本当になぜなのか分かりませんが,先日ふっと,平成元年に亡くなった父のことが思い出されました。それも,父がどこかから買い求めてきた額縁入りの「東照公遺訓」を壁に掛けたシーンです。思い起こせば,ちょうど父が今の私の年齢に達するかどうかといった時期でした。これを衝動買いしたのか,それとも前々から欲しかったのかは知りませんが,父なりに何か思うところがあったのでしょう。少なくとも彼は,それまでの自分の人生から得た教訓,経験から,この「東照公遺訓」に強い共感を寄せていたに違いないのです。
「人の一生は 重荷を負うて遠き道を行くが如し 急ぐべからず 不自由を常と思えば不足なし 心に望みおこらば 困窮したる時を思い出すべし 堪忍は無事長久の基 怒りは敵と思え 勝つことばかり知り 負くる事を知らざれば 害その身に至る 己を責めて人を責むるな 及ばざるは過ぎたるに勝れり」(東照公遺訓)
亡き父がこの額縁入りの「東照公遺訓」を壁に掛けた当時は,私もまだまだ若く,あまりピンとは来なかったのですが,この歳になってみて,この「東照公遺訓」に共感を寄せていた父の気持ちが今では分かるような気がしております。
私ももう歳を取りましたし,体力的にも衰えを感じており,昔のようにあまり仕事に無理が出来なくなってきました。それでも自分や家族の生活もあり,生きている以上は人間らしく,楽しく暮らしていかなければなりません。正に「人の一生は 重荷を負うて遠き道を行くが如し」です(笑)。
このように足取りは決して軽くはなく,むしろ重く,そして長い道のりあるいは傾斜のある丘を歩いているような感じの時は,バッハの「マタイ受難曲」の第52曲のアルトのアリア(この頬の涙が)と,第57曲のバスのアリア(甘い十字架)を思い出してしまいます。この2曲は正にこういった状況を表現するにピッタリの曲です。この2曲に共通する点は,「フラット圏の短調という調性の選択、付点リズムの支配、低声部の独唱、中・低音域の偏愛など」です(「マタイ受難曲」380頁,礒山雅著,東京書籍)。とりわけ,付点のリズムの支配が特徴的で,付点のリズムは長い道のりや傾斜のある丘を登って行く情景を表現するにはピッタリなのです。それにこの2曲は,マタイ受難曲の中でも特に好きな曲で,旋律も美しい。
疲れているせいか,今日はまとまりのない内容となってしまいました(笑)。もう,どうにもまとめようがありません(爆笑)。
みなさん,当然試してみましたよねっ!みなさん,実際に聴いてみましたよね?えーっ!試してない?実際に聴いてないのー?
そりゃいけませんわ。前回のブログでジョルジュ・ムスタキのことを書きましたが,名曲「私の孤独」も紹介しました。こんな佳い曲,何で聴いてみないの?インターネットで「ムスタキ 私の孤独」とキーワードを入れて検索してみれば,その動画がユーチューブにアップされておりますですことよ。私が高校時代でしたか,強く印象に残った曲なのです。押しつけがましいことは重々承知ですが,実際に聴いてみてください。
ああーっ!我が栄光の読売巨人軍,澤村投手が相変わらず同じ間違いを繰り返しております(笑)。この選手は聞く耳を持っているのでしょうか。味方の選手が初回の攻撃に入る前の段階で,相手攻撃の場面で先頭打者を歩かせるわ,ボールが先行するわ,投球数は多いわ,ランナーは溜めるわ,挙げ句に3ランを浴びるわ・・・。ただでさえ今のジャイアンツ打線がこの季節のように湿っているのに,初回に3点を取られてしまっては,味方選手も気が萎えてしまいますわね。
澤村投手は,5回までで何と113球です。ヒットは3本しか打たれてはおりませんが,6四死球です。初回の3ランだって,ランナーを溜めて,相対するバッターにはボール先行で1-3のカウント。次にストライクを取りに行ったボールをホームラン。これではいけません。同じ失敗を繰り返しております。阿部捕手の「野手も疲れるだろ」というコメントが全てを物語っております。
先日,ある画家の先生から「強くあれ、巨人。」という名前の本格芋焼酎をいただいておりました。私はそれを思い出し,敗戦が濃厚となったテレビ中継を観ながら,水割りで思わずそれをあおってしまいました(笑)。
意地悪な言い方ですが,今の名古屋グランパスがどれほど弱いのか,実際にテレビ中継を観て確認させていただきました。土曜日の対セレッソ大阪戦がBSで生中継されていましたので,この目でとくと確認してみたのです。素人の私がこれまでこのブログで生意気にも指摘していたとおりの試合内容でした。誠に残念ながら,攻撃面での組み立てがほとんどできていないだけでなく,実は組織的な守備もほとんどできていません。2点目の失点のシーンには愕然としてしまいました。
私はといえば,先日のゴルフではドライバーが絶好調で,自分にとっては記録的な好スコア。宿敵3名を勝負強く下しました(笑)。名古屋グランパスも私を見習っていただきたいと思います。
ところで,フランスの歌手,ジョルジュ・ムスタキが亡くなりましたね。寂しい気がいたしました。私が高校生時代だったでしょうか,ムスタキの「私の孤独」という曲が日本でも大ヒットしまして,私もこの曲がとても好きでラジオなどでよく聴いていたのを覚えております。大変なつかしい気がいたしました。調べて見ると,ムスタキは若い頃,あのエディット・ピアフとごく短期間恋人関係にあったという意外な事実も分かりました。ムスタキはギリシャ系ですが,ギリシャといえばその頃やはり日本でも人気があったナナ・ムスクーリという女性歌手がおります。自分の高校生時代,彼女の歌にも聴き惚れておりました。私の姉は,その当時はいろんな音楽を聴いていたようで,カーペンターズやムスタキやムスクーリの曲を勧め,教えてくれたのが姉でした。ショパンやバッハばかりを聴き,クラシック一辺倒だった私に「もっといろんな音楽に触れたら?」という感じで教えてくれたのでしょう。
懐かしいと言えば,日曜日の晩,ロバート・デ・ニーロが一躍有名になった「タクシー・ドライバー」という映画がBSでやっておりました。デ・ニーロという人は名優ですね。年齢を経るほどにそう感じますし,この「タクシー・ドライバー」という若かりし頃の主演作を観るにつけ,あらためて名優だと思います。最初にこの映画を観たときはビックリしましたが,ウィキペディアでも表現されているように,元海兵隊のタクシー運転手が,腐敗しきった現代社会に対する怒りや虚しさ,逃れられない孤独感から徐々に精神を病み,ついには自分の存在を世に知らしめるために過激な行動に出て行く姿が,鬼気迫るタッチで描かれております。この映画も大変なつかしい気がいたしました。
わが栄光の読売巨人軍,最近ちょっとおかしいですね。打撃面でも投手力の面でも,「ああ,強いな。」とは思えなくなってきています。昨夜も缶チューハイを飲みながら,我が家で巨人対楽天戦をテレビで見ていたのですが,1-2になった直後にチャンネルを変えてしまいました。逆転するような気配がなかったからです。
投手の澤村拓一選手の投球は,相変わらずですね。昨日テレビで見ていてつくづく思ったのは,「独り相撲」が多いということです。いつもそのように感じております。守っている野手はイヤになるだろうなと心配してしまいます。5,6回で100球を超えることはザラで,ボールとストライクの区別がはっきりしていて,誰も振らないだろうなというようなボールもあり,暴投(ワイルドピッチ)も多い。失敗を恐れてはいけないものの,彼の場合は同じ失敗を繰り返す傾向があり,これはいけません。
でもまあ,我が栄光の読売巨人軍のユニフォームを着ている以上は,ファンの一人として応援していきます。次こそはぜひ頑張って欲しいものです。
失敗という言葉で思い出しましたが,先日の読売新聞の「編集手帳」の記事は大変面白かったです。あのホンダの創始者本田宗一郎さんの幼い頃の失敗談でした。私の小学校時代の頃もそうでしたが,通信簿というのは各学期終了ごとに生徒に渡され,親にちゃんと見せ,親にハンコを押してもらった上で学校に提出することになっておりました。ところが,手先が器用で,成績の悪い通信簿の内容を親に知られたくなかった本田少年は,あろうことか親のハンコを自作(偽造)して通信簿に押してしまったのです(笑)。その成功談を聞いた級友が「おれにも彫って!」と次々に本田少年にせがんだ。
得意になって級友のハンコ作りを引き受けたのはいいけれど,後で先生に呼ばれてド叱られた。「本田」という左右対称の姓ばかりではないことに,うかつにも気付かず,文字が左右逆のハンコで「偽造」が発覚したというのです(爆笑)。これは本田宗一郎さんの親友であったソニー創業者井深大さんが「わが友本田宗一郎」(ごま書房)に書き留めているエピソードです。
本田宗一郎さんの名言(箴言)は多く存在しますが,そのうちの失敗に関する名言をいくつか紹介しましょう。
「私の最大の光栄は、一度も失敗しないことではなく、倒れるごとに起きるところにある。」
「日本人は、失敗ということを恐れすぎるようである。どだい、失敗を恐れて何もしないなんていう人間は、最低なのである。」
「私の現在が成功というなら、私の過去はみんな、失敗が土台作りしていることにある。仕事は全部失敗の連続である。」
この日曜日は「母の日」でした。私も今年83歳になった母に赤いカーネーションをプレゼントしました。また,うちのカミさんに対しても,日頃の労をねぎらって夜はお寿司を取り,家族三人で美味しくいただきました。カミさんの労をねぎらうといっても,私と娘は茶碗蒸しの底に沈んでいた苦手のぎんなんをカミさんに食べてもらいましたが(笑)。
先日,歌手の田端義夫さんが亡くなりましたが,日曜日(母の日)の産経新聞の「産経抄」に書かれていたコラム記事には感動し,思わず涙ぐんでしまいました。朝食後,娘にこの記事の存在を知らせたら,娘もこの記事を読み,泣いておりました。その後カミさんもこの記事を読んだのですが,彼女もまた泣いておりました。
そのコラム記事を変に要約してしまうと感動が薄れてしまうのですが,全部引用することもできませんので,やむなく以下に要約することにします。
「田端義夫さんは,ある曲を歌う前は『この曲を歌うとおっ母さんが恋しくて仕方ないんです。』と述べていた。その曲の2番にある『なつかしき 父のまた母の 膝はゆりかご』の部分にさしかかると,田端さんのほおに涙が光って見えた。田端さんは3歳で父を亡くした。その後は,ひよこの人形作りの内職をする母に育てられた。といっても貧乏なため,9番目の子であった田端さんは,小学校に弁当を持っていけず,遠足の経験もなかった。小学校に通ったのも3年半だけで,13歳で奉公に上がった。普通なら恨みごとのひとつも言いたくなるが,田端さんは逆だった。その著書には,『(奉公のため別れたおっ母さんの)顔が,目が,涙が,それからのわたしの人生の支えになっているのです』と書いた。田端さんは母親に感謝し続け,慕い続けた生涯だった。今日は『母の日』である。かつての日本には貧しくとも,懸命に子供を育てる田端さんの母親のような人がたくさんいた。それがまた,国を支える原動力にもなった。そんな母親たちの歴史を考えることも,この日の過ごし方に思える。」
本当にそのとおりであります。先日の母の日には,私も,娘も,カミさんも,朝っぱらからこのコラム記事を読んで居間で涙を流しておったのであります(笑)。それにしても,娘の涙を見て,この子も成長したなと思いました。少なくとも共感力は人一倍だ,などと親ばか丸出しの評価をしてしまいました。
それはたかだか30分弱という時間でしたが,私にとっては地獄の責め苦のような時間帯でした(笑)。私は刑事裁判の日には時間絶対厳守ということで自動車は使用せず,公共交通機関で移動することにしていますが,名古屋から四日市までの特急列車に乗っての移動中にその「地獄の責め苦」は起こりました。
午前9時50分発の○号車の7番Aの座席に静かに座っていた私は,さて少しばかり車内で仕事をしようかなと思っていた矢先,前方からけたたましい声で「7番,7番だっ!」という中年女性ら(どちらかというと還暦に近い年齢)の声と姿に接しました。迫り来る恐怖といいますか,得体の知れない不安感に苛まれている時間もなく,4人組の中年女性らは私の近くに闖入し,7番C,D,8番C,Dの席にどっかと腰を降ろしたのです。
それからは,その4人組は他の客の迷惑を全く顧慮することなく,大声でしゃべくりまくったのです。私は仕事どころではなく,ただひたすら子羊のように震えながら堪え忍んでおりました(笑)。やがて今度は,その4人組は午前9時50分というのにサンドイッチを大きな口で食べ散らかしておりました。もはや地獄絵です(爆笑)。食べている間くらいはせめて静かになるだろうと思ったのですが,やはり物を口に入れたままの大声の会話が伴っておりました。回りの乗客は一体どんな心境でその姦しい大音声の会話を聞いているのだろうと思いました。もうこの頃には私は,瞳孔が開きかけておりました(笑)。仮死状態になりながら(笑),内心でこの人たちはこの時間にサンドイッチを思いっきり頬張っているが,旦那や子ども達の朝食はちゃんと作ってあげたのだろうかと,余計な心配をしておりました。
一連の食事が終了した後,今度は菓子袋の「シャワ,シャワ」という音がし始め,お菓子をよってたかって頬張り始めたのです。この菓子袋の「シャワ,シャワ」という音はその後ほとんど絶えることがなく,バロック音楽における通奏低音のように,ただし不規則に続いていきました(笑)。やはり私はじっと子羊のように震えながら堪え忍んでおりました(爆笑)。そのおぞましくも大音声のけたたましい会話はその後も容赦なく続きました。あたかも周囲の者を奈落に突き落とすかのように・・・。それにしても,大声の会話,食事,お菓子,大声の会話,大声の会話,お菓子,大声の会話,お菓子,大声の会話,・・・少しは自分達の口に休息を与えてやったらどうかと内心思いました。彼女らの口が過労死してしまわないのだろうかと,全くしなくてもよい心配さえしてやったのです(笑)。
恐る恐る横目で7番Cの座席の人(距離的に私に最も近い)の様子を窺うと,最も地声の大きかったその人は,今度はあろうことかマニキュアを取り出し,姦しい会話を中断することなくそれを爪に塗り始めたのです。サンドイッチの残り香とシンナー臭さがないまぜになった車内・・・。もう,やりたい放題です(爆笑)。静謐を心から渇望している周囲の乗客の人権は蹂躙されたままです(笑)。
このけたたましい中年女性の4人組は,その手荷物の量からして日帰りの旅行を楽しんでいたのでしょう。でもこのマナー面での乱暴狼藉は度し難いものがありました。私は,何とか四日市駅までの30分弱でこの「地獄の責め苦」から解放されましたが,これが1時間も続いていたら,「急性」のノイローゼになっていたでしょう(笑)。
その昔,「オバタリアン」という漫画や言葉が流行りました。最近ではあまり耳にしません。「オバタリアン」という漫画の主人公は,特に世間に対し無神経に迷惑を掛ける存在として描かれておりましたが,これが転じて,一般的に無神経であつかましい中年女性のことを指すようになりました。
「オバタリアン」は今でも厳然と世に生息していたのであります(笑)。劣化した日本人の典型として。
「サウイフモノニ/ワタシハナリタ」くないし,妻や娘にも絶対になって欲しくはありません。
前にもこのブログで触れたと思いますが,年に数回,巨人ファンと中日ファンの同業者(弁護士)が同人数ずつで巨人対中日戦を観戦し,負けた方がその日の夕食をご馳走させられ,勝った方はそのチームのグッズを負けた方にプレゼントし,負けた方は飲食店内で,衆人環視の中でそのグッズを身につけながら食事をしなければならないという集まりがあります(「巨中会」といいます)。
昨夜はナゴヤドームで観戦し,我が栄光の読売巨人軍が接戦をものにして勝利しました(笑)。球場内でも結構飲んでいたのですが,移動したいつもの台湾料理店ではさらに美味しいビールと,ベラボーに辛い台湾ラーメンをいただきました。ペナントレースはまだまだ始まったばかりですが,現在のところはジャイアンツはセ・リーグの頂点におります(笑)。
頂点といえば,今年のドイツのクラブチームは本当に強いですね。ヨーロッパのクラブチーム№1を決めるチャンピオンズリーグは,バイエルン・ミュンヘンがバルセロナを,そしてボルシア・ドルトムントがレアル・マドリードをそれぞれ下し,ドイツ勢同士の決勝戦が行われることになりました。バイエルン・ミュンヘンのロッベンは本当に凄いわ。世界最高クラスのドリブラー,ウィンガーですね。さてさて,ヨーロッパのクラブチームの頂点を極めるのは,バイエルン・ミュンヘンか,それともボルシア・ドルトムントか・・・。
またまた頂点といえば,日本の頂点,富士山が世界文化遺産として登録されることになりました。日本の誇りです。その美しさは万人が認めるところです。万葉集にも出てきますし,古今和歌集にも,そしてその他の古典にも当然のようにたびたび登場し,葛飾北斎の富岳三十六景にもその偉容と山としての様々な表情が描かれております。どうですかね,富士山という存在は,日本人にとっては,その姿を目にした時には決まって感動し,自ずと自分は日本国にいて,そして日本人なんだと再確認させてくれるような特別な存在なのではないでしょうか。要するにそれは日本人にとっては,単なる自然ではなく,原風景であり,「文化」なのです。富士山が世界自然遺産ではなく,世界文化遺産に登録されるのはそういうことからでしょう。今朝の讀賣新聞の記事によると,日本に帰化されたドナルド・キーンさんは,終戦後,海軍の通訳として帰国する船上において,日の光を浴びながら刻々とその美しい姿を微妙に変えていく富士山の姿を見て泣きそうになったそうです。
私が心から愛する名著「逝きし世の面影」(渡辺京二著,平凡社ライブラリー)にも,江戸後期から明治期にかけて相次いで来日した異国人は日本の文明に驚嘆し,富士山の美しさにも感動していたということが記されております。そのうちの一節を引用しておきます。
ミットフォード「午後のひととき、公使館のまわりをぶらぶらと歩いていると、不意に水平線から、なだらかに優美な曲線をえがき、白雪をいただく円錐形の山頂がくっきりと天空にそびえ立つ富士山の全容が、私の目に映った。私は名状しがたい強烈な興奮に駆られた。昨日までは考えもつかぬ狂気にちかい気持ちの高ぶりであった。そして、その時の異常な興奮はいまもなおその余韻がさめやらぬし、おそらく生涯の終わりまで消えることがないだろう。」
世間の皆様は連休を楽しんでおられることと存じますが,私はというと27日も28日も事務所に出て来てお仕事でした。ただ,昨日(4月29日)はようやくゴルフで息抜きをしました。
まぁ,なんですねぇ,これだからゴルフはやめられませんね。前半はいつもどおりのスコアだったのですが,後半は,何と44で回りました。44ですよっ!シングルプレーヤーからすれば,どうということはない数字でしょうが,私にとっては近来まれに見る好スコアなのです(笑)。自分にとっては,松山英樹がプロ転向2戦目にしてツアー優勝を飾ったのに匹敵するような快挙なのです(爆笑)。
どうです,ハーフ44ですよ。思わずしつこいほどに連呼してしまうくらい,最近の私のゴルフはダメだったのです。それにしても私という人間は本当にセコいですよね。ひどいスコアの時は実際の数字を明示せず,成功した時だけ(「ハーフ44!」)明示するというやり方・・・(笑)。かつて中国共産党が核実験で失敗した時は何も伝えず,成功した時だけこれ見よがしに世界に向けて発表するというのと同じです(笑)。しかも私のセコさが凄いのは,ハーフ44とドヤ顔をする一方で,残りの半分のスコアには完全にほおかむりしております(爆笑)。ただ,いずれにしても,ハーフ44ですからね。ようやく美しくも厳しいゴルフコースから,プレーヤーとしての当事者適格を認められたような気分です。
当事者適格といえば,第二次安倍内閣は精力的に活動していますね。このたびの安倍首相とプーチン大統領の日ソ共同声明,そして小野寺五典防衛大臣は訪米し,ヘーゲル国防長官との間で防衛上の諸問題について協議し,成果を上げつつあります。3年3か月続いた民主党政権においては,ルーピーと揶揄された鳩山氏,自ら外交は苦手と言ってはばからなかった「市民運動家」の菅氏,「素人」の一川氏,P3CとPAC3の区別もできず,答弁中に「あー,もしもし」と言っていた田中氏などなど,諸外国は彼らをまともに相手にせず,当事者適格を認められておりませんでした。ようやく日本国政府の首相や関係閣僚が諸外国から当事者適格を認められ,話ができ,本格的な仕事ができる状況になりつつあります。
ちょうど私が,ハーフ44で回り,ゴルフコースからプレーヤーとしての適格性を認められたように・・・(笑)。
前回のブログ記事,「まちぶせ」のお話は読者から結構評判でした(笑)。日本全国6197万5000人も読者がいるということは,心強い限りです(爆笑)。ところで,ユーチューブでアップされている「まちぶせ」(石川ひとみさん歌)の動画中のコメントに,「どうせ『まちぶせ』されるなら,ユーミンより石川ひとみさんの方がいい。」という趣旨のものがありました(笑)。確かに,石川ひとみさんにまちぶせされた場合は胸キュンとなるでしょうが,ユーミンに電柱のかげでまちぶせされた日には,かなり引いてしまいます(爆笑)。でも荒井由実さん(現.松任谷由実さん)は何と言ってもこの「まちぶせ」という名曲の作詞・作曲者です。私はリスペクトしております。
さて,新聞で見たのですが,「将棋電王戦」というプロ棋士とコンピュータソフトとの棋戦があり,5戦してプロ棋士側が1勝3敗1引分け(持将棋)だったようです。5戦目はA級在籍も長い三浦弘行八段対「GPS将棋」(ソフト)で,102手で三浦八段が負かされたのです。
聞けば,この「GPS将棋」というソフトは,東大・駒場キャンパスの約680台のパソコンと接続し,1秒間に約2億7000万局面を読むことができるそうです。でもね・・・,そうまでしてプロ棋士と対局させて何が面白いんでしょうか。それに三浦八段も,ソフト側の対策が遅れているとされている,敵陣3段目以内に玉を進める「入玉」策を狙いながら指し進めたようですが,そうまでして対局すべきではありません。私も中学生から大学生までの間,将棋に夢中になっていた時期がありましたが,非常に面白いゲームである一方で,非常に厳しいゲームです。そんなプロの世界で活躍している棋士に対しては尊敬の念を抱いております。人知の世界での勝負で良いではありませんか。伝統や権威というものを守りたいと思うのです。
主催者の株式会社ドワンゴは,日本将棋連盟に対し,第3回電王戦開催の申し込みをしているとのことですが,おもしろ半分の興業で,そんなの反対です。第1回は当時の日本将棋連盟の会長であった故米長邦雄氏がコンピュータソフト(ボンクラーズ)と戦って敗北しております。亡くなった方のことを悪く言いたくはありませんが,この方は「興行師」であり,俗っぽいところもあったと感じています。「電王戦」なるものはもうこれくらいでいいでしょう。
現役最強棋士の一人である羽生善治さんは慎重姿勢ですし,森内俊之名人も「自分が出ると影響が大き過ぎる」と述べ,現時点では出場に否定的です。そうなんです。そういう配慮が必要なんです。森内さんは第18世永世名人(予定),羽生さんは第19世永世名人(予定)です。約680台のパソコンと接続し,1秒間に約2億7000万局面を読むことができるソフトなんかと対戦する必要などありません。権威というものを守って欲しいと思います。
もう立ち直れないほどの精神的打撃です。ゴルフで,近来まれに見る酷いスコアを出してしまいました。どうでしょうかね,15年ほど遡ったとしてもこんなに酷いスコアを出してしまった記憶がありません(笑)。こんなスコアを出していては,世間の皆様からどれだけハンディをいただいても,ブービー争いに顔を出してしまうでしょう。
思い起こせば,ドライバーも,アイアンも,アプローチも,バンカーショットも,パッティングも,全てがダメでした。
・・・・・・・・・・・・どうしましょうか。ゴルフというものから完全に足を洗ってしまうのも一つの選択肢でしょうが(笑),それではあまりにも悔しすぎるのです。復活の兆しが見えてきたと思ったのに,これですからね。・・・・・取り敢えず,修行のために練習場に行ってみることにします(笑)。
ハンディと言えば,自由民主党は衆議院選挙制度改革で少し変なことをやっているようです。自由民主党と公明党とが合意した改革案は,比例代表の定数を30削減して全部で150にし,そのうちの90議席は現在のままの公平な配分をするけど,残りの60議席は得票数2位以下の政党に優先的に配分するという内容です。
しかし,これはいかにも変でしょう。第1党の政策や実行力に期待して投票したにもかかわらず,60議席分に限ってとはいえ,第2党以下の政党に優先的に議席を配分するとなると,それこそ1票の重みと民意というものが完全に歪められてしまいます。ゴルフでいえば,ハンディを与えてしまうことになります。ハンディだったら私にください!(笑)
これは要するに中小政党優遇策であり,実際のところは連立政権を組む公明党に迎合した案なのでしょう。幸いこのような案には維新などが反対しておりますし,こんなアンフェアな案はすんなりとは通らないのではないでしょうか。それに,昨日の産経新聞の正論欄で拓殖大学大学院教授の遠藤浩一さんがお書きになっていたように,自由民主党にとって,いずれ公明党なる政党は手枷足枷になり,安倍晋三首相が思い描くような憲法改正の障害になってしまうでしょう。時期的には,この第二次安倍内閣の存続時こそが懸案の憲法改正の千載一遇のチャンス(まずは96条の手続規定の改正)なのですから,中小政党優遇などと大人ぶっている場合ではなく,できるだけ強力な与党(できれば自由民主党単独によるもの)を形成すべきなのです。
とにかく,日本を牽引していく政党は現実問題としては自由民主党しかないのではないかと思っておりますが,実は自由民主党の国会議員も,失礼ながら玉石混淆の感がありますし,政策的には道州制の導入など極めて危うい政策もあります。この政党には大いに期待しつつも,絶えず厳しくチェックしていく必要があるでしょう。玉石混淆と失礼なことを申しましたが,だって,あの売国的な河野洋平氏,加藤紘一氏なども元はといえば自由民主党にいたのですから・・。とにかく,日本という国を少しでもまともな国にするには,中川昭一さん亡き後は,安倍晋三さんらが核になっていくしかないと思います。