですが,こういう番組を観ておりますと,改めて日本の豊かな自然と文化を再評価することができます。

2014/02/19

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 冬の季節に入ってからもう大分経ったような気がしますが,出勤時に街を歩いていて,今が一番寒いと感じます。本当に「立春とは名ばかりで」という時候の挨拶のとおりです。

 

 さて,そのご夫婦を見かける時は,たいていは奥さんがこれから出勤しようとするご主人を見送る場面です。私の自宅近くにある銀行員の社宅と思われる共同住宅の門の前に奥さんが立ち,50メートルほど先にある曲がり角でご主人の姿が見えなくなるまでずっと見守っておられ,その曲がり角の所で必ずそのご主人と奥さんが再び向き合い,互いに手を振って別れるのです。40歳代前半と思われるそのご夫婦の間では,ごく自然にそのような振る舞いができるのでしょうし,結局はお互いが感謝し合っているからでしょうね。朝,いつ見かけても微笑ましく思います。

 

 手前味噌になりますが,我が家でもそのような伝統はあり,家族の誰が出かけても,また家族の誰が帰宅しても,玄関ドアの所まで他の家族が「(行ってきます)行ってらっしゃい」と見送り,他の家族が「(ただいま)お帰りなさい」と出迎えます。誠にありがたい伝統だと思っております。

 

 さて,感謝といえば,産経新聞の社説でも指摘されていたように,今回のオリンピックの表彰台こそ逃しましたが,スキージャンプ女子の第一人者,17歳の高梨沙羅選手も,ワールドカップで勝ち星を重ねるごとに,競技の振興に今まで力を尽くしてきた先輩女子ジャンパーへの感謝を口にします。私も以前から気づいていましたが,彼女はインタビューを受ける際,いつでも「今の自分があるのは先輩たちのお陰です。」とのコメントを欠かさないのです。いつも謙虚だし,いつも感謝の気持ちを表します。素晴らしいことだと思います。

 

 ある記事で読んだのですが,元女子スキージャンプ選手で,現ジャンプ女子日本代表コーチの山田いずみ氏が過去を振り返って仰るところによれば,今から20年ほど前は「女子にジャンプは不可能」という偏見があり,アスリートとしての未来は簡単には描けず,大会出場は断られ続け,試合開始前の試技にとどまることが多かったようです。山田いずみ氏が中学生の頃,長野県飯山市の大会で女子の部が設けられたが,出場者は彼女ただひとりで,どんな成績であっても山田氏に渡ることがわかりきった優勝賞品としてティアラが用意されていた。しかし,山田氏に続いて葛西賀子が女子ジャンプ界に現れ,渡瀬あゆみや伊藤有希らもこれに続いていく。女子ジャンプ界の先駆者たちは偏見と闘いながらも,ともに団結して女子ジャンプ界を盛り上げてきた。

 

 ワールドカップ等で今や押しも押されぬ第一人者になった高梨沙羅選手は,若年ながらもそういう苦難の歴史を十分に知っているからこそ,「先輩」への感謝をことあるごとに口にするのでしょう。

2014/02/14

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 また日本国中が大雪に見舞われていますね。名古屋に限って言えば,今年二度目の大雪です。東海道新幹線や在来線でも運休や遅れが出ているようです。影響を受けた方々はお気の毒です。

 

 実は昨日は東京出張でした。一日ずれていたら私もダイヤの乱れの影響をまともに受けるところでした。昨日はお昼頃に東京駅に到着したのですから,当然のように,ごく当たり前のように,そして夢遊病者のように八重洲中央地下の旭川ラーメン「番外地」で塩バターコーンラーメンを食べました。少し行列ができていて待たされたのですが,食券を売ってくれるいつものご婦人は割と綺麗な方で感じが良く,ラーメンも美味しかったので,ここで列に並ぶことは特に苦になりません。

 

 昨日の東京家庭裁判所でのお仕事は遺産分割調停の事件でしたが,その日の話し合いは思いの外早く終了し,次回の調停期日を決めて同裁判所を後にしました。普段ならば必ずどこかに寄り道をしていくのですが,この日は特に寒く,また私の懐具合も極寒状態で(笑),お小遣いも僅少でしたので,しぶしぶ帰途につくことになりました。新幹線の中でチーズかまぼこを肴にエビスビールをいただく程度のささやかな贅沢をしただけです(笑)。

 

 さて,大阪市長の橋下徹氏は「出直し選挙」をするつもりですね。しかし大義がなく税金の無駄遣いと言わざるを得ません。「大阪都構想」のための区割り案の確定が進捗しないから「民意を問う」と言ったって,そもそも議会の議員構成が変わらなければ結論も変わらないでしょう。もともと彼が求める民意というのは「ふわっとした民意」であって,熟慮に熟慮を重ねた賢明な民意などではなく,少し前に言われた「B層」的な民意,あるいは「大衆の反逆」でオルテガが述べたところの「大衆」の民意なのでしょう。実は橋下という人に求められているのは,大阪市長として任期途中でその職務をほっぽりだすことではなくて,与えられた任期を全うし(大阪市が抱える問題は「都構想」だけではないはずです),市長としての日々の職務遂行に加え,彼が標榜する「大阪都構想」の実現に向けての粘り強い交渉,説得だろうと思います。

 

 もっとも,二重行政の排除などを目的とする「大阪都構想」ですが,私は少なくとも「都」という名称には反対です。「都」というのは皇居が存在し,天皇陛下が御座(おわ)します場所を意味する以上,東京都だけなのです。

 

 先日の読売新聞の「編集手帳」の次の記事には感心しました。本当にうまいことを言うものです。

 

「〈「ふ」を「と」へと橋下棋士が秘策練り〉。歩(府)が〝と(都)金〟に成る妙手は、いまだ見つからない。」

2014/02/12

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 読売新聞の朝刊には月に1回ペースでしょうか,「五郎ワールド」というコーナーがあり,特別編集委員の橋本五郎さんの記事が掲載されています。正直言ってピンと来る時とそうでない時とがありますが(笑),2月8日の記事は大変興味深く読ませていただきました。7年前に腎臓がんのために46歳の若さで亡くなられた哲学者池田晶子さんの生前の思い出や(私も池田晶子さんの思索に富む著作に一読者として触れたことがありました),その死の直前に出版された対談集の池田さんとの対談者であった大峯顕さん(大阪大学名誉教授)の発言などが紹介され,生きることの意味について改めて考えさせられました。

 

 実は私も晩酌しながら,うちのカミさんや娘に「死ぬことはあまり怖くない」,「いつ死んでもそれほど後悔はないだろう」などと強がりを言うことがありますが,果たして今際(いまわ)にも同じ考え,気持ちでいられるだろうかと思うと,疑問です。

 

 プラトンは,哲学とは,そして「ものを考える」とは,「死の練習」だと言ったそうです。そして,「自分にはいのち根性がない」,「私、死ぬのを怖いと思ったことがない」というのが哲学者池田晶子さんの口癖だったそうです。対談者の大峯顕さんに対しても「(死ぬことよりも)つまらない生を生きる方が怖い」とも仰ったそうです。でも池田さんが亡くなる4か月前に,大峯さんに届けられた池田さんの手紙の中には,「ひとつ気がついたのは、例の”いのち根性がない”ということ、生きようとするのは執着なのだと私はずっと思っていたのですが、どうもそうではないようですね。人が生きようとするのは意志、生命本来の意志として肯定さるべきことのようなのです」という言葉が記されていたとのこと。

 

 これを読んだ大峯さんは大いに喜び「明るい孤独な思惟の中で池田晶子の長い旋回はついにその最終的な局面に入っていたに違いない」と思われたそうです。なるほど・・・。私も晩酌などをしながら,あんな軽口をたたくものではないとつくづく反省させられました。そんなことをしている暇があったら,ハイデッガーの説く「本来的時間」を生きようとしなければなりません。

 

 橋本五郎さんは,大峯さんから次のようなエピソードも教えてもらったということもその朝刊の記事に書いていました。

 

 江戸時代後期に仙崖義梵という臨済宗妙心寺派(古月派)の禅僧がいた。辞世に「老師、一句書いてください」と色紙を渡され,どんな覚(さと)りの言葉を書くのかと思ったら,何と「死にとうない」だった。これでは示しがつかないと困った弟子は「老師、もう一言何か」と頼んだら,小さな字で「ほんまにほんまに」と書いた。

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