いやー,先週はちょっとした嵐のような一週間でした。仕事は忙しかったし,何よりも健康診断でひっかかり,精密検査で一日入院するという憂き目に遭ったのです。僅か一日であっても,入院するなんてことはそれこそ20数年ぶりです。これは私にとって試練でしょうが,医師から紹介状を書いてもらって総合病院で新たに診察等を受ける必要が出てきました。
それはそれとして,私がつくづく思ったのは日本人として生まれてきて本当に良かったということ。医療保険制度の充実で,少ない自己負担で高度で安心できる医療が受けられますし,医師はもちろん,看護師さんたちの仕事ぶりには頭が下がりました。恐らくは多忙でストレスを感じていらっしゃるのでしょうが,対応は親切で責任感を持って的確に仕事をこなしております。ありがたいことです。職業倫理というものを感じます。職業倫理とは,プロフェッショナルとして期待される個人や組織の倫理的な行動基準をいいますが,彼らの行動や対応にはそれを感じました。
職業倫理というほどのことはありませんが,仕事で車を運転してある飲食店の前を通過する時,いつも気になっていることがあります。そのお店の建物前面の壁の上部に和歌らしきものが流麗な文字(白地に黒)で描かれているのです。よく読むと,次のような歌でした。
「わが役は どんな苦労もいとふまじ 天の作者の さしずがままに」
浅学菲才の自分なりにこの歌の意味を解釈してみますと,「自分のこの仕事 どんな苦労があったとしても嫌がって避けるようなことはしません それこそ私をこの世に送り出してくれた天の作者が 指図したことですから」
てなもんでしょうか。佳い歌だなと思います。インターネットで調べてみたのですが,どうやら有名な歌人の歌というのでもなさそうです。してみると,その店の経営者などが詠んだ個人的な歌なのかしらん。だとしたら素晴らしいし,きっとこの歌と同様,佳いお店なのでしょう。
陸上自衛隊の師団長など10人が乗ったヘリコプターが沖縄県の宮古島の周辺で消息を絶ってから4日が経ちますが,心配なことです。とても安否が気にかかりますし,有効な捜索を継続して欲しいと思います。
消息を絶ったその日,懸命な捜索が緒についたばかりの4月6日の夕方,記者団の取材に応じた岸田首相がその後に向かったのは,東京・銀座にある料亭「新ばし金田中」です。そこで森喜朗元首相が仕切った会食会場に顔を出し,錚々たる財界人らと飲食を共にしたと報道されています。当然のことながらこの会食をめぐっては,「事故の渦中にやることだったのか。」という批判が出ています。
内閣総理大臣は,自衛隊の最高指揮官です。このような批判が出るのも当然でしょう。しかも当該会食を取り仕切ったのが,例の「えひめ丸」沈没事故発生直後に首相として第一報を受けながら,その後も約1時間半にわたってゴルフプレーを続けて猛批判を浴びた森喜朗というのですから,これも何かの因果でしょうか。この事件は,2001年2月10日,ハワイ沖で日本の高校生の練習船が,アメリカ海軍の原子力潜水艦と衝突して沈没,日本人9名が死亡したという事件です。衝突によって日本人が多数海に投げ出されたことや,相手がアメリカ海軍であることも判明していたにもかかわらず(首相として報告を受けていたにもかかわらず),そのままゴルフプレーを続けたというのです。
そういえば,昨年8月4日,中国が日本の排他的経済水域の内側(日本側)に弾道ミサイル5発をぶち込む傍若無人の振る舞いをした時,岸田首相はすぐにはNSC(国家安全保障会議)を開催しませんでしたね。
いやはや,いずれも職業倫理の欠如と評価されても致し方ないでしょう。
その昭和の香りのするスナックには,相変わらず私も飲みに行っております。昔ほどの頻度ではありませんが,たまにお邪魔して,気の置けない仲間と一緒に飲んだり,よもやま話に花を咲かせたり,歌ったり,将棋を指したりなどしております(笑)。
私もいい年をして不摂生だなとは思うのですが,ちょっと前までは,その昭和の香りのするスナックで随分と楽しんだ後に,時に午前様になりながらもその近くにあるお好み焼き屋さんに入って飲み直したりしたものです。その店は,お好み焼き屋さんではありますが,いつも決まって注文していたのがネギ焼きと焼きそばなんかでした。その店の大将は物静かな人でしたが,割と博学,そして音楽の趣味がとても広そうな人でした。
以前私がシルヴィー・バルタンにはまっていて,「アイドルを探せ」という曲ばっかり聴いたり,彼女の20歳ころの可愛く魅力的な動画などを見ていた時,その大将が「バルタンのCDならあるよ。」と言って,その店内で流してくれたこともありました。私が保有していたCDと同じものです。私が仲間と一緒に来店すると,気を利かせて何も言わずにそのCDをかけてくれたこともあったのです。かと思うと,私たちがよもやま話に花を咲かせている間は決して出しゃばらず,BGMで世界三大テノール(ホセ・カレーラス,プラシド・ドミンゴ,ルチアーノ・パヴァロッティ)のDVDをテレビで流してくれたりするのです。この大将は意外に幅広い趣味があるんだなと感心したものです。お好み焼き屋さんでオペラのアリアが聴けるなんて(笑)。
でも先日,私が昭和の香りのするそのスナックで飲んでいた時,ママからその大将が今年に入って早々に病気(がん)で亡くなったことを聞かされ,とてもショックを受けました。そのお好み焼き屋さんも今では廃業・・・。
その大将もたまにそのスナックで飲んだりもしていたそうです。そういえば,今もはっきりと覚えているのですが,昨年の秋ごろ,その大将がカウンターの端っこで一人で飲んでいた姿を見ました。その時は私は他の仲間と込み入った話などをしておりましたから,お声掛けをすることはできませんでしたが,私がその大将の姿を見たのはその時が最後となってしまいました。
そういえば,その秋頃に一人で飲みに来られた時は,すこし顔色が悪く,普段以上に物静かだったような気もします。その時大将の胸に去来するものは何だったのか。味わい深そうなお人柄でしたから,もっといろいろな話をしておけばよかった。本当に寂しい限りです。
こういう時は,私はいつも決まって井伏鱒二の漢詩(勧酒)の訳を思い出してしまうのです。
「コノサカヅキヲ受ケテクレ ドウゾナミナミツガシテオクレ ハナニアラシノタトヘモアルゾ 『サヨナラ』ダケガ人生ダ」(私の酌を受けて欲しい 今日だけはどうかなみなみ注がせて欲しい 花が咲くと風が吹いたりするものだ 人生に別離というものはつきものだよ)(井伏鱒二訳)
いや,別に私がパチンコ店に通っているという訳ではありません。スマホをいじっていたら,たまたま「ダイヤモンド・オンライン」というサイトに,ライターでしょうかね,小倉健一という方による記事が掲載されているのを見つけ,一部パチンコ店に関わる話が少し面白かったのです。
「経営の神様」といわれた稲盛和夫氏は昨年亡くなりましたが,彼が鹿児島大学在学中に遊び人だった友人に強く誘われてパチンコ店に通っていたそうです。稲盛氏としてはガリ勉で,講義のない時は図書館で勉強するような学生だったからパチンコに連れ出されるのはあまり気が進まず,強引に誘うその友人は落第生で内心は軽蔑していた。その友人は稲盛氏に100円か200円を渡してパチンコ遊びを進める訳です。でも稲盛氏はすぐに負けてしまうということが3回も続いた。
その3回目に負けた時も稲盛氏はその友人に「帰るわ」と告げた時,その友人は「今いっぱい勝っているし、もうちょっとで終わるから、ちょっと待ってよ」と。稲盛氏は待っている間,「パチンコなんて面白くもないし、早く帰って勉強したい。」と思っていたそうですが,パチンコを終えたその友人は,勝ったお金で稲盛氏にうどんを御馳走してくれたというのです。当時としては,うどんはなかなかの御馳走。
その時稲盛氏はその友人と自分とを比べ,「自分は少しくらい勉強ができても、なんと貧相でチンチクリンな男よ。」と衝撃を受けた。その友人は勉強ばかりしている稲盛氏に自分のお金を渡してまでパチンコという一種の社会見聞をさせてやり,自分が勝ったお金でうどんのご馳走までする・・・。稲盛氏にとっては,内心軽蔑していたその友人がその時とても大きな人物に思えてきたということを回想して述べていたそうです。
確かに,私自身の大学時代を振り返ってみても,気宇壮大なそういったタイプの友人も確かにいましたね。勉強だけが全てではない,些末なことには拘らない,人生を楽しみ,悠然と構えているような人物が。
その記事は,これも立志伝中の人物とでも評価すべき,カレーハウス「CoCo壱番屋」の創業者である宗次徳二氏とパチンコ店との関わり合いについても触れていました。宗次氏は,兵庫県内の児童養護施設から,子どものいなかった雑貨商の養父母に引き取られて育ち,本当の父母には会ったこともなかったそうです。ところがこの養父が競輪にのめり込んでしまって財産を失い,夜逃げする羽目になる。養母は家を出て行き,宗次氏はギャンブル好きで日雇い仕事の養父に育てられ,お金がないときは道端の草を食べていたそうです。
そして,とんでもない養父だとは思うのですが,宗次氏が子どもの頃,養父に強く命じられて毎日パチンコ店に通い,落ちているタバコの吸い殻を拾って来ていた。養父は子どもがパチンコ店で拾ってきたタバコの吸い殻(シケモク)を吸う。宗次氏いわく,「はた目にはひどい親でしょうが、唯一の家族だし、父のことは好きでした。喜ぶ顔が見たくて吸い殻拾いを頑張ったんです。」
現在のカレーハウス「CoCo壱番屋」事業の成功は,そうやって鍛えられた人間性の賜物なのでしょうね。それに宗次氏の無欲,ボランティア精神,寄付,その他の社会貢献は尊敬に値します。私は仕事先から仕事先への移動中,たまに「CoCo壱番屋」でカレーをいただくことがあります。どんなに高級な欧風カレーもかなわない,あのシンプルなルーの美味しさが気に入っており,いつも「ポークカレー 2辛 200g」をいただきます。これですと,カロリーも糖質もほどほど抑制され,ルーの美味しさをシンプルに楽しむことができるからです。私の舌はB級グルメ向き・・・。
これとは全く関係ないのですが,パチンコ店がらみで,元自衛官の芸人やす子さんの記事がヤフーニュースに載っていました。彼女も壮絶な生い立ちで,中学時代の一時期,そして高校時代は全期間,児童養護施設から学校に通ったそうです。自衛隊に入隊したきっかけについてのご本人の発言を最後に引用してみます。
「そもそも自衛隊に入った理由が18歳を過ぎたら誰も助けてくれなくて、家も未成年なので借りられないってことで、衣食住がそろっている安定をもとめて入って。山口県が衣食住がそろっているのがパチンコ屋さんと自衛隊の2択だったんです。パチンコ屋さんが落ちちゃったんで、自衛隊に入らざるを得なくて。もう何も考えず、〝助けてくれ!〟って思いで入った感じですね。」
いやあ,今度の寒波は凄かったですね。まだ現在進行形の地域もあると思いますが,「最強寒波」といった下馬評どおりの寒さと荒天でした。昨日の夕刻の帰宅時なんかは凄い吹雪でしたからね。
幸い名古屋の積雪は大したことはなかったのですが,私が愛読している産経新聞は今朝は積雪や交通マヒの影響で取次店(配達所)に到着しなかったようで,残念ながら配達がありませんでした。朝刊を読むことができないというのは本当に辛い。
さて,1月10日のこのブログで「少なからず辛い目に遭った件」と題して私の辛い体験のことをみなさんにお知らせしました。共感力豊かな方はもらい泣きをしていただいたかと思います(笑)。要するに,私が通っているピアノ教室が主催してくれたYouTubeを利用した「オンラインコンサート(発表会)」で,30数名のうち私の演奏だけアップされておらず,欠落していたという辛い体験をした件です(笑)。
でも見事に失地回復いたしました。ピアノ教室のスタッフの皆様のお陰で,再度YouTubeにアップしていただき,1月末まで視聴ができるように配慮してくださったのです。ありがたいことです。早速我が家のテレビでお酒をいただきながら,カミさんと一緒に私の演奏(「主よ、人の望みの喜びよ」【J.Sバッハ】)を視聴することができました。感謝,感謝です。
話はコロッと変わりますが,先日の産経新聞の「産経抄」には面白い話が載っておりました。日本共産党の非民主的な体質のことに言及されていたのです。一部引用しますと,「森喜朗、小泉純一郎、安倍晋三、福田康夫、麻生太郎、谷垣禎一、再び安倍晋三、菅義偉、岸田文雄各氏と自民党総裁9代にわたる22年余の星霜を経ても、共産党トップは志位和夫委員長のままである。党首公選は行われず、志位氏はなお続投に意欲を示す。これは当たり前なのか。」とあります。
そういえばそうですね。自民党の総裁はこれだけ変わっても日本共産党のトップはその間全く変わっておりません。共産党は党員による直接投票で党首を選ぶということを認めてこなかったのです。とても民主的とはいえませんね。どこぞの国々とよく似ています。ロシアのプーチン大統領は2000年に大統領になって以降,途中4年間は首相であったものの(メドヴェージェフ大統領は所詮傀儡),現在に至るまで大統領に居座ったまま独裁を続けています。中国の習近平も2012年に中国共産党のトップになって以降,任期が2期10年とされていた従前の憲法を強引に改正してまで3期目に突入し,未だに君臨しています。
日本共産党もこれらと似たような非民主的な体質になってはいませんでしょうか。この政党もかつてはそれなりの党勢を誇っていました。例えば,1979年10月の衆議院議員選挙では39名もの当選者を出したのですが,直近の衆議院議員選挙では10名です。党内も民主的でガラス張りの体質に変わらなければ失地回復はできないでしょうね。もっとも,産経新聞を愛読しているような私としては共産党に失地回復されても困るんですが(笑)。ちなみに,「日本共産党の正体」(福富健一著,新潮新書)という本は大変参考になりました。
東京で一人暮らしをしている娘は年に2,3度は我が家に帰省するのですが,年末年始は必ず帰って来ます。今回は我が家に到着したのは12月30日の夜,そして再び東京へ戻ったのが年明け1月9日の朝でしたから,正味10日ほど我が家でゆっくりと羽をお伸ばし遊ばされたことになります(笑)。
普段から晩酌をしながらうちのカミさんと一緒に夕食をとるのも楽しいのですが,そこに娘が加わる訳ですからつい気分よくお酒が進んでしまうのは致し方ありません。ようやく昨日の晩,久しぶりの休肝日を設けることができました。私は今年は固く決意していることがあります。それは「減酒」です。お付き合いで外で飲む場合には普通にいただきますが,それ以外はできるだけ休肝日を設け,「減酒」します。この措置が私の体にどのような良い影響を及ぼしてくれるか,いわば「壮大な社会実験」あるいは「異次元の健康政策」と言ってもいいでしょう(笑)。
さて,このブログで昨年10月22日にアップした「無事に録画が終了するの巻」の記事でお伝えしたのですが,私が今通っているピアノ教室恒例の,ピアノバーで飲食しながらの気楽な年末発表会は,コロナ禍の状況で昨年末も中止となり,その代わり一昨年と同様,録画・YouTubeでの視聴形式となりました。生徒さんみんなが各自選んだ曲を実際に演奏しているシーンを先生が録画し,みんなでこれを視聴して楽しむという形式です。ピアノ教室の身内での発表会みたいなものです。
そのブログ記事では,何とか無事に録画が終了してほっと安心したこと,そして今回私が選んだ曲はバッハの「主よ、人の望みの喜びよ」であったことなどを書かせていただきました。先生からは,昨年最後のレッスンの日に,そのYouTubeは生徒・先生らのみの視聴者限定で,昨年12月24日から今年1月4日まで視聴できるという説明を受けました。そこで私とカミさんは,早速クリスマス・イブの晩,テレビの前の食卓に陣取り,シャンパンを嗜み,美味しい鶏もも肉の照り焼きなどを頬張りながら,「さてさて,私の出番はいつかなぁー」なんて言いながらその雄姿がテレビに映るのをとても楽しみにしておりました。
と,ところが・・・。30数名の私以外の生徒さんがそれぞれ演奏している録画はアップされているのに,何と,私だけないのです(苦笑)。僅かにエンドロールの所でみんなと同じように私の顔と名前などがちょっと映っているだけでした。私の演奏(「主よ、人の望みの喜びよ」【バッハ】)だけが全く登場しなかったのです!恐らくはこれはピアノ教室スタッフのミスによるものだと思われます。これは「悲報」あるいは「惨事」と表現した方が良いかもしれない(笑)。
でも,私は今年初めてのレッスンの際には,「まあ,ミスは誰にでもあります。大丈夫です。」なんて言っちゃって,ちゃんと大人の対応をさせていただきました。ただそれにしても,私も随分長いこと生きておりますが,まさかピンポイントで私だけ外れてしまうといった経験は生まれて初めてですので,少なからず辛い目に遭ってしまったと言わざるを得ません(笑)。
皆様,新年明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。そして,月並みですが,本年が皆様にとってとても良い年になりますように祈念いたしております。
私は普段は朝食をとって歯を磨く前に,洗面の所にある体重計に乗って体重の管理をしております。でも,お正月そして正月明け直後の頃は,絶対に体重計には乗りません。乗るのが怖いからです(笑)。こんなに食べたり,飲んだり,寝たり,運動らしい運動をしなかったりでは,体重が増えるに決まっています。結果は明白なのです。ですから正月が明けて,徒歩通勤などの日常に戻ってしばらく経ってから体重計に乗り始めることにします。
昨年末は長時間麻雀をやってしまったせいでしょうが,右肩に痛みが残り,右肩を動かすことが困難だったため,年末ゴルフをキャンセルせざるを得ないという失態を演じてしまいました。麻雀をしている最中も右肩に少し違和感を覚えてはいたのですが,負けず嫌いの私もつい熱中してしまい,長時間となってしまったのです。おそらくは軽い炎症を起こしていたのではないかと思います。でも,幸い大事には至らず今は普通に戻っております。
そんな訳で,新年早々のお誘いもあり,明日は麻雀の打ち初めと相成っております(笑)。
それにしても中国共産党は相変わらず独善的な主張をしていますね。つける薬がありません。日本を含む欧米のいくつかの国々が,中国からの入国者の各空港における規制(陰性証明の提示やPCR検査)を実施することに対し,「(コロナを)政治化するな。」とか「相互主義に基づいて制裁措置を講ずる。」などと主張しています。
一体全体,何を言っているんでしょうかね。いわゆる「ゼロコロナ政策」の失敗から,突如として規制を解除した途端,約20日間のうちに約2億5000万人もの感染者が出たという報道もあり,現在でも爆発的な感染者数に上っているにも関わらず,当局の発表は全く実態を反映していない虚偽の情報であり,ゲノム解析すら禁止するというデタラメぶりです。中国共産党のこのような事実隠蔽的で不透明な体質こそが強く非難されるべきであるにもかかわらず,報道官は臆面もなく独善的な主張を発表しているのです。正に厚顔無恥。
いわゆる春節の頃,中国からの入国者の数が非常に気になりますし,日本としても毅然とした検疫体制で爆発的な感染を防止してもらいたいものです。正月早々,嫌な話題で済みません。
2025年には日本国際博覧会が開かれる予定になっており,その会場が大阪市内ですから「大阪・関西万博」と呼ばれています。もちろんそのこと自体は結構なんですが,そのイメージキャラクターの「ミャクミャク」というのはどうも・・・(笑)。
「ミャクミャク」には全く罪はないのですが,正直申しますとイメージキャラクターとしてはイメージが悪いし,かっこ悪いと言わざるを得ません。一体全体,誰がどのようにして決めたのか。岸田首相は,歴史,伝統,文化,世界とのつながりを脈々と引き継ぐ,そういった意味が込められている愛称だと説明しました。この万博のロゴマークは細胞をイメージしているようで,この「ミャクミャク」も細胞,血管のように見えてしまいます。少なくとも可愛さや美しさはありません。審美眼などと大上段に構えるつもりはないのですが,選んだ方々に美を的確に見極める能力があったとは決して言えないような・・・。
一方で,今私がピアノレッスンで挑戦しているのが,バッハの「小さなプレリュードニ短調(BWV926)」なのですが,本当にこの曲のかっこいいこと。素晴らしくかっこいいのです。練習のために弾いていても,つくづくバッハの曲というのは知的で美しさがあるなと思いますし,たとえ小品であろうと感動的なのです。
一度YouTubeで「バッハ BWV926」とキーワードを入れて検索し,聴いてみてくださいな。かっこいいですよ(笑)。ヨハン・マッテゾンの調性格論によれば,ニ短調というのは「気分の沈んだ女性らしさ、奇妙であることや曖昧さを含む。」とあり,確かにこの曲はそんな沈鬱な感じで進行しますが,最後は長3度のピカルディ終止(短調の曲なのに最後の音は長調【長三和音】の明るい感じで終わり。)となります。これがまたかっこいい。
レッスンに通って先生の前で弾いても,なかなか仕上がりが良くなくて,〇印をもらえないこともあります。結構自信をもって演奏し終わっても〇印をもらえない時などには,私も内心少し不機嫌になったりもしますが,それでもバッハの曲ならばモチベーションが高いままで,そんなことにはめげることなく練習を続けることができるのです。本当にバッハは凄いです。
ちょっと心残りなので最後に一言,「ミャクミャク」ごめんね(笑)。
先日,バスツアーですが,うちのカミさんと一緒に福井県までカニを食べに行きました。年をとりますと,食べることが楽しみでね。それはうちのカミさんも同じ傾向を示しております(笑)。
マイカーを運転することもないので,やはりバスツアーは楽なもんですね。前夜は夜遊びが過ぎ,若干の睡眠不足でしたので途中は寝んねしていきました。バスツアーなんて久しぶりでしたが,たまには良いものです。さて,それにしても今年のカニも美味しかった。本ズワイガニを中心としたカニづくしのお料理の数々で,うちのカミさんもたいそうご満悦のようでした(笑)。ツアーの終わりには,紅ズワイガニの甲羅丼のお土産付き・・・。
今回の福井ツアーは,カニのお食事だけではなく,若干の観光もしまして,氣比神宮に参拝しました。氣比神宮というのは,福井県敦賀市に鎮座する北陸道総鎮守越前國一之宮なのですよ。社殿が造営されたのは702年(大宝2年,文武天皇)ですから,それ以来1320年もの長い歴史を誇っており,日本三大木造鳥居として有名です(あとは奈良の春日大社と広島の厳島神社)。確かに誠に立派な大鳥居でした。
今回のツアーでは,あとは年縞博物館という珍しい施設も見学しました。私も長いこと生きておりますが,「年縞」という言葉はこの日初めて耳にしたのです。年縞というのは,長い年月の間に湖沼などに堆積した層が描く特徴的な縞模様の湖底堆積物のことで,1年に1層形成されるようです。福井県にある水月湖という湖はこの年縞の形成で世界的に有名だそうです。水月湖から掘り出した約7万年分の年縞が45メートルにわたって展示されております。今から7万年前って・・・(笑)。
そして,帰途につく前に,「日本海さかな街」という海産物を中心としたお土産物センターに寄りました。夫婦で合計6000円分のクーポンをいただき,有効期限の12月末までに再び福井県を訪れる予定もないので,この日これを使い切り,イクラやワカメ,かにラーメンなどを手土産にしました。今回のツアー,なかなか良い企画だったと思います。
ある日の朝,事務所に到着してイスに座った途端,急に「カニが食べたい!」と思ったのです(笑)。理由は分かりません。そうなるともう止まりません。仕事に着手する前に,何かに憑かれたようにインターネットでバスツアーを申し込みました。今度うちのカミさんと一緒に福井の方へ「本ズワイガニ」を食べに行きます。帰りには「紅ズワイガニの甲羅丼」のお土産付きです(笑)。
特定の気に入ったお店を予約したのではなく,申し込んだのはバスツアーですから,案内されるお店は恐らく初めてのお店だと思いますが,今年のカニがどんな味なのか今から楽しみです。ただこのツアーには参加条件があります。最近ではどのツアーでもそうかもしれませんが,「ワクチン3回接種証明」または「事前PCR検査陰性証明」が必要になります。どこかでPCR検査を受けてさらに陰性証明まで取得しなければならないのは何だか面倒だと思いました。それならということで,先日カミさんと一緒に3回目のワクチン接種を受けました。
新聞報道によりますと,日本全国では3回接種を受けた人は約66%のようですから3人に2人ということになります。私たちも今般ようやくその仲間入りをした訳です。ただその動機は「カニを食べるため」です(笑)。
話は変わりますが,先週の金曜日は大阪へ出張でした。その途上で出張の同伴者からショッキングな情報を聞かされました。あの丸い髭面のカールおじさんで有名な「カール」(明治製菓)というお菓子は西日本でしか入手できないという情報です。全然知らなかった情報ですが,どうやら本当のようで私の住む名古屋では販売していないようです。
よくよく調べてみましたら,2017年5月から「カール」の販売は西日本限定とされ,その理由は販売不振のようです。東日本もとても大きなマーケットだと思いますのに,不思議です。どうやら,販売の境界線は京都,滋賀,奈良,和歌山より以西ということで,福井,岐阜,三重より以東はダメなんです(笑)。
この「カール」というお菓子,昔は娘と一緒によく食べたものです。そうなると是が非でも,どんな手を使ってでも入手して,久しぶりに食べたくなります。この衝動は止まりません。この日の大阪出張は千載一遇のチャンス。買おうとしましたら,出張の同伴者が「カール」2種類(スタンダードなやつと「うすあじ」)を買ってプレゼントしてくれました。その方の奥様も「カール」が大好きとのことで,西日本方面へ出張の折には必ず奥様から買ってくるように所望されるようです。
私も酔った勢いで久しぶりに家で食べてみましたが,懐かしい味で美味しかった。
将棋の世界でA級順位戦というのは,トップ棋士10名の総当たり戦で実施され,第1位の成績者が時の名人タイトル保持者に挑戦できます。A級順位戦で対局できるというのは棋士の憧れの舞台でしょう。
ところが,そのA級順位戦,10月28日の佐藤天彦九段と永瀬拓矢王座の対局で,佐藤天彦九段が比較的長時間にわたってマスクを着用していなかったことを理由に反則負けになるという珍事が発生しました。確かに,新型コロナウイルス感染防止措置として,日本将棋連盟には「臨時対局規定」というものがあり,それは次のような条文となっております。
「第1条 対局者は、対局中は、一時的な場合を除き、マスク(原則として不織布)を着用しなければならない。但し、健康上やむを得ない理由があり、かつ、予め届け出て、常務会の承認を得た場合は、この限りではない。」
「第3条 対局者が第1条の規定に違反したときは、対局規定第3章第8条冒頭各号の違反行為に準じる反則負けとする。」
こういう規定が今年の1月に制定されたようですね(笑)。実は今から4年前の平成30年5月29日,30日の両日,第76期名人戦第5局が名古屋市の万松寺で行われまして,その時の対局者が佐藤天彦名人と羽生善治竜王で,その前夜祭で両者と名刺交換をし,一緒に写真を撮っていただいたことがありました(笑)。その時の佐藤天彦(当時名人)九段のにこやかでフレンドリーな対応だったこと。
今回の反則負けは残念です。私も気になってそのA級順位戦(対永瀬王座戦)の対局の動画を確認したのですが,確かに佐藤天彦九段が対局に夢中になっていたのか,30分以上の比較的長時間にわたってマスクを外しておりました。この事実関係に先ほどの「臨時対局規定」の条文を適用すれば,反則負けにされても仕方ないのでしょうね。佐藤天彦九段はその後,日本将棋連盟に対して不服申し立ての手続きをとったようですが,判定が覆ることはないのでしょう。
報道によりますと(「現代ビジネス」),この激戦は深夜に及んでおり,将棋会館に残っていたのは数名の観戦記者と連盟関係者だけで,佐藤天彦九段がマスクを外して時間が経った後,永瀬王座が記者室に5回も訪れ,「反則負けにしてください。」と要求したそうです。ただそう言われた記者たちも自分たちで勝敗を決める訳にもいかなかったため,慌てて日本将棋連盟の渉外担当理事の鈴木大介九段に連絡し,最終的な裁定を受けるまでに時間がかかっていたということが報道されています。そういえば,動画を観ても永瀬王座の頻繁な離席が確認できます。でもやはり,先ほど述べましたように「臨時対局規定」上は,反則負けにされても仕方ないのでしょうね。
さはさりながら・・・。これは素人考えですが,もともとこの「臨時対局規定」にしても,その制定目的はあくまでも新型コロナウイルス感染防止という点にあるのでしょう。そうであれば,感染のリスクが気になって対局に集中できなかったと思われる永瀬王座にしたって,例えば「佐藤先生,マスクしてください。」と一言声掛けしてはいけなかったのでしょうか。
羽生善治九段があるトーク場面で,自分がデビュー間もない頃の昭和の対局風景について言及し,昭和の棋士はのどかなもので,午前10時に対局が始まっても午前中は近況報告やら世間話で時間が過ぎ,実質的には昼ご飯を食べてから対局が始まるって感じだったという趣旨のことを述べられております。長閑ですね(笑)。
反則負けを主張した永瀬王座の行為はもちろん責められるべきではないでしょう。さはさりながら,一言声掛けしちゃダメだったの?という気もするのです。
昨日,そういえば佐藤天彦九段とも名刺交換したなと思い出し,自宅の引き出しをまさぐってみましたら,佐藤九段のシンプルながらもセンスの良い名刺が出てきました。その名刺を眺めていましたら,名刺も何となく泣いているようでした。