私の自宅の近くには,毎年一足早く満開になる桜並木があります。ちょっとした名所にもなっており,今年もいつもどおり綺麗な桜を咲かせております。この桜は,オオカンザクラという分類のもので,ソメイヨシノよりは少し濃い桜色です。これはこれで本当に美しいと思います。
自宅近くのこのオオカンザクラの並木道は,例年ですとソメイヨシノの満開時期よりも3週間ほど早く咲き,オオカンザクラが葉桜になった後にソメイヨシノが満開になります。本来はこのように「ずれ」があるはずなのですが,今年はどうしたことかソメイヨシノの満開時期に重なってしまいました。というのも,今年はソメイヨシノの満開時期が例年に比べて相当に早いのです。東京,大阪,神戸,長崎,前橋などでは観測史上2位の早さだったということです。
まあいずれにしても,桜は本当に美しいと思いますし,日本人は,昔も今も心から桜を愛でる民族ですね。桜は日本人が古来から最も愛した花であり,桜そのものやそれを愛でる心情,姿は国民性の象徴でした。その並木道でも思わず足を止めてうっとりと見とれている人や,写真を撮る人がたくさんおります。
「敷島の 大和心を人問はば 朝日に匂ふ 山桜花」(本居宣長)
この本居宣長の歌に出て来る山桜花は,日本古来のもの,ひっそりと咲く野生のヤマザクラでしょうが,これもまた素晴らしい。
さて,土曜日は久しぶりにゴルフをやったのですが,前半はいつもどおりの絶望的なスコアでした(笑)。でも,昼休みにビールをいただき,そしてもう一杯おかわりしましたところ,俄然後半は調子が出てきまして,前半よりも12打も良くなってしまったのです(笑)。後半は,バーディーありで私にとっては最近では珍しいほどの好スコアでした。
さてさて,今週の木曜日もゴルフの予定です。断っておきますが,仕事はちゃんとやっております(笑)。ところが週間天気予報では,ちょうど狙いすましたようにその木曜日が雨模様なのです。アベノミクスによる株価上昇のようにせっかく私のスコアも上向きなのですから,その雨模様の日が,ソメイヨシノの満開時期のように前にずれてくれれば良いのですが・・・。後ろ(金曜日)にずれてくれてもOKです。
首や肩が凝っているな,からだ全体が固くて血流が悪くなっているんじゃないかと感じた時は,私はタイ古式マッサージに行っています。90分くらいじっくりやってもらうと,本当に生き返った心地がします。確かに私の小遣いを圧迫する料金設定ではあります。しかし,世間の狭い私ですがタイ古式マッサージは世界で一番気持ちの良いマッサージではないでしょうか。
先日,そのマッサージの予約時間までにヒマがありましたので,本当に久しぶりに古本屋に立ち寄ってみました。ぶらぶら店内を歩いていると興味深い本がいっぱいありました。「バッハの美学」(ボリス・ド・シュレーゼル著,角倉一朗ほか訳),「わが万葉集」(保田與重郎著)という掘り出し物があり,思わず買ってしまいました。「わが万葉集」(保田與重郎著)は間違いなく読むでしょうが,前者の方は相当に難解です。衝動買いしたはいいものの,少し後悔しております。というのも,外国人の著作は,翻訳によって大きく左右される面があると思われ,私の場合は途中で読むのを諦めてしまうこともあるからです。
例えば,名著の誉れ高く,識者がよく引用する「大衆の反逆」(ホセ・オルテガ・イ・ガセット著)です。これは本当に素晴らしい内容なのですが,哲学者らしくいかにも内容や表現が晦渋です。それに加えて,私はこの本を神吉敬三訳(ちくま学芸文庫)で読み始めたのですが,原著者の表現が晦渋であることもさることながら,この日本語訳もねぇ・・・(笑)。失礼ながら本当に日本語かと思ってしまう箇所もありました。一行一行を読み進めるのに,これはどういう意味なのか頭の中で反芻したり,想像したりしなければならず,読書が遅々として進まず,結局途中で諦めてしまったのです(笑)。一度,別の訳で読んでみようとも思います。
オルテガの「大衆の反逆」という本の中には,次のような指摘,表現があります。
「人間を最も根本的に分類すれば、次の二つのタイプに分類することができる。第一は、自らに多くを求め、進んで困難と義務を負わんとする人々であり、第二は、自分に対してなんらの特別な要求をもたない人々、生きるということが自分の既存の姿の瞬間的連続以外の何ものでもなく、したがって自己完成への努力をしない人々、つまり風のままに漂う浮標のような人々である。」
「・・・今日では、大衆は、彼らが喫茶店での話題からえた結論を実社会に強制し、それに法の力を与える権利を持っていると信じているのである。わたしは、多数者が今日ほど直接的に支配権をふるうにいたった時代は、歴史上にかつてなかったのではないかと思う。」
この本は今から80年以上も前に出されたのですが,大衆の一人である私も自戒を込めてこの指摘,表現を噛みしめております。
「聖域なき構造改革」,「官から民へ」,「コンクリートから人へ」,「政権交代。」などといったワン・フレーズ・ポリティクスといわれる劇場型政治の場面で,大衆は,安易に,しかもマスコミに踊らされる形で浮遊しながら投票行動をしてきました。挙げ句,2009年8月には,あの民主党にあろうことか308議席も与えてしまい,3年3か月というものは日本国と日本国民は辛酸をなめました。本当に懲りました。民主党の残党は,相変わらず国会の委員会における質問においては,唾棄すべきあの政権時代の自己正当化と反対のための反対といった態度に終始しております。民主党はかろうじて日銀総裁と2人の副総裁のうちの1人についてはその人事に同意しましたが,私が総裁適任者として一押ししていた学習院大学教授の岩田規久男先生の副総裁人事には「反対」したのです。やはり私の考えは,いつも民主党とは真逆であることがよく分かりました(笑)。
こんな政党がくれぐれも復活することのないよう,有権者としては,羮に懲りてなますを吹くくらいがちょうどよいでしょう。
東日本大震災から今日でちょうど2年が経ちます。2年前のこの日,私は京都におりまして,夕方のニュースで初めてこの震災の事実を知りました。あれからもう2年が経ちますか・・・。震災・津浪の被害の実情や被災された方々のお気持ちは,やはり当事者でなければ分からないでしょう。私は午後2時46分から黙祷を捧げ,ただただ,亡くなられた方々のご冥福と,被災された方々の気持ちが癒えていくことをお祈りするばかりです。そして,ようやく日本も明るい兆しが見えてきましたし,ちゃんとした政府ができましたので,その主導の下で地域の復興がスピードアップすることを期待しております。
昨晩はBS放送で長嶋茂雄さんの素晴らしさを伝える2時間番組を見て,感動しました。長嶋さんの優しさ,精神的なたくましさを改めて感じました。「練習はうそをつかない。」,「リハビリはうそをつかない。」という長嶋さんの言葉は自己の体験からにじみ出た真実の言葉でしょう。番組を見ていて涙が出てきました。その長嶋さんは,右手が不自由になってしまったため,慣れない左手で色紙に一生懸命に「がんばれ 宮古 長嶋茂雄」というメッセージを書いて宮古市に贈られたのです。それが宮古市役所に飾られたばかりでなく,そのコピーが宮古市内の商店などのいたる所に貼られ,市民の復興に向けての心の支えになっているとのことでした。
東日本大震災の際には,諸外国からとても多くの義捐金が日本に送られました。本当にありがたいことです。南洋の島国モルディブからも,経済的には決して余裕がある訳ではないのに4600万円もの義捐金が贈られましたし,お金のない人たちも地場産業のツナ缶の現物を69万個も贈ってくれたのです。そして,金額の多寡ではないとはいいながら,世界で一番多額の義捐金を贈ってくれたのが台湾です。その額は200億円超です。
当時の民主党政権は,誠に非礼にも,東日本大震災一周年式典で,台湾政府代表者を来賓席でなく一般席に案内し,献花についても指名献花から外し,一般参加者扱いにしたのです。誠に非礼です。日本人として恥ずかしい限りです。さすがに安倍晋三政権はそんなことはいたしません。東日本大震災二周年追悼式では,台湾政府代表者を来賓席へ,そして指名献花へとその接遇を真っ当なものにしました。
台湾といえば,WBCの日本との試合は大変良い試合をしましたね。着実に台湾チームも力をつけておりますし,試合後の台湾チーム監督のコメントも「尊敬する日本」なんて表現もあり,少し嬉しくなりました。そして何よりも,台湾選手の民度の高さといいますか,スポーツマンシップというものを感じました。彼らは東京ドームでの日本との試合終了後,マウンド周辺で円を作り,帽子をとって観客に向かって深々と一礼をしたのです。素晴らしいと思います。
我が家の毎朝の食卓では,ご飯と味噌汁と若干のおかずの他に,納豆とふりかけが多用されます。納豆を多用しているのは主として私と娘,ふりかけを多用しているのがカミさんです。
私も娘もたまにふりかけをご飯にかけて食べるときがあるのですが,うちのカミさんがいつも近くのスーパーで買ってくるふりかけは,昭和の懐かしい味がして本当に美味しいのです。パッケージにはかわいい熊の絵が付けられています。我が家の食卓でそのふりかけを見かけるようになってから相当経った後,うちの娘がそのふりかけのパッケージを見て,ふっと「あれっ?これはくまモンじゃないの?」と言い出したのです。
私もカミさんも,くまモンというゆるキャラはもう全国区で「有名人」でしたから,,まさかこの昭和の薫りのする地味な感じのふりかけに全国区のくまモンが登場するはずはないと半信半疑だったのです。でも,あとでよくよく調べてみると,娘の言うとおり,くまモンだったのです(笑)。いやー,くまモンは大活躍ですね。私も大好きなゆるキャラです。最近では,くまモンの写真集まで出されたようで,中には,くまモンが強引に温泉の女湯に入ろうとするところを,スタッフが必死で止めようとしているシーンの写真もあるそうです(爆笑)。
ゆるキャラといえば,私はリラックマも大好きです。おなじシリーズのキイロイトリも大好きです。キイロイトリは思わず衝動買いし,我が家にあります。大きなやつが。くまモンも,リラックマも,キイロイトリも,見ていると理屈抜きで癒やされます。ゆるキャラをはじめ,日本のキャラクターが世界に割と好感をもって受け入れられているのは(ピカチュウなど),やはり日本人のメンタリティーが大いに影響しているのではないかと思っております。要するに,日本人は基本的には優しいのです。そして何が自分を癒やしてくれ,どんなものを見れば気持ちが落ち着くのかをよく知っている。だからピカチュウやくまモンやリラックマやキイロイトリなどを次々に生み出すことができるのでしょう。
さてさて,くまといえば熊本県。世界に害悪をまき散らしている中国のせいで,大変なことになっております。学者の研究により,中国由来であることが確実なPM2.5が九州などを直撃し,3月5日にはその濃度が我が国の基準値を超えてしまい,熊本県はホームペーなどで県民に外出を控えるように注意喚起せざるを得ない事態になっております。熊本県内の学校では外出を伴う行事や校外での作業等を中止する所も少なからずあったとのことです。菊陽町の小学校では,児童達が楽しみにしていたお別れ遠足会を中止し,子ども達は残念そうに体育館内で弁当を食べていたそうです。山口県でもPM2.5の濃度が国の基準値を超えた箇所が続出したとのこと。中国国内に留まらず国際的な環境汚染,被害になっております。
中国は毎年国防費を10%を超える割合で増大させ続け,衛星破壊実験や領空,領海侵犯などを繰り返し,周辺諸国に脅威を与え続けています。そんなヒマと金があるのだったら,自国の深刻な環境汚染(大気汚染,水質汚濁など)を何とかすべきでしょう。近隣諸国(相手)に悪いと思わないのでしょうか。「相手が悪いと思う中国人 相手に悪いと思う日本人」(加瀬英明,石平著)というタイトルの本を新聞の広告で目にしたことがありましたが,まことに象徴的なタイトルです(笑)。
3月3日は桃の節句,ひな祭りです。女子のすこやかな成長を祈る節句の年中行事です。日本の佳き,微笑ましい文化,伝統です。うちのカミさんは,毎年ひな祭りの約1週間前になると,居間にひな人形を飾り,3月3日その日に片付けます(嫁ぎ遅れ防止のため【笑】)。毎年そうです。
うちのひな飾りは,人形自体は割と大きいのですが二人雛です。三人官女や五人囃子はおりません。でも,内裏雛(男雛,女雛)はいずれも割と品格があり立派です。すごく日本的な風情がございます。
さてさて,毎度のこととはいえ,フジテレビはやってくれましたね。「笑っていいとも!」のミニゲームのコーナーで,あろうことか,扇子を投げてひな人形を次々に倒していくというゲームを芸人らにやらせたようです。射的のように・・・。こんな企画,一体誰がしたんでしょうか。首をかしげずにはいられません。こんな企画が出され,そして行われようとする時,フジテレビのフタッフの誰も疑問に思わなかったのでしょうか。
あたかも射的のように,物(扇子)を投げて次々にひな人形を倒していくという発想,メンタリティーは日本人である私にはとても理解できません。女子のすこやかな成長を祈る節句の年中行事なのに。案の定,視聴者からかなりの数の苦情や批判が寄せられ,翌日からこのミニゲームなるコーナーは,ひな人形ではなく単なるパネルのようなものを倒すゲームに「修正」されました。「転向」したのです(笑)。考えてみれば,ほんの少しの想像力さえあれば,そのような批判を受けることは予想できるでしょう。内裏雛(だいりびな)あるいは親王(男雛,女雛)はそれぞれ天皇と皇后をあらわします。明らかに日本人の感覚からすれば違和感がありますもの。いつも思うのですが,フジテレビに限らず,マスコミ関係者の中には何か日本を貶めようとする勢力,あるいは日本の伝統と文化を尊重しない連中がかなりいると思われます。フジテレビなどはいわゆる韓流などのごり押しが嫌気されたのでしょうか,視聴率が低下に低下を重ね,振り向けばテレビ東京という事態に陥っております(笑)。
さてさて,不満ばっかり言っていないで,たまには深呼吸をしたいと思います(笑)。私は,イライラしていたり,何となく元気がなかったり,仕事に没頭していたりの時,ふっと自分の呼吸がどんな状態になっているか確認してみますと,決まって呼吸が浅くなっております。これは良くないようです。深い大きな呼吸は精神を安定させると同時に,体を活性化させるようです。
もうそこそこ前になりますが,「なぜ、『これ』は健康にいいのか?-副交感神経が人生の質を決める-」(小林弘幸著,サンマーク出版)という本を読みました。これはお医者さんが自分の経験を元に執筆された本です。読後感ですが,失礼ながら,本のタイトルほどの満足感,インパクトはありませんでしたが,呼吸の大切さ,副交感神経の重要性について痛感させる良い本でした。皆さん,深呼吸ですよ,深呼吸。一日に何度やっても構いませんし,意識してこれを実践すると健康(特に精神面)に良いようです。
エレベーターのマナーというのが,私には今ひとつ分からないでいます。先頭で待っている人は,やはり一番先に入ったら,自分の行き先の階を押す前に「開」のボタンを押し続け,他の人が全員入ってそれぞれボタンを押した後に,自分の行き先の階を最後に押すべきなのでしょうか。
自分としてはそういう意識があるものですから,そうしていたら,仏頂面で「バンッ!」と目の前でボタンを乱暴に押されたりすることがままあります。デリカシーの欠片もないような押し方です。時には「○階お願いします。」と命令されちゃったりして(笑)。まあ,先頭で待っていて,一番最初に中に入った人の宿命といえばそれまでですけど,愉快でない時がありますね。
ですから,エレベーターでのそのような多くの経験をしていて,傷つきやすい私は最近では階段を利用することが多くなりました。健康にも良いですしね。今日の仕事はあれと,これと,それをしなければならないな・・などと考えながら,階段を一歩一歩踏みしめながら歩いていくのです。
階段を一歩一歩踏みしめながら歩いていくというと,いつも連想する曲があります。私も昔から大変好きな曲なのですが,バッハの平均率クラヴィーア曲集第1巻の第24番(ロ短調)の前奏曲(プレリュード)です。これを聴いていると,自分が様々な苦楽を味わいながら,一歩一歩階段を踏みしめて歩いているような感じになるのです。下行音階もありますから,上に昇っていくだけでなはく,下に降りていくような部分もありますが,いずれにしても階段を連想します。大変佳い曲です。ユーチューブにもアップされていますし,他のサイトでも動画がありますから,一度聴いてみてください。
さて,階段を上っていくというと,あの忌まわしかった民主党政権で日本国と日本国民は一旦地獄に堕とされましたが,これからは煉獄,天国へと続く階段を上がってゆくだけです(笑)。第二次安倍政権は発足してまだ間がないのですが,いかにマスコミが足を引っ張ろうとしても,その支持率は上昇しています。いろいろな面が評価されていると思いますが,まずは経済政策(金融政策も含む。)が素晴らしく,ようやくデフレ脱却への正しい一歩が踏み出されようとしています。
まずは日銀総裁,副総裁の人事ですが,私としては以前から定見と見識のある岩田規久男先生(学習院大学経済学部教授)が総裁に適任だと思っていたのです。しかし,どうやらそれはないようで,何とか副総裁には就任して欲しいと切に願っております。とにかく,デフレ固定を確信犯的に続けて来た歴代の日銀総裁の責任は極めて重い。日銀理論,日銀の常識は世界の非常識なのです(笑)。そして,これからは「コミットメント」,「コミットする」という言葉がキーポイントになると思います。コミットするというのは,ちゃんと説明をし,その説明に「責任をもつ」という意味です。日銀はこれまでは,卑怯にも「コミットする」ことがありませんでした。責任を取りたくないからです。高い報酬や給与をもらっているのに。
まずは皆さん,「日本銀行 デフレの番人」(岩田規久男著,日経プレミアシリーズ)という本をお読みください。騙されたと思って(笑)。これまた目から鱗の素晴らしい本です。大変勉強になります。そして,「日銀はだれのものか」(中原伸之著,中央公論新社)という本も誠に素晴らしい。中原伸之さんは元日銀の政策委員会の審議委員で,元金融庁顧問でもあられます。日銀がこれまでいかにデフレの「番人」であったかが分かります。
いずれにしても,日本の対外資産は世界一です。技術力もポテンシャルも世界に冠たるものがあります。これからの日本経済,一歩一歩階段を上っていかなければなりません。財政規律といいますが,成長しなければ税収も増えませんからね。
第一生命が毎年募集し,佳作を発表しているサラリーマン川柳というのは本当に面白いですね。今年発表されたものも,いずれ劣らぬ傑作ぞろいです。
俳句の場合は,月並俳句はともかくとして,ちゃんとした作品については,どんな状況,心境で句作がなされたのだろうと想像力を働かせたり,含意をくみ取る必要がありますが,川柳の場合はとても分かりやすく,単刀直入です。そのままなのです。
川柳の中でもサラリーマン川柳の傑作に共通なのは,笑い(爆笑)だけでなく,どことなくもの悲しい情緒,哀愁といいますか,ペーソスも漂っております。それにしても,今年発表されたサラリーマン川柳は例年にも増して,自虐的な夫と嗜虐的な妻という構図が顕著です(笑)。
まずは夫が妻を揶揄した作品。
「風呂にいた ムカデ叩けば ツケマツゲ」
「乗る妻も 体重計も 悲鳴上げ」
いやー,ホントに面白いですね(笑)。
さきほど夫の自虐性と妻の嗜虐性と申しましたが,この観点から特に爆笑できたのをいくつかご紹介したいと思います。
「携帯と 亭主の操作は 指一本」
「ノーベル賞 家(うち)にないのは 平和賞」
「生命線 見せたら妻が 不機嫌に」
「家事停止 望むは妻の 再稼働」
「部下にオイ 孫にホイホイ 妻にハイ」
「小遣に 消費税を かける妻」
「営業に 連れて行きたい 嫁の口」
「家族割 あるのに妻と 通話なし」
ほんとに傑作ぞろいです(笑)。
ただ今回私が,すぐに反応し,腹を抱えて笑ってしまった作品,これが秀逸だと思われるのですが,それを最後にご紹介しましょう。子どもが完全に見間違えてしまうほど,化粧顔とスッピンとの落差が劇的な域に達していたのでしょうね(爆笑)。
「スッピンで プールに入り 子が迷子」
寒い日が続いております。去る土曜日も仕事をしに事務所まで徒歩通勤したのですが,本当に寒かったです。今年は確か2月4日が立春でしたよね。「立春とは名ばかりで,まだまだ寒い日が続いております。」なんて,時候の挨拶がよく使われますが,春を感じさせる,「水ぬるむ」頃までにはまだ間がありそうです。それにしても本当に寒い。
事務所からは少し遠くはなるのですが,そのコンビニには前はよくお昼ご飯を仕入れに通っていました。出来たてに近い感じの美味しいパンがケースの中に並べられていたり,割と珍しい品があったりで,結構気に入っていたのです。しかし,今は全く行かなくなりました。接客に問題があるなと感じたその日からはそのコンビニに行くのをやめたのです。その日は恐らく中国人と思われる店員だけが数人対応していました。監督といいますか,ある程度は目を光らせるべき立場にある日本人が全くおらず,恐らく中国人と思われる外国人だけだったのです。
何がイヤかというと,日本人がいないと途端に気がゆるむのか,接客がなっていないのです。入退店の時に全く何も言わず無反応だったり,箸やスプーンを袋に投げ入れるようにしたり,同僚同士でしゃべくっていたり,日本人のいる普段は彼らなりに「マニュアル」に割と忠実に言葉を発しているのに,いない日はほとんど何を言っているのか分からないような小さな声で投げやりに言葉を発したり,釣り銭をぞんざいに渡したり,などなど。
恐らく,彼らの本国では,もてなしや接客の文化が日本のように深化していないのでしょう。商品や釣り銭を投げられたという日本人旅行客の体験談をよく耳にしますからね。日本へ来て,コンビニなどでアルバイトをしている彼らも,日本人の管理者らがいないと,つい「地」が出てしまうのでしょう。良い接客をしようと心がけている外国人アルバイトの方もいますから,あまり一般化してはいけないのでしょうが,コンビニにおける接客一つをとっても文化の違いを痛感します。
コンビニの経営者も,人件費削減という経済合理性だけを追求するのではなく,大切なその店の接客,雰囲気をこそ重視すべきなのではないでしょうか。かつて私がその店で購入していた「メロンパン」の量は相当なものでした(笑)。「メロンパン」という商品に限って言えば,私というとても大切な顧客を失ってしまったのです。
その土曜日の夕方,仕事を終えてやはり徒歩で帰宅する途中,自宅近くの美味しいということで割と評判の小さなイタリアンレストランの横を通り過ぎようとしたところ,「接客」を目の当たりにしました。黒の上下に白いエプロンをした黒髪のショートカットのスラッとした若い女性店員が,退店する客に付き添い,その客が車で出発するまで,見送り,その後深々と礼をしていました。立春とは名ばかりの寒風の吹きすさぶ中で,です。
岩波ホール総支配人の高野悦子さんが亡くなりました。もちろん私などは映画の世界は門外漢ですが,高野悦子さんは本当によいお仕事をされたと思います。心からご冥福をお祈りいたします。
一番最初に高野悦子さんのお名前に接したのがいつ頃だったのか記憶はありませんが,「二十歳の原点」の高野悦子さんとは同姓同名で,最初は「あれっ?」と戸惑ったのを覚えております。それにしても「エキプ・ド・シネマ」が紹介,上映してくれる映画は素晴らしいものばかりでした。私は特に独身時代によく観たものです。
「大理石の男」
「ルートヴィヒ」
「約束の土地」
「秋のソナタ」
「山猫」
「ゲームの規則」
「熊座の淡き星影」
「アギーレ・神の怒り」
「ダントン」
「ドイツ・青ざめた母」
独身の私は,その当時夢中になって「エキプ・ド・シネマ」が紹介,上映してくれるこういった名作の数々を観たものです。この頃は名古屋駅の西側に「ゴールド」,「シルバー」という名画座があって,特に「ゴールド」の方に頻繁に通っておりました。いわゆる名画座,アート系というやつで,お客さんも本当に映画を楽しむといった精神的に余裕のありそうな,とてもマナーの良いお客さんが多かったように思います。本当に懐かしいなぁ。思い出します。
結婚してからもたまに「エキプ・ド・シネマ」の映画を観ました。東京勤務の頃は,カミさんと一緒に「岩波ホール」まで行き,「コルチャック先生」を観て涙したのを覚えております。
「約束の土地」などはもう一回是非観てみたいと思います。ところで名古屋には,いまは名画座,アート系の映画館はどのくらいあるのでしょうか。名古屋だって人口約226万人もおります。こういった映画を観たいというニーズもあるはずです。そういう映画館が廃れることのないように祈っております。
高野悦子さんは,生涯独身を通されたようですが,「シネマ君」とは挙式されたとのこと。映画に生涯を賭けた人生だったのですね。「シネマ君」と添い遂げられたのです。合掌。
ついにうちのカミさんも風邪でダウンしました。もう若くはないのですから,じっくりと養生して欲しいと思います。滋養のある大好物の甘い物でも食べて・・・(笑)。というわけで,久しぶりにこの私めが朝食を作ることに相成りました。
家族に「うーん,いいだしが出てる。」と言われたいばっかりに,味噌汁には鰹と昆布の両方で出汁をとってしまいました。鰹だしだけに絞った方が良かったかしら。まあ,それでも我ながら美味しい味噌汁ができたと思っております。
さて,話は変わりますが,私も仕事柄,いろいろな裁判官に接することがありますが,裁判官にもいろいろなタイプがありますね。職務熱心で人格的にも尊敬できそうな人も勿論おりますし,「び,びみょー」という感じの人もおります。それぞれのお人柄はともかく,法廷で見る裁判官はみんな法服を着用していますね。しかもその法服は絶対に黒色です。タータンチェックや市松模様や絞りの入った法服など見たことがありません(笑)。
なぜ裁判官の着る法服は黒なのか・・・。確かに諸説ありますが,私にとってもっとも説得力があるのは,裁判官の職責上,公正無私を貫くため,何色にも染まらない,染まってはならないからというものです。赤と青を混ぜたり,黄と緑を混ぜたりすると全く他の色に変わってしまいますが,黒はそうはいきません。黒色の法服にはそういう意味があるんでしょうね。
花嫁さんの白無垢とは違います。花嫁さんの白無垢は「私は何色にも染まってはおりません。あなたの色に染めて下さい。」というのでしょうからね(笑)。確かに,法廷で裁判官が一方の代理人弁護士に,「あなた色の法的主張に染めて下さい。」などと発言したら,他方の代理人弁護士は何と思うか(笑)。日本の司法は瓦解します(爆笑)。
冗談ではなく,汚職や買収で司法が事実上機能していないのは中国です。大気汚染同様,何でもありです(笑)。裁判官も簡単に買収されているようです。また,これはあるブログからの情報ですが,中国では,「中国の局長クラス以上の幹部に汚職で全部死刑判決を言い渡したら冤罪の人が出てくる。しかし,半分にしてしまったら漏れが出る。」,「腐敗を取り締まらないと亡国になる。でも,腐敗を取り締まると亡党となる。」などと人民から揶揄されているほど,中国の腐敗,汚職はひどいようです。
私自身この法曹界にそこそこの期間身を置いていて改めて思いますのは,日本の裁判官は諸外国のそれと比べて清廉だなということです。確かにこれまでにも裁判官の不祥事はありましたが,裁判官が加重収賄罪(枉法収賄罪)で有罪判決を受けたという報に接したことはありません。要するに裁判官が一方からお金をもらってそちらに有利な判決をしてしまうということは聞いたことがありません。それは当然といえばあまりにも当然ですが,そういった意味では日本の司法は健全だと思います。
話は元に戻りますが,うちのカミさん,早く風邪が治りますように・・・。