娘のあかねちゃんの極端なクモ嫌いのことについては,以前にもこのブログで触れました。あかねちゃんは,クモのことを蛇蝎のように嫌っているのです(笑)。この子の部屋には,小学校高学年の時に購入したベッドがあるのですが,そのベッドの一隅には割と細く折りたたんだ産経新聞が置かれておりました。
いくらお父さんが産経新聞を好きだからって,政治のことに興味を持つには若干早いんではないかと思いましたが,私は即座にそこに置かれた新聞の意味を悟りました。・・・そうです,この新聞は,天敵のクモが部屋に出現する有事に備えて,いつでもクモを叩いて退治する「武器」だったのです。ゴキブリがよくそのようにされてしまうようですが,クモも可哀想ですし,産経新聞もいい迷惑です。
居間と台所を仕切るカウンターと戸棚の間にある7,8センチほどの隙間には,ずーっと長い間,司馬遼太郎の「坂の上の雲 第三巻」(文春文庫)が置かれたままになっております。これを置いたのはうちのカミさんです。しかし,その本の読みかけの場所を表す「しおり」の位置は遅々として進んでおりません。
カミさんとしては,「この本は面白い」と言いつつも(虚勢を張りつつも),やはり家事が忙しかったり,テレビドラマの方が好きだったり,疲れて眠くなったりで,この本がなかなか読めないでいるようです。読み始めた本を途中で放り出せば,また旦那から冷やかしを言われたりするのがいやなのでしょうか,「まだ途中放棄はしていない」,「まだ読みかけ中なんだけど」ということを示すために,あの場所に置いたままにしておくのでしょう(笑)。家事のほとんどを任せてしまっているので,私も言葉を慎まなければなりません。
私の部屋の書棚の一番上には,いつからだったか缶チューハイの空き缶3本が林立しております。もうかれこれ2か月ほどになるでしょう。うちで晩酌する時には,ビールでも缶チューハイでも2本までと決めてはおりますが,興が乗った時などは思わず3本目が欲しくなります。でも家族は私の3本目に対しては冷淡な視線を浴びせます。娘のあかねちゃんは,私が缶チューハイのふたを「プシュッ!」と開けると,すかさずお酌をしてくれます。本当に良い子に育ちました(笑)。ですが,そういうサービスも2本までです(苦笑)。
書棚の一番上に林立した3本の空き缶は,この2か月の間,夕食を終えて自室に入る際,今日は飲み足りないなと思ったような日に,私が冷蔵庫からこっそりと忍ばせて持ち運んだものです。比較的マメに掃除をするカミさんがこの3本の空き缶に手を付けないのは,何らかの抗議でしょうか。
本日は,大変失礼しました。ネタに事欠いて,どうでもいいようなことばかり書き連ねました。そんなヒマがあったら,仕事に精を出すべきでしょう(笑)。
ほんとうに清々しい季節になりました。運転マナーの悪い自転車乗りに対しては,「バカ者!」などと独り言を言いながら,徒歩で通勤するのが楽しい季節です。ただ今朝は少しばかり残念な事象が起こりました。端的に申しますと,小さな虫を鼻から吸い込んでしまい,その小さな虫はそのまま帰らぬ人になってしまったのです(笑)。
秋の朝の空気は清々しく,徒歩通勤の私も呼吸が少し大きくなっていたのでしょうか,左の鼻の穴から小さな虫が入り込んでしまいました。今となってはどんな風体の虫なのかは分かりません。最初は鼻から何とか吹き出そうとしたのですが,その虫は私の意に反して(虫にとってもその意に反していたでしょうが),次第に奥の方へ進入していったのです。困ったなと思いながらどうすることもできず,次第にその虫は鼻腔を経て,最終的には咽喉の方へ移動していったようです。何となくそんな感じがしたのです。「その虫の味がしたらどうしよう。」と不安に思いながら事務所に到着。結局は,その小さな虫は,コーヒーと共に私の胃に収まったのだと思います。咽喉部分に違和感を感じなくなりましたから。結果的に私に食べられることになるとは,つくづく可哀想な虫です。合掌。
仕事柄,肉体的にも精神的にも疲れます。どんな仕事でも同じでしょうね。でもそんな時は,マイブームになっている「タイ古式マッサージ」に行きます。以前にもこのブログで取り上げましたが,このマッサージは世界で一番気持ちのいいマッサージと言われているように,確かに肉体的にも,精神的もリフレッシュいたします。さらに良い仕事ができるような気がします。
この「タイ古式マッサージ」は二千数百年の歴史をもち,人体の生命エネルギー(プラーナ)の流れるラインである「SEN」と呼ばれる部分に刺激を与え,プラーナの流れを正常化していくそうです。確かに,その施術を受けてみると,通常のマッサージでは得られないような刺激があり,いかにも血流とリンパの流れが良くなるような気がします。気持ちが良いのです。また,ストレッチ的要素が強くもあります。
今,タイは洪水で大変ですが,このような素晴らしいマッサージ法を生み出し,維持・発展させてきたのですね。
昨夜は,私にとっても,全ての参加者にとっても大恩ある方の三回忌の集まりがありました。10月23日がご命日です。秋の夜にふぐを食べながら,そのご遺徳を偲びました。
その方(以下「先生」と呼びます)は長年にわたって裁判官として誠実に執務されつつ,私のような司法試験受験生の指導もしていただきました。定年退官後の先生は,弁護士登録をされ,光栄にも同じ法律事務所で再びご指導いただき,プライベートでも大変お世話になりました。私にとって正に大恩ある方でした。
司法試験受験生時代に一緒に先生の指導を受けた人の中には,残念ながら合格に至らなかった人もおりますが,先生はその後も分け隔てなく皆に心配りをされました。3年前の6月初旬だったと思いますが,先生と私ともう一人の3人で先生お気に入りの料理屋で飲んだことを思い出します。先生は割と健啖家で,普段は出された料理は残さずにお召し上がりになるタイプでしたが,その日はあまり食が進まなかったようで,気がかりになった私がその理由を尋ねますと,「箸づかいがうまくいかなくてねぇ。」と仰ったことを覚えております。もうその頃には体調面もすぐれず,お手元も不自由を感じておられたのだと思います。それにもかかわらず,先生はかつて指導した門下生の一人が単身赴任先の富山から異動で名古屋に戻ってきたことから,お祝いと慰労の意味で一席を設けてくださったのです。本当にありがたいことです。先生との思い出は多く,また,娘のあかねちゃんを膝の上に乗せるなどしてとてもかわいがってくださいました。
人徳というものは,文字通りその人にそなわった徳なのですから,私のような者が先生の真似をしようとしてもそれは無理なことです。しかし,何かの局面に遭遇した時,私は「先生だったらどうなさるだろうか。」,「先生だったらどのような考えをお持ちになるだろうか。」と思うことが多く,先生の存在は私にとって一つの規範になっているのです。
うちの娘のあかねちゃんは,クモが大嫌いです。これは昔からでして,特に家の中でクモが出現すると,途方もなく恐がり,嫌がります。あかねちゃんは,マンションのエレベーターに乗るときも,エレベーター周りやエレベーター室内を最初に見渡し,クモがいないことを確認します(笑)。このような緻密さで勉強してくれたらいいのに(笑)。18年ほどのこれまでの人生の中で,一体全体彼女をこのような極度のクモ嫌いにしたのは何者なんでしょうか。もちろん私はそんな教育や躾をした覚えはありません(笑)。でも考えてみれば,物や物事に対する好き嫌いは,理屈抜きですからね。理由や理屈などはいらないのでしょう。
朝のクモは良い客を連れてくるから縁起が良いとか,夜のクモは盗人を連れてくるから縁起が悪いとかいったような迷信があるようですし,一説によると,あの幕末の志士,薩長連合の立役者であった坂本龍馬もクモが大嫌いで,クモを見ると声を上げて逃げ出したという話もあります。
物に対する好き嫌いが遺伝するということはないと思いますが,私もカミさんもクモは別に平気です。私の両親もカミさんの両親も別にクモが嫌いということはありませんでした。昨日の夕食の際,私とカミさんとあかねちゃんとで世間話をしていて,クモの話になり,どうしてもあかねちゃんはクモが恐ろしく,嫌いで,これからもクモとは和解ができないようです(笑)。
お酒を飲んでいた私は,その時,ふっと過去の記憶がよみがえりました。私は,まだ小学校に上がる前の約二年間,熊本県の田舎で育ちました。その時の記憶がよみがえったのです。そう言えば,母方の私の祖父が大のクモ嫌いだったのです。このおじいさんは大変厳しい人ではありましたが,厳しい反面,孫の私をよくかわいがってくれました。このおじいさんは,冷や奴が大好物で,クモが大嫌いだったのです。思い出しました。
あかねちゃんの極度のクモ嫌いは,隔世遺伝でしょうか(笑)。
チビ太って,かわいいですよね。チビ太を見ると,何が何だか分かりはしませんが,癒されます。ノスタルジックな昭和の面影もありますし。今の若い人は知らないかもしれませんが,チビ太というのは今は亡き赤塚不二夫先生のギャグ漫画「おそ松くん」の中で出てくるキャラクターです。私の名字が名字だけに,小学生のころは私は「おそ松くん」と呼ばれていました(笑)。
チビ太のおそ松くんでの役回りについては,もう今では記憶がありませんが,チビ太について悪い印象をもったことはありません。「おそ松くん」の中では準主役的な存在だったと思います。それにしても,チビ太は可愛いと思います。
でもチビ太は,私は「おそ松くん」をテレビで見ていた頃は全く気付かなかったのですが,親もなく住所不定で,空き地の土管の中で暮らしていたような不遇な,浮浪児だったのです。彼は不遇な中でも逆境に負けず,その日その日をたくましく生きていたのですね。励みになります。
昨日は,車を運転し,仕事で岐阜県の多治見市まで行ってきました。往復の所要時間に行き先での仕事時間を加えると,半日がかりになりますし,ちょっとした小旅行です。私は時間がなかったので,あるコンビニでサンドイッチとヨーグルトを買い,そのコンビニの駐車場内の車の中での慌ただしい昼食でした。その時にふっと目に入ったのが,トレードマークといってもよい,おでんを持ったチビ太の絵が目に入ったのです。旗というかのぼりに描かれていたチビ太の姿は,秋風に静かにはためいておりました。チビ太の大好物であり,至高のおやつは「おでん」なのです。昭和の時代を思い出します。くどいようですが,チビ太は可愛い(笑)。
それにしても,名古屋グランパスの先日の対清水エスパルス戦はいただけない。このチームの問題点が如実に出ております。相手チームのシュート数が23本なのに,グランパスのシュート数は僅か4本です。闘莉王やダニルソンが欠場していたからとしても,あの試合内容は誠に無残なものでした。むしろ闘莉王やダニルソンが欠場しても従前と変わりない水準を維持しているようなチームでなければなりません。さきほど,このチームの問題点と言いましたが,Jリーグ屈指のタレントの存在にあぐらをかいて,完全に個人技頼みとなっております。ですから,個々のタレントの欠場や個人のその日の出来不出来に左右されてしまい過ぎる結果となるのです。やはりチーム戦術と共通理解(約束事)の徹底,それほど個に左右されない組織的なチームを形成できていないということです。あまり言いたくはありませんが,ストイコビッチ監督は選手としては世界的なプレーヤーでしたが,監督としての能力は・・・といったところです。ただ,本日はチビ太が主人公でした(笑)。
私はサッカー観戦が大好きで,Jリーグの中では名古屋グランパスを応援しています。現在はリーグ戦で2位につけており,昨年の優勝に引き続き,年間王者の連覇を狙っております。頑張って欲しいです。さてみなさん,ACL(アジア・チャンピオンズリーグ)というのをご存知でしょうか。前年度のアジア各国のリーグ戦覇者やそれに準ずる成績を収めたクラブチーム同士でアジアの頂点を目指して戦うリーグです。
Jリーグ昨年度覇者の名古屋グランパスも出場していたのですが,グランパスはこのACLで戦っていた春から初夏にかけての頃は,国内のJリーグの成績がパッとしませんでした。それもそのはず,JリーグとACLとの両方を戦うと,日程がハード過ぎて選手が疲弊してしまうのです。それに,中国や韓国で戦うと,汚いラフプレーが多く(中国のサッカーはカンフーサッカーといわれています。),選手がケガをさせられないかとヒヤヒヤします。ACLで頂点に立ったとしてもさほど名誉欲はくすぐられません。ACLに関しては,日本のFIFA世界ランキングが多少落ちたとしても,私はかねてから脱亜論を唱えております(笑)。
先日,ACLで唯一日本のチームとして勝ち残っていたセレッソ大阪が韓国でアウェーの試合をしました。その際,韓国のサポーターの一部が「日本の大地震をお祝い(し)ます」という誠に心ない横断幕を示しておりました。韓国人はことあるごとに日の丸を燃やし,引きちぎり,土足で踏みにじるなどのことを平気で行うメンタリティーを有しています。ですから,韓国人がこのような横断幕が掲げたからといってそれほどは驚きませんが,日本人と韓国人とのメンタリティーの違いは次元の違いさえ感じます。仮に韓国が未曾有の災害を被ったとして,日本国内のサッカー競技場で日本人サポーターがこのような横断幕を掲げるでしょうか。
韓国の伝統的な踊りに「病身舞」というものがありますが,動画で見たのですが極めて差別的で反吐が出そうです。弱い者には徹底的に強く出て,強い者には迎合する事大主義です。それにいわゆる「韓国起源説」というやつ。他国の伝統や文化に対する羨望からか,根拠も合理性も全くないのに,自国が起源だと闇雲に主張するやつです。ウィキペディアで「韓国起源説」というのを調べてみてごらんなさい。世界で通用し,評価されている日本の伝統や文化の多くについて,それらはいずれも韓国が起源だと主張しているのです。寿司も柔道も剣道も桜も・・・・,挙げ句に「武士道」もです(爆笑)。
新渡戸稲造先生は,その名著「武士道」において,内陸部で塩の調達に困っていた甲斐の武田信玄に対し,越後の上杉謙信が塩を送った史実に触れておられます。さきほど述べましたような横断幕を掲げる行為は,いかに武士道とは対極にある卑劣な行為であることか。韓国人はこの武士道も自国起源だというのでしょうか。少なくともそのメンタリティーは武士道とはほど遠いのではないでしょうか。こんな卑劣なことをすれば,日本では「士道不覚悟」,「士道に悖る」と言われて,切腹ものです。
居間にはうちのカミさん以外には誰もいないはずなのに,居間から大きな笑い声が聞こえることがあります。誰かお客さんが来ているのであろうか,それとも娘のあかねちゃんが早く帰って来たんだろうか・・・,と私が自分の部屋から出て確認してみると,やはり居間にはカミさん以外にはいません。そうです,さきほどの大きな笑い声の主はカミさんでした。テレビの面白いシーンを見て,一人で笑っていたのでした(笑)。こういうことはよくあります。明るい,屈託のない方です(笑)。
カミさんの,そういった一人笑いに対しては,娘のあかねちゃんも少しばかり苦笑気味です。「原始、女性は実に太陽であった。」と平塚らいてう先生が表現されたように,そういった屈託のない大きな一人笑いのできるカミさんは,確かに我が家では太陽のような存在です。毎日,朝は午前6時より前にはちゃんと起床して,我が家の伝統的な和の朝食を作ってくれますし,マメに家事もこなしてくれます。休日などに私がぐうたら過ごしている部屋だって,私がちょっと外出している間に,すかさず掃除機をかけてくれたりしています。ありがたいことです。マメなのは彼女がねずみ年の生まれだからでしょうか。
ただ,最近うちのカミさんの行動で気になっていることがあります。おやつ時の際にはもちろん,そうでない時にも,やたらとお菓子を勧めてくれるのです。私の意思を確認するまでもなく,当然のようにコーヒーとともにお菓子を持ってきたり。「今川焼買ってきたけど,食べる?」,「豆大福だけど食べるよね?」,「・・・最中買ってきたけど・・・」などなど,そんな感じです。確かにありがたいとは思います。・・・でも,最近になってようやく私は悟りました。私がそれとなく覗いたり,調査してみると,そんな時は決まって彼女も同時に,静かに,静かに今川焼や豆大福や最中を食べているのです(笑)。しかも安心し切った表情で・・・(笑)。
要するに,共犯づくりなのです。甘い物を食べているのは自分だけではない,仮に見つかったとしても誰からも嫌みを言われずに安心してお菓子が食べられる,てなもんです。内輪の話で誠に相済みませんでした。
いきなりですよね,この涼しさは。あれほど暑かった夏なのに・・・。でも,私は毎年,急で,いきなり涼しくなるこの感じがたまらなく好きなのです。これからは一年で最も好きな季節になります。
産経新聞の記事によると,何かしらまた中国の団体が笑止なことを考えているようです。そう,昨年も失笑を買った「孔子平和賞」というものの授与を考えており,この「第2回孔子平和賞」の受賞候補者にロシアのプーチン首相ら8人の名が挙がっているとのことです。国内の民主活動家の存在が憎くて仕方のない中国は,昨年の劉暁波氏のノーベル平和賞に対抗,批判する形で,突如として唐突にこの賞を設定しました(笑)。この賞の実行委員会は中国文化省の外郭団体で,中国当局が裏で深く関与しているといわれております。
昨年は台湾の連戦元副総裁がこの賞の受賞者に選ばれましたが,戸惑った連戦氏は受賞を拒絶し,当然授賞式に現れもせず,同氏とは全く何の関係もない女児が受賞トロフィーを受け取り,大いに失笑を買いました(爆笑)。ロシアのプーチン首相は今年の受賞候補者の1人として名前が挙がっているようですが,一体全体この人物が平和というものに対してどんな貢献をしたというのでしょうか(笑)。さっきから笑いっぱなしです(笑)。さらには,当のプーチン首相の報道官は,「どんな賞なのかよく分からないので,時間をかけて調べたいと思う」とコメントしております(爆笑)。
それにしてもこの賞の名には,「孔子」という冠が付けられております。でもこの中国という国は,文化大革命中の1973年から1976年までの間,「批林批孔運動」なるものを強烈に展開し,そもそも孔子は極悪非道の人間とされ,その教えは封建的であり,林彪はこれを復活させようとしたとして徹底的に批判したんじゃありませんこと?(笑)。それがなぜ今頃になって孔子様,孔子様なのでしょう。中国共産党が孔子の説く「仁」に基づいた善政を施していると心から思っている人は世界中にたった一人でもいるでしょうか。また,国内の人々にしても,孔子の説く儒教思想,規範を生活に取り入れて実践している人は一体どれほどいるのでしょうか。とても民度が高いとは思えません。
さて,この「第2回孔子平和賞」・・・,これは私の予想ですが,候補者として名前の挙がっている人の中で,少なくともドイツのメルケル首相と,マイクロソフト創業者のビル・ゲイツさんだけは,仮にこの賞を授与すると言われても必ず辞退されると思っております(笑)。
ホントにもう,今年ほどファンの期待を裏切り続ける読売巨人軍は知りません。ここ10年間で最低ではないでしょうか。この期に及んで最下位の横浜ベイスターズに3連戦負け越しですか(笑)。そして2番手争いをしている中日ドラゴンズにも負け越しですか・・・。打てないし,守れないし。
やはりプロの世界ですから,非情かもしれませんが来期の戦力構想は大なたを振るう必要があるでしょう。経験がものをいう側面はありますが,年齢からくる体力の低下も否めません。今まで主力だった選手も安閑とはしていられないでしょう。栄光の巨人軍は強くなければならないのです!そして私が不安に思っているのは,ジャイアンツのスカウトの眼です。一体全体,彼らはスカウトとして確かな眼を備えているのでしょうか。ライアル,フィールズ,ロメロ,トーレス,アルバラデホなどなど・・・,彼らの打率は1割台だし,防御率もすごいことになっております。はるばる海外から選手を連れてくるのなら,即戦力を連れてこなくっちゃだめでしょ(爆笑)。来期は選手の入れ替えだけでなく,スカウトの入れ替えもしなければならないでしょうね。スカウトといえどもプロなのですから,責任が伴うはずです。
わが栄光の読売巨人軍とはいえ,さすがに,さすがに今期は諦めました。くどいようですが,今期は失望の連続でした。
話は変わりますが,その一方で,産経新聞の「談話室 10代の声」の欄に投書してくれている若人達は何と素晴らしいのでしょう。大いに将来に期待がもてます。19日(祝)の朝刊のその欄には,京都市に住む16歳の男子高校生からの投書がありました。これが何とも素晴らしい。その一部を引用しますと・・・
「菅直人氏から野田佳彦氏に首相が交代しても、顔が変わっただけで政権の本質は同じなのに、内閣支持率は上がっているという。そんな国民の見識のなさが情けなく、腹立たしい。政治が悪いのは無関心な大人たちの責任だと、選挙権のない僕は訴え続けたい。」
この高校生は,見事に民主党という唾棄すべき政党の本質を見抜いておりますし,現在の政治の体たらくは究極的には有権者の責任であると達観しております。素晴らしい。敢えてこの論に付け加えるとしたら,有権者も政治家(屋)も戦後教育のなれの果てであるということです。逆に言えば,人格形成の基盤となる家庭のあり方と教育の立て直しこそ,国家百年の大計であり,これが日本の生きる道です。それにしても,国を憂えてこういう投書をする若人がいることを思うと,大いに期待がもてます。
娘のあかねちゃんは,父親である私のことをどのように思っているのかは知りませんが,まあまあ仲の良い方だと思います。食べ物の好みも人物評価も似ていますし,世間的に見れば右翼と思われそうな私の歴史認識,国家観,それに民主党政権に対する悪評価など,娘のあかねちゃんは私に賛意を表してくれています(笑)。相づちを打ってくれますし,時には「そうだ!」と合いの手まで入れてくれます。本当に大変よい子に育ってくれました(爆笑)。
でも,AKB48の評価をめぐっては,正反対の評価であり,父と娘の間で緊張が走ることが少なからずあります。私自身は,AKB48などの存在に良い印象は持っておりませんし,全く興味がありません。もっとも,この年齢で興味があったりすればキモイですよね(笑)。それにしても,「総選挙」というやつも,結局はCDなどの販売促進活動でしょうね。総合プロデューサーの秋元康という人などは笑いが止まらないでしょう。それに「握手会」ですか・・・。この愛すべき日本の歴史と伝統を守り,次代をになうべき若い世代が,CD等を購入することによって投票権獲得に血道を上げたり,刹那的に握手を求めたり,殺到して写メールをとったりしている図を見ると,初老のおじさんとしては不安だし,不快なのです。
でも,娘のあかねちゃんはAKB48のことが大変好きなようです。この点では,父親と気まずい雰囲気になったとしてもAKB48を擁護します。先日なんか,あるラジオ番組でナインティナインの岡村さんが,AKB48の「総選挙」のことなどを批判するコメントをしたことが話題になり,それまであかねちゃんは岡村さんを評価していたのに,その一件で途端に彼を嫌いになってしまったようです(笑)。その場で私が感じ取ったのは,娘のあかねちゃんは,岡村さんを強く批判することによって,父親である私を批判しているのだと・・・(笑)。指桑罵槐(桑を指して槐【エンジュ】を罵る)というやつなのです(爆笑)。
このように,ことAKB48をめぐっては,父と娘との間には,越えられない深い溝があるのです(笑)。それにしても,「総選挙」といえば,あんな反日左翼の民主党を一日も早く下野させるために,本当の総選挙を実施してもらいたいものです。