先日の晩も,今日も一日終わったなどと思いながら,晩酌をしようとしておりました。たまたまその時にテレビで放送されていたのは,3年前に亡くなった作曲家の遠藤実さんのお姿でした。その番組が何だったのか覚えはありませんが,NHKだったことは間違いなく,「あの人に会いたい」シリーズだったのではないかと思います。
遠藤実さんといえば,日本の戦後歌謡界を代表する作曲家です。昭和生まれの人ならば,誰でも遠藤実さんの曲の多くを耳にしたことがあるはずでしょう。その番組で遠藤さんがしみじみと,時には涙ながらに語っておられた話を聞いて,私も思わず目頭が熱くなってしまいました。晩酌前に・・・。
功成り名を遂げた遠藤さんも,お若い頃はなかなかお金を稼ぐことができず,奥様(節子さんとおっしゃるそうです。)に苦労をかけ,結婚式も挙げられなかったそうです。そのような中で遠藤さんは,西荻窪かどこかの時計屋さんのショーウィンドーに飾られているオパールの指輪を,そこを通るたびに額をガラスに押しつけながら何度も何度も見ていたそうです。いつかお金に余裕ができたなら,結婚式も挙げてやれなかった妻のために,絶対にこのオパールの指輪を買ってあげようと固く決意しておられたようです。そのようにして毎日のようにその時計屋さんのショーウィンドーに額を付けてその指輪をご覧になっていたそうです。そしてようやく自分の曲がヒットし,お金が入ったので,念願のそのオパールの指輪を奥様に買って差し上げたそうです。
遠藤さんは残念ながら奥様に先立たれてしまったのですが,贈ったその指輪は,寝室のベッド脇の大切な物入れの中に奥様が大事そうにしまわれていたそうです。
遠藤さんが奥様を看取る際には,遠藤さんは半身で起きた奥様を抱え,今までの心からの感謝の気持ちを伝え,これに対して奥様は「あなた,私は幸せ者でした。」とおっしゃったそうです。その番組はそのように涙ながらに語る遠藤さんの生前のお姿を放送したものでしたが,晩酌前だというのに,私は若干もらい泣きをしてしまいました。
さて私の場合はどうでしょうか。いまわの際(きわ)に,「あなた,私は幸せ者でした。」と言ってもらえるのでしょうか。
我が家の朝ごはんの時には,前夜見た夢の自慢話で持ちきりになることがある。自慢話といっても,自分が前の晩に見た夢がどんだけ奇妙なものであったかを競い合い,自慢し合うのである。
数日前の朝ごはんの際には,私は完全に聞き役に回る羽目になり,娘のあかねちゃんとカミさんに圧倒されてしまった。まず,その前夜にあかねちゃんが見た夢の断片は,次のようなものであった。お父さん(私のこと)は既に寝室で床に入り,寝ているはずなのに,玄関先でゴソゴソと物音がしたため,不審を抱き怖くなったあかねちゃんとお母さん(カミさんのこと)とが一緒に恐る恐る玄関の方へ見に行ったところ,全く同じ顔をしたお父さん(私のこと)がそこに2人いて,その2人が仲良く手をつないで入って来たという夢だったそうな。ある意味ではすごく怖い夢である(笑)。とても奇妙である。
これを聞いたうちのカミさんは,これと張り合うかのように,鬼の首を取ったようにその前夜に見た夢を得意げに語り始めた。うちのカミさんのその夢の断片は,次のような単純かつ奇妙なものであった。うちのカミさんの面前に巨大な蝉(セミ)が現れ,その巨大なセミがカミさんを圧迫するかのように迫ってきたものだから,彼女は必死に両手を突っ張ってその巨大なセミを向こうに押しやろうとし,その際に思わず声が出てしまい,その自分の声で目が覚めたというのである。と,とてもシュールな夢である(笑)。単純で奇妙過ぎるにもほどがある(爆笑)。シュールだ。キリコやダリの絵のように(笑)。
このように,その日の朝は前夜の夢の奇妙さ自慢で,あかねちゃんとカミさんに圧倒されてしまった。我が家には,「こんなん見ましたけど・・・」とか,「・・,まだまだ,・・・自分なんかもっと変な夢だったけど」などと,前夜の夢の奇妙さを自慢し合う風土がある。それにしても,目前の巨大なセミを両手で押しやるなどといったシュールな夢を平気で見てしまうような連れ合いと,これからどのように折り合いを付けて暮らしていけばいいのかしらん・・・(笑)。
最近はとても冷えるので,先日のランチ時,久しぶりに味噌ラーメンでも食べて暖まろうかと思ったら,そのラーメン屋さんが無くなっており,色彩的に派手で大きな中華料理屋に変貌していた。店構えからすると,かつて私がたまに訪れたそのラーメン屋が併呑されてしまったような感じであった。そのラーメン屋のラーメンは割に美味しかったと思うのだが,何しろ時間帯によっては数的優位(店員2名とお客1名とが対峙する状況)を作られてしまうような時もあったのだから,無理もないかもしれない。でも少し寂しい。
また,朝の徒歩通勤の途上でいつも見かけるうどん屋さんも,昨年末には「12月20日限りで閉店させていただきます。長い間ありがとうございました。」の張り紙がしてあった。それに今朝は,やはり通勤途上にあるお弁当屋さんのガラス戸に「当分の間休業いたします」とあった。なにやら町中に元気がないような気がする。
ところで話は変わるが,先日(1月27日)の産経新聞には,富士山周辺を買いあさる中国資本のことが書かれていた。河添恵子さんというジャーナリストの記事であるが,わが富士山を望む山中湖畔の富士山ガーデンホテルが中国資本に買収され,それが中国人仕様にリニューアルされ(笑),その社長は今後も「少なくとも十数棟のホテルを買収する予定」などの方針を示しているという。しかも,富士山周辺ホテルの半分以上が中国資本になったなどといった情報もあるそうだ。また,現在では日本各地のホテルや旅館では中国人旅行客を招き入れて売り上げを維持,拡大している所もある。
でもね,売り上げや収益確保という観点からはそれが合理的なのかもしれないが,本当にそういった方向で良いのだろうか。この産経新聞の記事には,「食事中にタンを吐いたり,声が大きいことから常連客に『もう来ないぞ!』とお叱りを受けた」,「ご利用いただいた後は,床掃除やトイレ掃除を終えないと次の客を入れられません」などといったホテル等関係者の発言も記載されていた。私だって,掛け湯の習慣のない人あるいはそれをしない人と,一緒に湯船に浸かりたくはないのである。
奥歯に物が挟まったような言い方をやめ,敢えて言うならば,古くからの,そして日本人的な楽しみ方をしたい本来の日本人旅行客の足が遠のいてしまう嫌いはないのだろうかと言いたいのである。
昨日は東京出張でした。名古屋駅を午前7時30分に出発する訳ですから,いつもより少し早起きです。名古屋駅の新幹線口まではタクシーで行ったのですが,その運転手さんの名前は近藤勇さんでした(笑)。いや笑っちゃいけませんね,新撰組局長の近藤勇と同姓同名。新撰組局長は「いさみ」と読むのですが,おそらくこの運転手さんは普通に「いさむ」というのでしょう。降車するときは,この〝新撰組局長〟から「行ってらっしゃい!」と送り出してもらいました。何かしら,江戸で腕の立つ新隊士を募集して来いとでもいわんばかりに。朝から幸先のよいことでした。
さて,新幹線の中では往復の時間を利用して,現在委任を受けているある民事事件に関する4つの裁判例に目を通して研究しようと思っていたのです。で,でも,それがカバンの中に入っていないことに気づき,結局は,今読んでいる「一刀斎夢録」(浅田次郎著,文藝春秋)の続きを読むことになったのです(笑)。「一刀斎」って一体何だろうと思っていたのですが,新撰組三番組長(副長助勤)だった斎藤一を逆さまにした呼び名だったことが分かりました。それにどうやらこの小説では,坂本龍馬暗殺の実行犯が斎藤一であったことになっております。どうなることやら・・・。かつて浅田次郎の「壬生義士伝」を読んでいて何度も泣けたことがあり,今度も泣ける本がないか探していたところ,どうやら泣けるという前評判だったのでこの本を買ってみました。以前,「輪違屋糸里」では全く泣けなかったという肩すかしの苦い経験があるのですが,今回は本当に泣けるのかしらん。
東京での仕事を終えた後は,銀座の山野楽器で「バッハ・アラウンド・ザ・ワールド」というDVDを購入し,あとはいつも行く旭川ラーメン「番外地」(八重洲地下)で塩バターコーンラーメンを食しました。東京へ行ってこのラーメン屋さんに行かなかったことは最近ではないと思います。絶対に美味しいと思います。この店ではカウンターで誰にも邪魔されず黙々と食べるのが好きです。
仕事も溜まっていることだし,東京での時間もほどほどにして,早めに名古屋への帰途につきました。東京駅で新幹線「ひかり」に乗車するとき,僕の後ろにおられたのは,おそらく女優の浜美枝さんだったと思います。それは女優としての全盛期に比較すればお年を召された感はありましたが,やはりオーラはありましたよ。偶然にも,名古屋駅で下車する時も列の後ろは浜美枝さんだったと思います。若干ドキドキしました(笑)。
いくら何でも,平日だけでなく,土曜日も日曜日も仕事という人生は送りたくない。残念ながら今は仕事がたまってしまって,そういう週がないとはいえない。でも,せめて日曜日の朝ぐらいはゆっくりしたいものである。
私は昔から,日曜日の朝は,朝ご飯を食べてから再びふとんの中に潜り込み,NHK教育テレビの「日曜美術館」にチャンネルを合わせることが多かった。音楽好きは昔からだけど,美術の世界にも何となく興味があったからだし,本当に美術の世界は私の知らないこと,興味をひくことが多すぎる。この番組に触発されて実際にその美術を鑑賞するということもあった。
それに,この「日曜美術館」の司会進行役には,NHKのアナウンサーだけでなく決まったゲストがいて,西村由紀江さんとか,森口瑤子さんとか,檀ふみさんとか,彼女らの美貌やソフトな語り口に癒され,そして何よりも幅広く取り上げられた美術の世界を垣間見るのが楽しみだった。
でも悪いんだけれど,最近ではどうもチャンネルを合わせる気がしないのである。最近のゲストはずっと姜尚中という人であり,なんかピンと来ない。いつも訳知りのシタリ顔だし,何か押し殺したような発声の仕方,そのコメントもなんかなーという感じなのであり,少なくともせっかくの日曜日の朝から見たい顔ではない。
そういう訳で,その日も結局チャンネルを変えてしまい,のんびりとチャンネル上でブラブラしていたら,な,何と・・・9時25分からあの懐かしの,心から再会したかった「ぜんまいざむらい」がやっていたのである。懐かしいー。ありがたいー。ぜん様,ずきんちゃん,豆丸に逢えたのである。ようやく癒されたのであった。もう少し放送時間が長ければいいのに(笑)。
そういえば,先日のテレビ朝日の「報道ステーション」で菅直人という,それはそれは器量の小さい,日本国首相のイスには全く場違いな人が出演していたが,普段の同番組の平均視聴率が13~14%程度はあるのに,この時だけは一挙に6.9%に暴落したのだと(爆笑)。視聴者は正直なもので,この時に一斉にチャンネルを変えてしまったとしか思えない(笑)。やはりあまり見たくない顔というのはあるようだ。
昨日も大変寒い一日となりましたが,大津の裁判所まで仕事に行きました。大津へ行くには新幹線で京都まで行ってからの旅になります。この日の大津での裁判は午後3時開始でしたから,昼食を京都でとるつもりで少し早めに名古屋を出発しました。
今年の3月中旬に,同業者の集まりで大勢で京都旅行を予定しており,私は,このうちの新撰組コースの案内人を仰せつかっておりますので,新撰組コース第1日目の昼食会場として既に予約済みのお店へ,下見に行こうと思い立ったのです。そのお店は「御所 雲月」といいます。JR京都駅から地下鉄を乗り継いで京阪の「出町柳」という駅で降り,歩いて約15分くらいの所でした。今出川通りを同志社女子大方面へ歩き,今度は寺町通りを少し歩くと到着でした。かなり迷うのではないかと心配したのですが,なんとかたどり着きました。お店の名前どおり,京都御所の割と近くのお店です。
予約もなしに一人で訪れたのですが,少し待っただけですぐに部屋に通されました。建物は相当に古いようですが,何とも味わい深いお店で接客もよく,午後の少し遅い昼食をとることになりました。おしながきの中でランチとして候補になりそうなのは,「穴子のおろし天丼と上賀茂野菜のけんちん汁」,「焼肴(やきざかな)と京漬物の京風茶漬」でした。迷ったのですが,穴子の方にしました。ほどよい量で本当に美味しかった。穴子の天ぷらには大根おろしが抱き合うようにして乗せられておりましたし,さらにその上にはシャキシャキと食感のよい水菜がちりばめられておりました。天ぷらの油をくどく感じさせないような配慮なのでしょうか。それと大きく具材を切った上賀茂野菜のけんちん汁も本当に美味しかった。このけんちん汁は薄い味噌仕立てでしたが,あっさりしていても出汁がよくきいていました。よいお店でしたし,よい下見ができました。
店を出て散策気味に歩いていると,初老のご婦人が二人,少しばかりの世間話をした後,何度も何度もお辞儀をして別れるシーンを見ました。日本人のしきたり,作法が残るよい町でした。
それからはゆっくりと大津の裁判所に向かったのですが,地下鉄の京阪三条という駅からは浜大津まで乗り換えなしで行くことができました。あとは浜大津からは旧東海道の風情を楽しみながら裁判所に到着し,無事に大事な仕事を終えたのです。
京都から名古屋へ向かう新幹線の車内では,前回の時はビールとおつまみでご機嫌でしたが,さすがに今回は二日酔い気味でもあったため(笑),京都と大津の町並みを思い浮かべながら静かに帰途についたのです。
私は朝食に納豆を食べることが多い。何となくではあるが血栓を溶かしてくれそうだし,血液もサラサラになりそうだし,さらに良質のタンパク質,ビタミンB1,イソフラボン,亜鉛などが育毛に良いのではないかという「信仰」があるからだ。おそらく私が朝食で納豆を食べる割合は87%程度に達しているだろう。一方,娘のあかねちゃんも,父親が好むものを負けじと試してみる傾向があり,最近では彼女も朝食に納豆を食べる割合がおそらく71%を下らないと思う(ちなみに,うちのカミさんのそれは12%程度に過ぎない)。
ある日の朝食時,娘のあかねちゃんも納豆を食べるというので,私は冷蔵庫から納豆を2つ取り出し,私とあかねちゃんのランチョンマットの上に1つずつ置いた。見ると別々の銘柄の納豆しかなく,一つの方の賞味期限はもう一つのそれよりも3日ほど早い。でもいずれもまだまだ期限までに余裕はあるのだが,私は少しズルをして新しい方を取った。ただ,このうちの1つは大粒の納豆,もう1つは小粒の納豆であったことは明らかだったのだが(なお,うちの家族は国産大豆のものしか食さない),包装のフィルムが外されていたので外部からはどちらが大粒でどちらが小粒なのか判明しなかった。
とりあえず私の方のパッケージを開けてみると,ショックにも小粒の納豆だった。し,しまった・・大粒の方が良かったのに・・。そこで私は,遅れて着席したあかねちゃんに,何食わぬ顔で「賞味期限からするとこっちの方が新しいから換えてあげるわ。」と言って,少し遠慮し,固持したあかねちゃんではあったが,「新しい方がいいでしょ?」と言って,交換した。私はこのようにして,大人げなくも大粒の納豆の方を手に入れ,そそくさとマスタードやたれを入れてかき回し始めたのである。
その後にパッケージを開けた娘のあかねちゃんは,いつもと若干違う少しばかり鋭い視線を私に投げかけた・・・。父と娘の間に一瞬,緊張が走った(笑)。どうやらあかねちゃんも,大粒の納豆の方が良かったらしい。あかねちゃんは,利発なのか,瞬時にして私の目論見を見破ったのである。見破られた決定的な理由は,私が一度パッケージを開けた後で交換を申し出たからである(笑)。新しい方を相手に譲るのであれば白いパッケージに印字された日付を見れば足り,何もふたを開ける必要はないからだ(笑)。でもマスタードを入れないあかねちゃんとしては,もはや取り戻すことはできなかった(笑)。
見破られた後,私はあかねちゃんに,「お為ごかし」という味わい深い日本語の意味を講釈してお茶を濁しつつ,許しを請うのであった。
(注)「お為ごかし」・・・表面は人のためにするようにと見せかけて,実は自分の利益を図ること(大辞泉)。
こんな私でも,個別的労使紛争の解決のためのあっせん活動に一役買っている。労使間の労働紛争,たとえば,解雇,雇い止め,労働災害などで紛争が発生した時に,厚生労働省からの委託を受けて話し合いのあっせんをさせてもらっているのである。話し合いには紆余曲折あるが,ちゃんとまとまる(合意が成立する)ことが多い。
昨日もめでたく合意が成立した。その合間にあっせん員の控え室の一隅に何気なく目をやると,厚生労働省のパンフレットがあった。そのパンフレットの表紙には,ちょっと懐かしい人の姿があった。お笑い芸人のヒロシである。そのパンフレットには,「ヒロシです。悩んでるだけでは、いかんとです。」とあった。懐かしい不幸顔である。割と好きな芸人であった。数年前に発行されたパンフレットだろうが,彼はこのような形でも活躍していたのだ。例の自虐ネタで公の仕事もしていたのだ(笑)。
ヒロシのネタで好きなのは・・・。
「今度会うときは違う服を着てきてねと言われたことがあります・・・」
「友達の家に遊びに行ったら、おれのシャツとカーテンが同じ柄だったとです!!・・・」
「こんな布団もう嫌だと思いながら14年が経ちました・・・」
「猫から睨まれました・・・」
「携帯電話が鳴らないから・・・たまに鳴るとビックリするとです・・・」
「彼女の浮気が心配で、こっそり携帯電話をのぞいてみました・・・俺の番号は、取引先のグループに分けてあったとです・・・」
私は,厚生労働省のあっせん員の控え室の一隅で,懐かしい芸人を思い出し,感慨にふけっていたのであった(笑)。
先日ある年配の方と一緒に歩いていましたら,それはそれは本当に美しい花が咲いておりました。割と高い木に咲いていたのですが,人間の握り拳の大きさで真っ白いきれいな花でした。私は恥ずかしながらあまり花には詳しくないので,その年配の方に「何の花でしょうか。」と尋ねましたら,「これはさざんか(山茶花)ですよ。」と教えてくれました。真っ白の見事なさざんかでした。そうか,さざんかというのはこんなに美しい花だったのかと思いました。また自分もいい年をして何も知らないのだなと恥ずかしく思いました。若い頃には路傍の花やその他の自然に見入るようなことはほとんどなかったのですが,最近では年のせいか,それとも精神的な余裕か,それとも現世への未練か,自然に見入ることが多くなりました。
さざんかで思い出したのは,童謡の「たきび」です。この歌の2番は次のような歌詞になっております。
「さざんか さざんか さいたみち たきびだ たきびだ おちばたき あたろうか あたろうよ しもやけ おててが もうかゆい」
いい歌ですね。好きな歌です。特に「あたろうか あたろうよ」という箇所も好きで,これは子供たちの会話のようで,とりわけ仲良し同士という感じがよく出ています。そうか,この夏はあんなに暑くて閉口したのに,もう「きたかぜぴいぷうふいている」季節になってしまったのですね。
また,私の好きな俳人種田山頭火には,さざんか(山茶花)を季語にした次のような作句があります。
「雨の山茶花の散るでもなく」
「また逢へた山茶花も咲いてゐる」
昨日のブログで櫻井よしこ氏の講演を聴いたことに触れたが,今度は同氏が第26回正論大賞を受賞されたというニュースである。誠に喜ばしいことである。この正論大賞というのは,フジサンケイグループが主催する「特筆すべき言論活動を行ったオピニオンリーダー」に贈られる賞である。
この正論大賞の過去の受賞者を見てみると,渡部昇一,曾野綾子,西尾幹二,田久保忠衛,江藤淳,石原慎太郎など錚々たる言論人ばかりである。櫻井よしこ氏のこれまでの執筆,講演活動などを評価すればこのたびの受賞も当然のことであろう。
この受賞に寄せての櫻井氏の言葉が産経新聞に掲載されていたが,その中に「書くことは、考えるというひとり作業である。現在進行形の世界の状況を横軸としてとらえ、それを、縦軸としての長い歴史の中に置きつつ近現代史の一次資料に当たる。先人たちの思想や行動が少し身近に感じられるようになるとき、横軸と縦軸の交差地点に浮かんでくる現在の日本の姿ほど心もとないものはない。戦前戦後を通じて、日本が繰り返し犯してしまう失敗の根深い原因も、両軸の交差する地平から見えてくる。特に戦後の日本の営みを見詰めるとき、わが国に理念が欠落し、政策に一貫性が欠けているのは明らかだ。なぜ、これほど漂流するのか。現状への深い失望や憤りは、日本を愛すればこそである。」とあった。私も日本国を愛する一人として,櫻井氏の今後の活躍を期待したい。櫻井よしこ氏は,「日本文明を誇りとする」立場から,シンクタンク・国家基本問題研究所の理事長としても活躍されている。
日本文明といえば,サミュエル・P・ハンティントンは「文明の衝突」という著作の中で,世界を9つの文明に分け,いわゆる中華文明とは明らかに異なる独自の文明として日本文明をとらえている。この誇りある文明は,今後も死守していくべきものである。その何物にも変えがたい日本文明の面影は,特に江戸時代の庶民や武士の生活にうかがえる。それを手に取るように著した好著が「逝きし世の面影」(渡辺京二著,平凡社ライブラリー)である。